RENT / レント
RENT
(2005年 アメリカ 135分)
2007年12月1日から12月7日まで上映 ■監督 クリス・コロンバス
■原作(ミュージカル版) ジョナサン・ラーソン
■脚本 スティーヴン・チョボスキー

■作詞作曲 ジョナサン・ラーソン
■振付 キース・ヤング

■出演 ロザリオ・ドーソン(『25時』)/アダム・パスカル/アンソニー・ラップ/ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア/トレイシー・トムズ/テイ・ディグス


1989年。ニューヨーク・マンハッタン、イースト・ヴィレッジには、成功を夢見る芸術家たちや、自由奔放に生きる若者たちが数多く暮らしていた。去年の"RENT(家賃)"も払えないほど生活は逼迫していたが、誰に縛られるでもない人々の心は、鳥のように自由。

12月24日、クリスマス・イヴ。運命の糸に手繰り寄せられるかのように8人の男女が集う。彼らは人種や性別を超えて心を通わせ、愛を育む。それぞれが過去でも未来でもなく、紛れもない"今"を生きていた。


ポルノが氾濫し、不法薬物取引の温床でもあったイースト・ヴィレッジ。さらに1983年に発見されたヒト免疫不全ウィルス(HIV)が
若者たちの未来に暗い影を落とす。

閉ざされた明日。迫りくる死の恐怖。絶望の淵に立たされた若者たちだったが、それでもなお力強く命の灯火を輝かせていく。


『RENT/レント』を観終わって、ふと宮沢賢治の詩を思い出した。

『永訣の朝」『松の針』『無性慟哭』

1922年11月、最愛の妹とし子を結核で亡くした賢治がその一夜の内に創作した作品である。他に類を見ないほど命の尊さが率直に、そして深く伝わってくる三篇。この賢治の痛切なる叫びには『RENT/レント』に通じるものがある。

限りある命。溢れる愛。

そう、愛の調べは時代を超え、命のかなしみに国境はないのだ。(タカ)



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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
HEDWIG AND THE ANGRY INCH
(2001年 アメリカ 92分)
pic 2007年12月1日から12月7日まで上映 ■監督・原作戯曲・脚本 ジョン・キャメロン・ミッチェル(『ショートバス』
■音楽・原作戯曲 スティーヴン・トラスク

■出演 ジョン・キャメロン・ミッチェル/マイケル・ピット(『ドリーマーズ』『ラストデイズ』)/ミリアム・ショア/スティーヴン・トラスク

「愛しているなら私の股間も愛して!!」

ああなんて、素晴らしいセリフなんだろう。一滴もフィルターに通さない、体から湧き上がる生の言葉。

ラメの効いたヘビィメイクと、ライオンのようにボリュ―ミーなブロンドのウィッグをかぶって、今夜も場末のレストランを、夜光虫のようにさまようヘドウィグ。かつて身も心も捧げ、そして全てを奪われた恋人から、自分の魂を取り戻すために。探し求めていた真実の愛、自分のカタワレに巡り会うために。ヘドウィグは歌う、深い絶望と愛を込めて。股間に、性転換手術の失敗のために残された、怒りの1インチ(アングリーインチ)を抱えて。

1994年。ニューヨークのクラブ「スクイーズボックス」で、けたたましい産声と共に幕を開けたロックミュージカル、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は、その3年後の1997年にオフ・ブロードウェイに進出するやいなや、たちまちニューヨーカー達やセレブリティを虜にした。マドンナは楽曲の権利取得を打診し、デヴィッド・ボウイはグラミー賞をすっぽかして観劇に訪れた。熱心なリピーターになる映画スターもいた。そして舞台の熱狂を、すっぽりラッピングした映画ができた。

舞台と同じく、脚本・監督・主演の三役をこなしたジョン・キャメロン・ミッチェルは、演じたヘドウィグの役同様、自身もゲイであることをカミングアウトしている。確かに、ぎょっとするようなメイクとカツラの武装を抜きで見ても、ヘドウィグは下手な女よりも女っぷりがある。恨み辛みをこめた渾身の熱唱シーンは、男には決して出せない迫力がある。

しかし、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』が、ゲイのロック歌手が主人公の、表面だけがけばけばしい、中身の無いパーティームービーに成り下がらなかったのは、ゲイだけではない、社会的なマイノリティーが辿る、恋愛における障害と成長を、鋭く、リアルに、そして母のような優しさを持って描いているからだろう。

そして、遥か彼方昔から、人類をかくも悩ますセックスというテーマ。男と女。女と女。男と男。性別も国籍も年齢も身分も、全部まっさらにしてしまう原始の欲望を、恋だの愛だの、口当たりのいい言葉で包もうなんて土台無理な話だ。 ヘドウィグはあけすけな言葉で歌い上げる。女でも男でもない、できそこないの体を抱えて。本物の女も男もどこにもいない。人は誰しもどこか寸足らずの部分を、隠したり見ない振りして生きている。予定調和なんて永遠にありっこない。蛇に恋してしまった蛙だっているだろうに。

性欲の塊を、水で薄めたような恋愛から脱出したいなら、ヘドウィグの怒りと絶望の愛をごらん。(猪凡)




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