【2024/10/12(土)~10/18(金)】『ピクニック at ハンギング・ロック』+『ピアノ・レッスン』 // 特別レイトショー『ひなぎく』

しかまる。

『ピアノ・レッスン』と『ピクニック at ハンギング・ロック』の時代設定はヴィクトリア朝時代。当時の女性像は「家庭の天使」と呼ばれ、労働はおろか、家事すらせずにただ家にいて家庭を守るのが理想とされていました。自己犠牲の精神を持ち、静かでか弱く何よりも純粋無垢であることが求められ、慎ましやかに振る舞うことが強調されていました。

『ピアノ・レッスン』の主人公エイダはこうした女性像とは対照的な、意志の強い女性です。父親が勝手に決めた結婚相手であるスチュアートは、彼女にとって言葉の代わりともいえる大切なピアノを蔑ろにし、先住民の通訳を務めるベインズは、ピアノを譲り渡す代わりに彼女の肌に触れる権利を要求します。しかし、エイダは時に抵抗し、言葉が話せずとも自分の意思をしっかりと伝えるのです。私は最初この作品を観たときに彼女を力で抑えつけようとする男性たちに怒りを覚えました。しかし、改めてこの作品と冷静に向き合ったとき、そうした怒りが沸き起こるのは、現代に生きる私たちが自分の意志で自分の生き方を選択できるからにほかならないと気づかされました。

『ピクニック at ハンギング・ロック』の少女たちが寄宿舎で学ぶのは「家庭の天使」となるための家事、礼儀作法、音楽や詩といった教養です。人前で手袋を外すことすら制限される窮屈な学園生活と、その先に待っている“幸せな生活”に対する少女たちの反抗は、ハンギング・ロックでの失踪事件へと発展します。厳格な規範の中で生きていた彼女たちは、何を求めて姿を消したのか? その答えは誰にも分からないけれど、まるで自然が彼女たちを包み込み、自由へと導いていったかのよう。どこからともなく「ここではないどこかへ一緒に行きましょう…」と少女たちの甘美なささやきが聞こえてくるかのような、神秘的な雰囲気が満ち溢れています。

そして、レイトショーで上映するヴェラ・ヒティロヴァー監督作『ひなぎく』は1960年代のチェコ・ヌーヴェルヴァーグを代表する実験的作品。二人の女の子が自由気ままに世界をかき乱し、タブーを無邪気に破る様子は痛快で、観ているこちらまで一緒に弾けたくなります。カラフルでポップな映像美、規則なんてどこ吹く風といった彼女たちの姿が、現実に縛られがちな私たちに一種の解放感を与えてくれます。

今回上映するどの作品にも、女性たちが自分の心や身体に正直に生きる“楽しみを希う心”が、静かに、時に大胆に描かれています。そして時代を超え、『燃ゆる女の肖像』(セリーヌ・シアマ監督)、『ヴァージン・スーサイズ』(ソフィア・コッポラ監督)など近年の女性映画へと受け継がれる不朽の名作たちをぜひ劇場でお楽しみください。

ピアノ・レッスン 4Kデジタルリマスター
The Piano

ジェーン・カンピオン監督作品/1993年/オーストラリア・ニュージーランド・フランス/121分/DCP/R15+/ビスタ

■監督・脚本 ジェーン・カンピオン
■製作 ジャン・チャップマン
■撮影 スチュアート・ドライバラ
■衣装 ジャネット・パターソン
■美術 アンドリュー・マッカルパイン 
■音楽 マイケル・ナイマン

■出演 ホリー・ハンター/ハーヴェイ・カイテル/サム・ニール/アンナ・パキン/ケリー・ウォーカー/ジュヌヴィエーヴ・レモン

■1993年アカデミー賞主演女優賞・助演女優賞・脚本賞受賞、作品賞ほか4部門ノミネート/カンヌ国際映画祭パルム・ドール・主演女優賞受賞/オーストラリアアカデミー賞作品賞ほか11部門受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©1992 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS&CIBY 2000

【2024/10/12(土)~10/18(金)上映】

レッスンと引き換えに手に入れたのは、世界に一人だけの「私」。

19世紀半ば、ニュージーランドの孤島。エイダは父親の決めた相手と結婚するために、娘のフロラと1台のピアノと共にスコットランドからやって来る。「6歳で話すことをやめた」エイダにとって、ピアノは声の代わりだった。ところが、夫になるスチュアートはピアノを重すぎると海辺に置き去りにし、先住民との通訳を務めるベインズの土地と交換してしまう。エイダに惹かれたベインズは、ピアノ1回のレッスンにつき鍵盤を1つ返すと提案する。渋々受け入れるエイダだったが、レッスンを重ねるうちに彼女も思わぬ感情を抱き始める――

「私」らしくありのままに生きようとするヒロイン像の原点が、観る者の魂の深奥を激しく揺さぶる物語。

1993年、ジェーン・カンピオンの名前が一夜で映画史に劇的に刻まれた。ヴィム・ヴェンダース、ケン・ローチ、マイク・リー、ホウ・シャオシェン、スティーヴン・ソダーバーグと錚々たる巨匠&奇才の新作が競い合うカンヌ国際映画祭のコンペティションで、女性監督初のパルム・ドール受賞を成し遂げたのだ。2021年には『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でアカデミー賞監督賞に輝いたカンピオンの最高傑作『ピアノ・レッスン』が今、4K映像によって繊細かつ壮麗に蘇る。

主演のホリー・ハンターは手話やピアノ演奏をこなし、その全身全霊の熱演が絶賛を浴びた。娘フロラ役を演じたアンナ・パキンは当時11歳(史上2番目の若さ)で助演女優賞を受賞。ハンターと共にオスカーを手にした。ベインズ役には『タクシードライバー』『レザボア・ドッグス』のハーヴェイ・カイテル。ナイーブな荒々しさに深い優しさをにじませる。夫スチュアート役を『ポゼッション』『ジュラシック・パーク』のサム・ニールが柔軟に演じ、強い印象を残している。

本作で名声を得たマイケル・ナイマンによる、秘めた情熱が香り立つ哀切なピアノ曲「楽しみを希(こいねが)う心」、エイダの激しい想いと彼女が自ら切り開く運命の物語が、観る者の心に永遠に刻まれる、感動を超越した映像体験。

ピクニック at ハンギング・ロック 4Kレストア版
Picnic at Hanging Rock

ピーター・ウィアー監督作品/1975年/オーストラリア/107分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 ピーター・ウィアー
■原作 ジョーン・リンジー
■脚本 クリフ・グリーン
■撮影 ラッセル・ボイド
■音楽 ブルース・スミートン

■出演 レイチェル・ロバーツ/アン=ルイーズ・ランバート/ドミニク・ガード/ヘレン・モース/ ヴィヴィアン・グレイ/カースティ・チャイルド

© PICNIC PRODUCTIONS PTY.LTD.1975

【2024/10/12(土)~10/18(金)上映】

ある晴れたバレンタインの日に、彼女たちは姿を消した――

1900年、2月14日。セイント・バレンタイン・デイ、寄宿制女子学校アップルヤード・ カレッジの生徒が、二人の教師とともに岩山ハンギング・ロックに出かけた。規律正しい生活を送ることを余儀なくされる生徒たちにとってこのピクニックは束の間の息抜きとなり、生徒皆が待ち望んでいたものだった。岩山では、力の影響からか教師たちの時計が12時ちょうどで止まってしまう不思議な現象が起こる。マリオン、ミランダ、アーマ、イディスの4人は、岩の数値を調べると言い岩山へ登り始めるが、イディスは途中で怖くなり悲鳴を上げて逃げ帰る。その後、岩に登った3人と教師マクロウが、忽然と姿を消してしまう…

夢か現か――、悪夢か吉夢か――、フィクションかノンフィクションかーー?

寄宿制女子学校の生徒たちが岩山ハンギング・ロックへ訪れた際に起こった3人の生徒と1人の女教師の失踪事件。1967年に発表された同名小説を基に映画化された本作は、当時批評家や観客に「これは実話なのか?」と波紋を呼び、大きな混乱をもたらした衝撃作であり、今もなお、その謎は解けていない。また同時に、ソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイズ』に直接的な影響を与え、ファッション界ではラフ・シモンズやアレキサンダー・マックイーンもインスピレーション源として本作に言及するなど、今日まで広く語り継がれる「神話的傑作」でもある。本作でその名を世界に知らしめたビーター・ウィアーは、メル・ギブソン、ジョージ・ミラーと並び、「オーストラリア・ニューウェイヴ」を代表する監督となった。

1975年に製作され、日本では1986年に劇場公開された映画はオリジナルの116分版に満足していなかったピーター・ウィアー監督が公開から20年以上を経て、自身の手で再編集した107分のディレクターズ・カット版を制作した。オリジナル・ネガフィルムはオーストラリア国立映像音響資料館に保存されており、ピーター・ウィアー監督とラッセル・ボイド撮影監督の監修のもと4Kスキャンによる修復が行われた。未だ解けぬ美しき謎が日本公開から約40年の時を経て、いま4Kで鮮やかによみがえる。(当館では2K上映)

【レイトショー】ひなぎく
【Late Show】Daisies

ヴェラ・ヒティロヴァー監督作品/1966年/チェコスロヴァキア/75分/DCP/スタンダード

■監督・原案・脚本 ヴェラ・ヒティロヴァー
■原案 パヴェル・ユラーチェク
■脚本 エステル・クルンバホヴァー
■撮影 ヤロスラフ・クチェラ
■音楽 イジー・シュスト/イジー・シュルトゥル

■出演 イトカ・ツェルホヴァー/イヴァナ・カルバノヴァー

©:State Cinematography Fund

【2024/10/12(土)~10/18(金)上映】

誰だってひなぎくの冠を頭にのっけてる――

金髪のボブにひなぎくの花冠の姉。こげ茶の髪をうさぎのように結んだ妹。ふたりのおしゃれはAラインのワンピースにピンヒール、ばっちりのアイラインとつけまつげ。ハリウッド女優のようにおしゃれして、さあ男をひっかけにレッツ・ゴー! 食事をおごらせ、踊って歌ってさんざん馬鹿さわぎしたら嘘泣きを決め込んで逃げ出しちゃおう!

いつまでも色褪せない60’sガールズムービー!

ふたりの女の子のハチャメチャぶりが退屈な日常をブッ飛ばす、60年代チェコ発ガールズ・ムービーの決定版! 彼女たちは共にマリエと名乗るが、嘘の名前だし、姉妹かどうかもよく判らない。部屋の中で、牛乳風呂を沸かし、紙を燃やし、ソーセージをあぶって食べる。グラビアを切り抜き、ベッドのシーツを切り、ついにはお互いの身体をちょん切り始め、画面全体がコマ切れになる。色ズレや、カラーリング、実験的な効果音や光学処理、唐突な場面展開など、あらゆる映画的な手法が使われ、衣装や小道具などの美術や音楽のセンスも抜群。

監督は「チェコ映画のファーストレディ」と称されるヴェラ・ヒティロヴァー。イジー・メンツェルやミロシュ・フォアマンなど共に、チェコ・ヌーヴェルヴァーグの代表的な監督である。プラハの春以降、政府に目をつけられ活動できなくなった時期もあったが、2014年に亡くなるまで多くの作品を発表した。