激動の時代を生きる中国の自画像 ~三峡ダム建設と北京オリンピック、そして現在~

ミ・ナミ

世界史の授業を思い出すまでもなく、長江は中国における文明の発達と河川交通の要所であり、名だたる絵画や詩歌の生誕地として知られてきました。しかし「懐深き悠久の流れ」というイメージとは裏腹に、たびたび洪水を繰り返していたこともあり、20世紀初めから治水のためのダム建設が国家事業として目指されてきたのでした。着工から15年以上をかけて完成したダムは、最も風光明媚な三つの峡谷の辺りに建設されたことに由来して〈三峡ダム〉と名づけられました。

今週の早稲田松竹は、ジャ・ジャンクー監督の『青の稲妻』と『帰れない二人』、フォン・イェン監督のドキュメンタリー映画『長江に生きる 秉愛(ビンアイ)の物語』の三作品を上映します。いずれも三峡ダム建設に象徴される変わりゆく中国社会を生き抜いた女性たちの姿が、特に際立っています。

『青の稲妻』の舞台は、オリンピック開催決定の歓喜に沸く北京の喧騒からはほど遠い時間が過ぎていく、郊外の中規模都市・大同(ダートン)です。何かを諦めながら、しかしくすぶる衝動を抑えきれない若者たちの中に、チャオ・タオ扮するモデル兼ダンサーのチャオチャオがいます。やくざ者の愛人としてしがなく生き、青二才の主人公をあしらう、したたかで憂鬱な横顔が印象的です。

『青の稲妻』と同じく大同が発端となる『帰れない二人』は、再会と別離を繰り返し、互いを結ぶ愛から逃れられない男女の旅が描かれています。本作でのチャオ・タオは、恋人を助けたことで投獄され、出所後にふたたび彼を探し出そうとする女性チャオを演じています。激流のような時代にあって、人の気持ちほど頼りないものはない―そんな無常さにチャオは直面しますが、それでもなお思い続けたのは、古風ないじらしさというよりも矜持なのかもしれません。いつもジャ・ジャンク―監督は、チャオ・タオをほれぼれするほど端整に撮る(監督の公私にわたるパートナーであるというのも納得です)のですが、『帰れない二人』の彼女が拳銃を撃ち放すシークエンスも、武侠映画のワンシーンに似た鋭いかっこよさがあります。

『長江に生きる 秉愛(ビンアイ)の物語』の秉愛(ビンアイ)は、厳しい現実の真っただ中に直立しています。小さな子どもと体の弱い夫を抱えての移住を、易々と受け入れられようもありませんでした。大きな力に変えられまいと抗う秉愛ですが、長江を背景に結婚当時の愚痴をこぼし、子作りのエピソードをあっけらかんと語る姿には、家族のために身を粉にした健気な女性という、ありがちな良妻賢母像には収まりきらないユニークさがあります。本作は経済発展の功罪や一人っ子政策が生んだ歪みといった中国現代史の明暗にも触れながらも、苦境の中でチャーミングさを失わない秉愛という女性の魅力が、カメラに収められている一本です。

長江にいきる 秉愛(ビンアイ)の物語
Bing'ai

開映時間 ※上映は終了しました
フォン・イェン監督作品/2007年/中国/117分/DVD/スタンダード

■監督・製作 フォン・イェン
■共同製作 チャン・ヤーシュエン
■撮影 フォン・イェン/フォン・ウェンヅ
■編集 フォン・イェン/マチュー・ヘスラー
■音響設計 菊池信之

©ドキュメンタリー・ドリームセンター

【2020年2月15日から2月17日まで上映】

私は、何があっても、ここに留まる

長江のほとりで家族とつつましく暮らすお母さん、秉愛(ビンアイ)。働き者の彼女にとって、育ち盛りの子どもたちを育て病弱な夫と連れ添うことは、滔々(とうとう)と流れる川のように十分な幸福だった。政府から降って来た移住命令によって、今の土地から離れなくてはならないなんて、なぜ?

平穏な生活が営まれるなか、小役人がときどき嵐のようにやってきては、甘い言葉や脅迫で一家を追い出しノルマを達成しようとする。学もコネもない秉愛は、理不尽には頑固でしか対抗できない。次第に一家は追い詰められていく……。

7年に渡り大地に根ざした生活を貫く女性の生き様を見つめた、ドキュメンタリーの地平を切り開く傑作

近年、中国の現実を淡々と映し出す『長江哀歌』、『1978年、冬。』など中国映画の現代性が高い評価を得ている。ドキュメンタリー映画も、『鉄西区』や『水没の前に』などがヤマガタほか世界の映画祭を席巻した。劇的な変貌を遂げる現代の中国社会を映すリアリズム映画の系譜に、主人公から距離をとる観察型の視点が多い中、本作『長江にいきる』はひとりの平凡な農民女性の逆境との闘いに、一般観客が感情移入し心を寄せられる生き方をストレートに描く。

監督は、京都大学大学院で経済学を学び、博士課程まで終えた中国人の馮艶(フォン・イェン)。彼女は1993年に見たドキュメンタリーの巨匠・小川紳介の作品に受けた衝撃から自らドキュメンタリーを撮り始め、さらに小川紳介著「映画を穫る」を中国語に翻訳・出版までしている。本作では山形国際ドキュメンタリー映画祭でアジア部門のグランプリ<小川紳介賞>を受賞した。

国家の都合で自分の生き方を変えることに断固反対の姿勢を7年以上も貫き通し、「何としても生き抜く」「わたしは強情なのよ」と笑顔で言う秉愛。この映画は、三峡ダムについてではなく、秉愛というひとりの平凡な中国女性の生き様の物語である。

青の稲妻
Unknown Pleasures

開映時間 ※上映は終了しました
ジャ・ジャンクー監督作品/2002年/中国・日本・韓国・フランス/112分/35mm/ビスタ/MONO

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■撮影 ユー・リクウァイ

■出演 チャオ・タオ/チャオ・ウェイウェイ/ウー・チョン/リー・チュウビン/チョウ・チンフォン/ワン・ホンウェイ

■2002年カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート

© 2002 OFFICE KITANO LUMEN FILMSE-PICUTRES BITTERS END

【2020年2月18日から2月21日まで上映】

手を伸ばしても届かない未来 それでも走り続ける

中国の地方都市・大同(ダートン)。年上のダンサー・チャオチャオに恋をした19歳のシャオジイ。彼の親友で19歳のビンビンと受験生の恋人ユェンユェンは、まだキスさえしたことがない。都会の生活に憧れながらも、生まれ育った土地を離れられない。ニュースでは、WTO加盟やオリンピック開催決定など報じている。恋や現実に揺れ動きながら、未来を掴もうと手を伸ばす。まだ見ぬ享楽(Unknown Pleasures)を求め、疾走する彼らのココロは…。

揺れ動く 理想と現実、希望と不安 不器用な"ココロ"が刻む青春模様

『青の稲妻』は、急速に変化し続ける中国の地方都市に生きる2組のカップルを描く、切ない青春映画。変わりゆく社会に期待しながらも、目の前には大きな壁が立ちはだかる。それでも必死にもがき、走り続ける若者たちの姿を、ジャ・ジャンクー監督は鮮烈に切り取ってゆく。揺れ動く理想と現実、希望と不安…中国のみならず、世界中の人々の心に共感をもたらした傑作青春映画。

主人公シャオジイを演じるのは、監督にスカウトされた当時新人のウー・チョン。映画初出演とは思えない、そのクールで圧倒的な存在感を、世界中のマスコミが絶賛した。ヒロインを演じるのはチャオ・タオ。前作『プラットホーム』の保守的な役柄とは対照的に、奔放に生きる現代女性をリアルに演じきった。彼女が着こなす色とりどりの衣装もこの映画の見所。そのほとんどに蝶の模様が施されている。空を舞う蝶――それは、自由の象徴だ。

帰れない二人
Ash Is Purest White

開映時間 ※上映は終了しました
ジャ・ジャンクー監督作品/2018年/中国・フランス/135分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■撮影 エリック・ゴーティエ
■音楽 リン・チャン

■出演 チャオ・タオ/リャオ・ファン/シュー・ジェン/ディアオ・イーナン/フォン・シャオガン/チャン・イーバイ

■2018年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/シカゴ国際映画祭監督賞・女優賞/アジア・フィルム・アワード最優秀脚本賞

©2018 Xstream Pictures (Beijing) – MK Productions – ARTE France All rights reserved

【2020年2月15日から2月21日まで上映】

移ろいゆく景色、街、心。それでも、愛し続ける。

中国・山西省の中規模都市・大同(ダートン)。チャオの恋人はヤクザ者のビン。2001年の中国は北京五輪の開催決定など、にわかに活気づいていたが、この大同で、不動産業者の地上げを手伝うなど、仁義の世界に生きる二人は彼女らなりの幸せを求めていた。

ある日、ビンは路上でチンピラに殺されかけるが、チャオが発砲し一命をとりとめる。5年後、出所したチャオは三峡ダムによって失われる街・奉節(フォンジェ)へビンを訪ねるが、彼にはすでに新たな恋人がいた。時間は残酷だ。チャオは世界で最も内地にある大都市・新疆(シンジャン)ウイグル自治区のウルムチを目指す。そして2017年がやってくる──。

総移動距離7,700km! 現代中国を背景に描き出す、17年におよぶ愛の物語。

2001年の大同に始まり、2006年の三峡ダム完成間近の長江中流域の古都・奉節、新疆ウイグル自治区、そしてまた大同へ。北京五輪決定と開催、WTO加盟、西部大開発、エネルギーの変移、三峡ダム完成、四川大地震、上海万博、冬季北京五輪の決定……17年の間に21世紀中国が経験した歴史とともに、総移動距離7,700kmに及ぶチャオとビンの旅路が描かれる。

31歳の若さで初めてカンヌのコンペに選出された『青の稲妻』。ヴェネチアでサプライズ上映され、金獅子賞に輝いた『長江哀歌』。ターニングポイントとなった2作を踏襲しつつ進化させた『帰れない二人』は、ジャ・ジャンクーの5作品目となるカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。本作の出品をもって、中国人監督のカンヌコンペ出品数最多を誇るチェン・カイコー監督と並んだ。

『プラットホーム』以降、ジャ・ジャンクー作品のミューズとして主演し続けてきたチャオ・タオが主人公チャオを演じる。もうひとりの主人公ビンには『薄氷の殺人』でベルリン国際映画祭銀熊賞(主演男優賞)を中国人俳優で初めて受賞したリャオ・ファン。また、シュー・ジェン、フォン・シャオガン、ディアオ・イーナン、チャン・イーバイら中国を代表する監督たちが俳優として物語の脇を固めるのも一興だ。