1970年、中国山西省・汾陽(フェンヤン)生まれ。チェン・カイコー監督の『黄色い大地』を観て映画に関心を持ち北京電影学院文学系に入学。その卒業制作として製作した『一瞬の夢』('98)で、ベルリン国際映画祭フォーラム部門最優秀新人監督賞を受賞する。
その後、長編第2作『プラットホーム』('00)はヴェネチア国際映画祭、第3作『青の稲妻』('02)はカンヌ国際映画祭にそれぞれ正式出品される(この作品以降、すべての作品がカンヌまたはヴェネツィアで上映されている)。06年の『長江哀歌』はヴェネツィアで最高賞となる金獅子賞を獲得、世界中で高い評価をうけた。
『青の稲妻』('02)『四川のうた』('08)に続く、3度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となった『罪の手ざわり』で脚本賞を受賞している。
・小山の帰郷('97)<未>
・一瞬の夢('97)
・プラットホーム('00)
・イン・パブリック('01)※オムニバス作品『三人三色』の一編
・青の稲妻('02)
・世界('04)
・長江哀歌('06)
・東('06)<未>
・私たちの十年('06)<未>
・無用('07)<未>
・四川のうた('08)
・河の上の愛情('08)<未>
・海上伝奇('10)<未>
・我が道を語る('11)<未>
・罪の手ざわり('13)
・山河ノスタルジア('15)
現代中国映画の巨匠ジャ・ジャンクーが一貫して見つめるのは、中国の市井の人々です。しかしながら、初期から今に至るまでつづくオフィス北野やフランスの製作会社との共同製作が示す通り、その映画づくりは常に「世界」から見た「中国」という視点を含んでもいます。今回上映するのは、そんなコスモポリタンの透徹した視点から祖国を見つめる、彼の魅力が凝縮された二作品です。
長編第2作目『プラットホーム』は、彼が初めて外国の共同出資で生み出した作品です。時代は80年代半ば。国内を公演旅行して回る劇団員の若者たちの青春群像です。彼らのドラマを彩るのは、ラジカセやカーステレオからノイズ混じりで流れる流行歌やロックなどのポップミュージックです。ここでの音楽は、登場人物たちの心理を補足する役割を大幅に超え、新しい時代が立ち上がりつつあった当時の中国国内のワクワクするような空気とダイレクトに絡み合います。物語だけ見れば決して楽天的なばかりではないのですが、彼らが音楽と共に歌い、踊る姿を見ているだけで、条理を超えた映画的としかいいようのない幸福感がこみ上げてきて仕方ありません。
個人的には、日本ではバブルの浮ついたイメージが強い80年代が、中国の人たちにとってはまったく別の見え方をしていたことを本作で知り、大きな驚きを覚えた記憶があります。おそらくそのような海外(主に先進国)の観客から見たときの意外性は、この企画を立ち上げた当初からジャ・ジャンクーの中に狙いとしてあったのだと思います。眩い光と音楽のマリアージュに幻惑されること必至な、ジャ・ジャンクー初期の集大成的な大傑作です。
一方、最新作『山河ノスタルジア』はジャ・ジャンクー作品のミューズであるチャオ・タオ(役名もタオ)とその夫、息子など複数の人物たちが時代の変遷と共に辿る物語が、1999年(過去)、2014年(撮影当時の現在)、2025年(近未来)という三つのパートを通して語られるという大胆な構成をとっています。
特に印象的なのは2025年パートです。ここでの舞台はオーストラリアなのですが、外国人はほとんど出てきません。タオの元夫の新興成金のジンシェンは、2025年には同じ中国人のコミュニティに埋没し、英語しか解さない息子のダオラーとの断絶を深めています。ダオラーもまた、中国に残してきた母を記憶しておらず、自らのアイデンティティに不安を覚えて揺れていきます。
世界に意気揚々と飛び出していったはずなのに、何とも寂しく孤立してしまった中国人たちの姿。この未来像からは、内部に歪みを伴いながら急成長を続けていく現代の中国へのかなり客観的でシビアな眼差しを感じます。99年のパートが『プラットホーム』と地続きにあるような青春の輝きに溢れているだけに、その展開の切なさはひとしおです。 とはいえ、揺れ惑いながらも誠実に生きようとするダオラーの爽やかな姿には、次の世代への希望が率直に託されているようです。時代の流れに翻弄される人々を切々と描いた本作は、ジャ・ジャンクーのパーソナルな想いが今までで最も強く出た感動的な作品になっています。
(ルー)
プラットホーム
站台
(2000年 香港/日本/フランス 151分 ビスタ/MONO)
2016年9月24日から9月30日まで上映
■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■製作 リー・キットミン/市山尚三
■撮影 ユー・リクウァイ
■音楽 半野喜弘
■出演 ワン・ホンウェイ/チャオ・タオ/リャン・チントン/ヤン・ティェンイー
■2000年ベネチア国際映画祭最優秀アジア映画賞/ナント三大陸映画祭グランプリ・監督賞受賞/ブエノスアイレス国際映画祭グランプリ受賞
中国山西省の小さな町・汾陽(フェンヤン)。文化劇団のメンバーの明亮と幼なじみ4人は、劇団の練習、地方巡業の旅と、いつも一緒の時間を過ごしていた。1980年代半ば、自由化の波がこの小さな町にも押し寄せてくる。政府の方針の変化で劇団への補助金が打ち切られ、劇団そのもののあり方も変わってしまう。ロックバンドとなって旅を続ける者、町に残り職を得る者――それぞれが自分の生き方を探し始める。
『プラットホーム』は、改革開放のスローガンを掲げ、社会がダイナミックに変貌してゆく80年代の中国を背景に、地方を旅する文化劇団の4人の若者たちの10年間の歩みを綴ってゆく。文化開放政策により、新しい音楽やファッションが大陸へと入ってくる。未知なるものとの遭遇に、彼らの生活も少しずつ変化を見せてゆく。
そんな青春時代真っただ中の若者たちの10年を、『プラットホーム』は常に現在形で描いてゆく。それによって観る者は、若者たちの心の揺れ、痛み、喜びを、丸ごと感じるであろう。「変わり続ける時代を、“歴史”ではなく“気配”で描きたかった」と語るジャ・ジャンクー。普通の人々の日々の暮らしに中に起こる些細なできごとの積み重ねから、激変する社会が作り出す“時代”の姿を照らし出してゆく。
山河ノスタルジア
山河故人
(2015年 中国/日本/フランス 125分 ビスタ)
2016年9月24日から9月30日まで上映
■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■製作 市山尚三
■撮影 ユー・リクウァイ
■音楽 半野喜弘
■出演 チャオ・タオ/チャン・イー/リャン・チントン/ドン・ズージェン/シルヴィア・チャン
■第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/第63回サンセバスチャン国際映画祭 観客賞(ヨーロッパ映画)/第52回台湾金馬奨 オリジナル脚本賞・観客賞
1999年、山西省・汾陽。小学校教師のタオは、炭鉱で働くリャンズーと実業家のジンシェンの、二人の幼なじみから想いを寄せられていた。やがてタオはジンシェンからのプロポーズを受け、息子・ダオラーを授かる。
2014年。タオはジンシェンと離婚し、一人汾陽で暮らしていた。ある日、タオは父親の死をきっかけに離れて暮らすダオラーと再会し、彼がジンシェンと共にオーストラリアに移住することを知る。
2025年、オーストラリア。19歳のダオラーは長い海外生活で中国語が話せなくなっていた。自らのアイデンティティを見失うなか、中国語教師ミアと出会い、かすかに記憶する母親の面影を探しはじめる――。
デビュー作『一瞬の夢』以来、いかなる作品でも市井の人々と同じ目線に立ち、彼らの営みから“中国のいま”を映し続けてきたジャ・ジャンクー監督。本作は、中国が飛躍的に発展を遂げた90年代後半から、未来にまで迫った大胆な野心作だ。
母と子の愛から浮かび上がる、過去・現在・未来へと変貌する世界と、それでも変わらない市井の人びとの想い。時代のうねりのなかで翻弄され、彷徨いながらも、精一杯に生きていく彼らの姿に、我々は希望を見出すに違いない。