【2023/5/6(土)~5/12(金)】『冬の旅』+『パリ、18区、夜。』/『無気力症シンドローム』

すみちゃん

わたしたち人間は、目に見える情報から自分にとって必要なものを選びとっている。だから、同じ街にいて同じ時間を生きていても、見える景色は違うものになる。今週上映する作品は、どれもわたしたちが見過ごしてしまっている現実を映画の中に落とし込んでいると思う。

『冬の旅』で主人公のモナが旅をするのは、南フランスのオクシタニー地方。モンペリエからニーム周辺の歴史的な名所のある場所だ。南フランスは地中海性気候で、夏から秋にかけて観光客も多い。主人公のモナは人が少ないからとあえて冬を選び、寝袋とリュックを持って歩き、車に乗せてもらいながら観光客が見る場所とは違ったルートで移動していく。“フランス”や“旅”という華やかで自由なイメージとは相反するように、モナの旅は過酷だが、強い意志がある。彼女は断片的になぜ旅をするようになったのかを言葉にする。誰かに雇われて仕事をしたくないと何度も話す姿から、彼女が耐え忍んできた日々が浮かびあがってくる。

『パリ、18区、夜。』の舞台はタイトル通り、パリ18区。区南西部の小高い丘一帯はモンマルトルと呼ばれ、モンパルナスとともに"芸術の街"として世界的に有名であるが、東側一帯は移民の多い地域で、アフリカ・アラブ系の人たちが住んでいる。リトアニアから車でパリに住む伯母の住まいにたどり着いたダイガが遭遇するのは、マルティニーク出身の青年カミーユ、そして老女連続殺人事件。移民が身を寄せて一つの部屋に住み、ソ連で起こった経済を立て直すための改革運動であるぺレストロイカ後の混乱が物語られ、裏切りも犯罪も親切さも、すべて等しく淡々と綴られていく。

『無気力症シンドローム』は1989年にソ連で制作された。ちょうどペレストロイカが起こった時期で、混乱のさなかに生まれている(『パリ、18区、夜。』と重なる部分がある)。2部構成からなる作品だが、どちらのパートも痛々しく、どうしようもない不安や不満がとげとげしい態度や言葉で表れている。なかなかロシア国内での上映が許されてこなかったムラートワ監督の作品だが、こちらの映画も作中で卑語が使われているとして国内での上映は認められなかった。検閲はまさしくわたしたちが平等に見る権利を奪う行為だ。誰のための検閲なのか?街の人がどんなに怒りや悲しみを見せても、映画内に出てくる教師のニコライが何度も口にする“無関心”という言葉に表れているように、関りを断ちがちな人々の諦め、感覚が麻痺していく瞬間を捉えている本作を、人の目に触れさせたくなかったのかとさえ思ってしまう。

作品が作られた街やそれを取り巻く社会は、切っても切り離せない。だからこそ映画にすることによって観客へ、無意識に自分の生活と切り離している現実を否応なしに知らしめる。今回上映される映画の持つ残酷さに、わたしは目を向けてほしいと思う。映画を芸術として鑑賞するだけの対象にしないで、なぜこの映画が生まれたのか、なぜこのような登場人物たちが映画に存在しているのか、考えるきっかけにしてほしい。それは周りにいる人たちに向けられるまなざしと同様に、理解できないことを理解するための手助けとなるはずだ。なぜモナが過酷な旅をし、カミーユが残酷な罪を犯し、ニコライが急に眠って起きられなくなってしまうのか。これは遠く昔の国で起こっている問題ではなくて、現代の社会と密接にかかわっている。労働、移民、貧困、不安、孤独、死…。もっともっと身近で、あなたの周りでも起きている問題なのだ。

冬の旅
Vagabond

アニエス・ヴァルダ監督作品/1985年/フランス/105分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本・共同編集 アニエス・ヴァルダ 
■撮影  パトリック・ブロシェ
■音楽 ジョアンナ・ブルゾヴィッチ

■出演 サンドリーヌ・ボネール/マーシャ・メリル/ステファン・フレイス/ヨランド・モロー

■1985年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞・国際評論家賞受賞/セザール賞主演女優賞受賞/フランス映画批評家協会賞ジョルジュ・メリエス賞受賞/1986年LA批評家協会賞外国語映画賞・女優賞受賞

© 1985 Ciné-Tamaris / films A2

【2023/5/6(土)~5/12(金)上映】

彼女は、路上を選んだ

冬の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、凍死体が発見される。遺体は、モナという18歳の若い女だった。モナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていて、道中では、同じく放浪中の青年やお屋敷の女中、牧場を営む元学生運動のリーダー、そしてプラタナスの樹を研究する教授などに出会っていた。

警察は、モナのことを誤って転落した自然死として身元不明のまま葬ってしまうが、カメラは、モナが死に至るまでの数週間の足取りを、この彼女が路上で出会った人々の語りから辿っていく。人々はモナの死を知らぬまま、思い思いに彼女について語りだす。

時代を切り開いた映画作家、アニエス・ヴァルダの最高傑作。

セルフポートレイトの集大成とも言うべき遺作『アニエスによるヴァルダ』を発表後、2019年3月、生涯現役を貫いて90歳で逝った映画作家アニエス・ヴァルダ。劇映画『幸福(しあわせ)』『5時から7時までのクレオ』『歌う女、歌わない女』、ドキュメンタリー『落穂拾い』『顔たち、ところどころ』…。フィクション、ノンフィクションを自由に行き来して、傑作を数多く遺したヴァルダの、劇映画の最高傑作と言われるのが『冬の旅』である。

1985年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。フランス本国では作品の評価はもちろん、興行面でもヴァルダ最大のヒット作と言われているが、題材の難しさゆえか日本では公開まで6年を要し、興行も成功に至らず、作品も正当に評価されたとは言い難かった。しかし30年以上の歳月を経て2022年3月に東京・国立映画アーカイブの特集《フランス映画を作った女性監督たち―放浪と抵抗の軌跡》での一度限りの上映は大盛況。死後3年を経てミッシングピースを埋めるかのように『冬の旅』再評価の機運が高まっている。

パリ、18区、夜。
I Can't Sleep

クレール・ドゥニ監督作品/1994年/フランス/109分/35mm/ヨーロピアンビスタ

■監督 クレール・ドゥニ
■脚本 クレール・ドゥニ/ジャン=ポール・ファルジョー
■撮影 アニエス・ゴダール
■編集 ネリー・ケティエール
■音楽 ジャン=ルイ・ミュラ

■出演 カテリーナ・ゴルベワ/リシャール・クルセ/ヴァンサン・デュポン/リーヌ・ルノー/ベアトリス・ダル/アレックス・デスカス

■1994年カンヌ国際映画祭「ある視点部門」正式出品

Isabelle Weingarten

【2023/5/6(土)~5/9(金)上映】

私の隣に彼らがいた。彼らはパリの夜に生き、愛し合い、ときおり人を殺した。

パリの夜明け。遥かリトアニアから一人の少女が、おんぼろ車を走らせてやって来る。なけなしの金と、いっぱいの煙草と、たった2件の電話番号を鞄に詰めて。彼女の名はダイガ。パリで女優になることを夢見て、すべてを処分して長い道のりを旅してきたのだ。

ダイガが身を寄せるのは18区の安ホテル。そこには毎夜ナイトクラブに出入りするカミーユという女の名を持つゲイの青年がラファエルという愛人と暮していた。

しかし、フランス中を戦慄させている老女連続殺人事件が彼らの仕業だとは誰も知らない。ただ一人ダイガだけが、ふとした偶然から彼らの正体を知る最初の人物となる…。

「地球があと24時間でなくなるとしたら、最後に観る映画の一本は間違いなくこの作品である」――ヴィム・ヴェンダース

クレール・ドゥニの長編5作目で、1987年に実際に起きた老女連続殺人事件をベースにしながら、夜のパリに生きる人々の素顔を淡々とスケッチしたドラマ。

異邦人の少女も殺人者も等しく包み込む都市の迷宮。美しいブルー・トーンの映像と徹底したクールなまなざしで、乾いた抒情漂う都市の姿を描き出し、世界中のジャーナリストや映画人に深い感銘を与えた。  

公開当時のパンフレットより一部抜粋

無気力症シンドローム
Asthenic Syndrome

キラ・ムラートワ監督作品/1989年/ソ連/153分/Blu-ray/スタンダード

■監督 キラ・ムラートワ
■脚本 アレクサンダー・チェルヌイフ/キラ・ムラートワ/セルゲイ・ポポフ
■撮影 ウラジーミル・パンコヴ

■出演 オルガ・アントノワ/セルゲイ・ポポフ/ガリーナ・ザフールダエワ/ナタリア・ブスコ

■1990年ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ(審査員特別賞)

★英語字幕つきでの上映です

【2023/5/10(土)~5/12(金)上映】

ウクライナの異邦人、キラ・ムラートワの驚くべき傑作。

抑圧された現実の中で人格が崩壊し、正常な人間が欠陥のある人間へと変貌していく様を描いた2つの物語。ペレストロイカ興隆期のソビエト社会のあり方を描いた荒涼としたフレスコ画で、世界映画史に残る傑作。不遇なソ連時代を過ごし、ウクライナで映画制作を続けたキラ・ムラートワ(代表作『長い見送り』『灰色の石の中で』)による本作は、昨年日本で約30年ぶりに上映された。

ムラートワは1934年、ルーマニアのソロカ(現在のモルドバ)に生まれた。モスクワの国立映画大学出身で、ウクライナのオデッサ劇映画スタジオに所属し、コルホーズの議長を主人公に人間の一義的でない内面に触れた第一作「我らのまじめな稼ぎ」(65)は60年代の代表作とされた。しかし、個人を視点の核に、夫婦や親子関係、家族のあり方を描く「短い出会い」(67)、「長い見送り」(71)は一般公開されず、ロシアの文豪コロレンコ原作の映画化「灰色の石の中で」(83)も一部カットを余儀なくされるなど長く不遇が続いた。が、89年、「無気力症シンドローム」でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞、92年にはフランスと「愛の民警」を共同製作、93年には山形国際ドキュメンタリー映画祭の審査委員長として来日するなど、多彩な活躍をしている。

90年代、00年代以降も精力的に作品を発表しつづけ、2018年に83歳でこの世を去った。

※『長い見送り』公開時(1994年)のチラシより抜粋