【2021/7/10(土)~7/16(金)】『ラ・ポワント・クールト』『5時から7時までのクレオ』/『落穂拾い』『ダゲール街の人々』

すみちゃん

近年、アニエス・ヴァルダ監督の作品が日本の映画館で観られる機会が増え、ヴァルダが見てきたもの、描いてきたものをじっくりと味わう時間が持てるようになりました。ヴァルダの映画を観た日一日は、その映画で頭がいっぱいになり、苦しさや喜びで身動きが取れなくなるほどです。きっと、映画に込められたヴァルダの眼差しが深く、強く人の心に訴えかけるものがあるからだと思います。今回早稲田松竹で上映される作品は、ヴァルダ監督の初期から2000年までのドキュメンタリーとフィクションの4作品です。

ヴァルダのドキュメンタリー作品では、いつもお茶目なヴァルダが登場します。『落穂拾い』では嬉しそうにハート形のジャガイモを手にしたり、しわくちゃだと言いつつ愛おしそうに自分の手でトラクターを捕まえようとしたり。『ダゲール街の人々』でも、電源コードを引っ張っていくヴァルダの姿が見え、香水屋には娘、ロザリー・ヴァルダも登場します。ヴァルダはいつでもカメラの向こう側と正直に対峙し、ユニークな目線を決して忘れないでいようとします。一方で、フィクションで描くヴァルダの世界はとても厳しく、登場人物たちは自分の意志だけではどうにもならない所へと追い込まれていきます。

当館で販売予定の「シモーヌ 特集:アニエス・ヴァルダ」では、フェミニズムの視点でヴァルダについての特集が組まれていますが、フィクションにおけるヴァルダの描く厳しさは、決して映画の世界の中に留まるものではありません。こちらの雑誌で、ヴァルダは『5時から7時までのクレオ』では、あえて美人で金髪で若く肉感的な女性らしい魅力のある女性を主人公にした方が受け入れられやすいということを自覚しながら描いたと記してあります。ヴァルダは、現実世界で感じ取っている受け入れがたい価値観や出来事を、ありのままに作品を通して伝えようとしているのだと思います。ヴァルダの描く厳しさは、私たちが見過ごし、無意識に植え付けられてしまった感覚に対してメスを入れるように、鋭くそして力強いものです。その強さは私たちが知らず知らずのうちに抱え、飲み込んでしまっている感情の大きさに対抗するためのものかもしれません。だからこそヴァルダ作品を観た後には、うちのめされつつ、同時に自分自身と向き合う覚悟を持たせてくれます。

生涯で出会える映画が限られているのなら、間違いなく出会って頂きたいヴァルダの作品たち。是非劇場でご覧ください!

参考文献:「シモーヌ 特集:アニエス・ヴァルダ」

5時から7時までのクレオ
Cléo from 5 to 7

アニエス・ヴァルダ監督作品/1961年/フランス・イタリア/90分/35mm/ヨーロピアンビスタ/MONO

■監督・脚本・作詞 アニエス・ヴァルダ
■製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
■撮影 ジャン・ラビエ
■編集 ジャニーヌ・ヴェルノー
■音楽 ミシェル・ルグラン

■出演 コリーヌ・マルシャン/アントワーヌ・ブルセイエ/ミシェル・ルグラン/ホセ・ルイス・デ・ビラロンガ/ロワ・パヤン/ジャン=クロード・ブリアリ/アンナ・カリーナ/ジャン=リュック・ゴダール

© agnès varda et enfants 1993

【2021/7/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)上映】

クレオは歌う。クレオは彷徨う。クレオは出会う。クレオは――。

シャンソン歌手クレオは占い師を前に、自分がガンかもしれないという不安と恐怖から、大粒の涙を流していた。時刻は5時。今日の7時には精密検査の結果がわかる。不安を抱えたままパリの街にくり出す彼女だが、カフェでさんざめいても誰も心配はしてくれないし、久しぶりに会った恋人もまともに取り合ってくれない。挙句に、音楽家のボブが持ってきた曲を歌ったら絶望的な気分に。一人黒い服を身に纏い街をさまようクレオ。誰も自分の真の不安を理解はしてくれない。あてもなく公園に入ると、軍服姿の一人の男が話しかけてきて…。

揺れ動く女性心理を見事に描いた、ヴァルダ初期の傑作。

ガンの不安に取りつかれたヒロイン・クレオを演じたのは、当時売り出し中だった歌手コリンヌ・マルシャン。彼女はジャック・ドゥミ監督に見出され、本作に抜擢された。劇中では4曲の歌を披露し、その中の1曲「嘘つき女」をレコーディングしている。また、ミシェル・ルグランや、ジャン=リュック・ゴダール、アンナ・カリーナがカメオ出演している。

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『5時から7時までのクレオ』は、診断結果が分かる7時までの間、不安と希望を行き来しながら、夏至のパリを彷徨うポップ・シンガー、クレオの心象風景をリアルタイムで追いかけた作品。ひたすら街を歩くクレオには常に不吉な予感が襲い、逃げ場のない気持ちを抱えながら、時間だけは無情にも過ぎていきます。この短時間の中でも、クレオは様々な人と出会います。彼女の人生における試練がこの日だとしても、彼女は一人では生きていないこと、徐々に彼女の不安が変化していく姿を見ることができます。(すみちゃん)

ラ・ポワント・クールト
La Pointe-Courte

アニエス・ヴァルダ監督作品/1954年/フランス/80分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 アニエス・ヴァルダ
■編集 アラン・レネ

■出演  フィリップ・ノワレ/ シルヴィア・モンフォール

© 1994 AGNES VARDA ET ENFANTS

【2021/7/10(土)・12(月)・14(水)・16(金)上映】

アニエス・ヴァルダが「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」と呼ばれるきっかけとなった長編劇映画デビュー作

ゴダールの『勝手にしやがれ』よりも5年、トリュフォーの『大人は判ってくれない』よりも4年も早く製作された、「ヌーヴェルヴァーグはここから始まった」と言っても過言ではない伝説的作品。
南仏の小さな海辺の村を舞台に、生まれ故郷に戻ってきた夫と、彼を追ってパリからやってきた妻。終止符を打とうとしている一組の夫婦の姿を描く。

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『ラ・ポワント・クールト』はヴァルダのデビュー作。幼少期に家族と船の上で生活をしたり、青年期の頃に漁師たちと一緒に働いたりと、ヴァルダ自身が多感な時期に見て、身体で感じてきたものが形となった作品でもあります。写真家として活動をしていたものの、今まで映画をあまり見ていなかったという26歳のヴァルダが形にした本作は、終止符を打とうとする夫婦というフィクション性と海辺に住む人々の暮らしが映るドキュメンタリー性が混在した、ヴァルダ作品の出発点とも言えます。(すみちゃん)

ダゲール街の人々
Daguerreotypes

アニエス・ヴァルダ監督作品/1975年/フランス/79分/DCP/スタンダード

■監督 アニエス・ヴァルダ
■撮影 ウィリアム・ルプシャンスキー/ヌーリス・アヴィヴ

© 1994 agnès varda et enfants

【2021/7/11(日)・13(火)・15(木)上映】

パリ14区の商店街の人々の暮らしを点描した傑作ドキュメンタリー

自身が50年以上居を構えていたパリ14区、モンパルナスの一角にあるダゲール通り。“銀板写真”を発明した19世紀の発明家の名を冠した通りには肉屋、香水屋…、様々な商店が立ち並ぶ。その下町の風景をこよなく愛したヴァルダが75年に完成させたドキュメンタリー作家としての代表作。人間に対する温かな眼差しと冷徹な観察眼を併せ持ったヴァルダの真骨頂。

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『ダゲール街の人々』は、子育てという制限がある中で、自宅からつないだ電源ケーブルが届く範囲内で撮影するというひらめきから誕生し、題名通りにダゲール街にひしめくお店や働く人々を撮影したドキュメンタリーです。肉屋、床屋、そして一番カメラがとらえて離さなかったのが香水屋で佇む女性。夫の店主がお客さんと、口紅はある?などとささやかなやり取りをしている中で、妻である女性はひっそりとお店の椅子に座っています。他のお店でも狭い店内で繰り広げられるお客と店員とのやり取りはとても印象的で、会話をすること、働く人の手際の良さなど、日常的に見過ごしてしまいそうな瞬間を切り取るように、ヴァルダの大きな好奇心を、制限がある中でも諦めないで形にした作品です。(すみちゃん)

落穂拾い
The Gleaners & I

アニエス・ヴァルダ監督作品/2000年/フランス/82分/DCP/スタンダード

■監督・脚本・語り アニエス・ヴァルダ
■撮影 ディディエ・ルジェ/ステファーヌ・クロズ/パスカル・ソテレ/ディディエ・ドゥサン/アニエス・ヴァルダ
■編集 アニエス・ヴァルダ/ロラン・ピノ
■音楽 ジョアンナ・ブルズドヴィチュ

■2000年ヨーロッパ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞受賞/フランス映画批評家協会賞 最優秀映画批評家賞受賞/シカゴ映画祭 ゴールド・ヒューゴー最優秀ドキュメンタリー賞受賞/2001年全米批評家協会賞ドキュメンタリー賞受賞 ほか多数受賞

© Cine Tamaris 2000

【2021/7/11(日)・13(火)・15(木)上映】

アニエスはカメラをもって旅に出た

ある日、ヴァルダ監督はパリの市場で、道路に落ちているものを拾う人たちを見ていて映画の着想を得た。その後、いろいろな市場で人々の拾い集める動作を観察しているうちにミレーの名画『落穂拾い』を連想し、田舎ではまだ落穂拾いをしているのだろうかという疑問にかられた。 こうして、ハンディカメラを手に、フランス各地の“現代の落穂拾い"を探す、彼女の旅は始まる。

フランス中の“ものを拾うひと”と出会うために——。ユーモアとエスプリにあふれる現代文明批評。

フランス各地のさまざまな表情を描いたこの旅は、ヴァルダ監督の自分自身を見つめる旅でもある。落穂拾いを訪ねながらも、ヴァルダ監督は、ボクシンググローブを首にさげた犬、走るトラックなど、途中気になったものを撮らずにはいられない。自身の手のしわを撮っては70年以上にわたる人生を振り返り、過ぎゆく時に想いをはせる。ミレーやヴァイデンが描いた名画に感動したかと思えば、20世紀の映画芸術の目覚しい発展を振り返りながら、2000年の今を生きるアニエス・ヴァルダを見出す。ウィットに富んだこの作品には、彼女の人生と社会への姿勢そのものが現れている。

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『落穂拾い』はヴァルダがデジカメを手に入れて、食べ物や物を拾い集めている人々にどんどん会いに行くドキュメンタリー。市場に落ちている食べ物、畑のジャガイモ、人形。誰かがいらないと判断したものでも、必要としている人が沢山いて、こぼれ落ちてしまったものを集めるということがどれだけ尊いことなのかと考えさせられます。(すみちゃん)