1928年ベルギー・ブリュッセルでギリシャ人の父とフランス人の母のもとに生まれる。パリのソルボンヌ大学などで学び、50年代より職業写真家として活動を開始。1954年『ラ・ポワント・クールト』で長編デビュー。
長編2作目の『5時から7時までのクレオ』(61)は世界中で絶賛された。翌年にジャック・ドゥミと結婚。『幸福』(64)でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。以後、独創的なドキュメンタリー作家として数々の作品を手掛ける一方、『歌う女・歌わない女』(77)や『冬の旅』(85)など劇映画も制作、ジャンルをまたぎ幅広く活動を続ける。
1990年夫ドゥミが死去。翌年『ジャック・ドゥミの少年期』を発表し、ドゥミの死後も彼の業績を世に広めている。また、近年も『落穂拾い』(00)や『アニエスの浜辺』(08)など精力的に作品を作り続けている。2015年、長年の功績が評価され、オリヴェイラ、イーストウッドらに続き史上6人目となるカンヌ国際映画祭名誉パルム・ドールを受賞。現在89歳、最新作はフランス人アーティストJRとの共同監督作『顔たち、ところどころ』。
・ラ・ポワント・クールト<未>(54)
・5時から7時までのクレオ(61)
・幸福(しあわせ)(64)
・創造物たち<未>(66)
・ベトナムから遠く離れて(67)
・歌う女・歌わない女(77)
・壁、壁<未>(80)
・ドキュマントール<未>(81)
・冬の旅(85)
・カンフー・マスター!(87)
・アニエスv.によるジェーンb.(87)
・ジャック・ドゥミの少年期(91)
・25年目のロシュフォールの恋人たち<未>(93)
・百一夜(95)
・落穂拾い(00)
・落穂拾い・二年後(02)
・ライオンの消滅<未>(03)
・アニエスの浜辺(08)
・顔たち、ところどころ(17)
※主な長編のみ、他短編多数
ヌーヴェルヴァーグの生き証人である<神様>ジャン=リュック・ゴダール御大の影に隠れがちですが、現在89歳のアニエス・ヴァルダもまたヌーヴェルヴァーグの一方を体現する現役バリバリのシネアストです(今年9月にはアカデミー外国語映画賞にノミネートされた、アーティスト JRとの共作『顔たち、ところどころ』も公開予定)。ひとくくりにするのは少し乱暴ですが、彼女の多くの作品は「幸福」を巡る映画だと思います。人間の本当の幸福とは何なのか。彼女の作品は自らに問いかける探求の記録であり、その誠実さが厳しさの中にユーモアのある独特のポエジーを生み出すのです。今回上映するのはどちらもそんなヴァルダのテーマが凝縮された代表作ですが、そのアプローチがそれぞれかなり異なるのが興味深いところです。
『5時から7時までのクレオ』はヴァルダの名を一躍有名にした出世作。大胆なロケ撮影でヒロイン・クレオの心象風景に迫るスタイルは、同時期のアントニオーニ(『情事』『夜』)に近いものを感じさせますが、ヴァルダの感性は圧倒的に(とっても安易な言葉ですが)オシャレ。もともと写真家だったヴァルダのセンスあふれる映像の魅力はもちろん、クレオに歌のレッスンを施すミシェル・ルグランのハイテンション演技に音楽ファンはつい微笑んでしまいます。そしてなにより劇中劇のスラップスティック映画で珍演を披露する当時アツアツだったゴダールとアンナ・カリーナの爆笑ものの姿は見逃せません! シリアスで実存主義的な主題の中にヌーヴェルヴァーグらしい遊び心が詰め込まれた、初期ヌーヴェルヴァーグ最高の一本です。
モノクロ映像が美しい『クレオ』とは対照的に、『幸福(しあわせ)』は冒頭から色あざやかなひまわりや瑞々しい若草の緑に目を奪われます。まるで絵画作品のような風景の中で慎ましく生きる夫婦の物語ですが、終盤に近づくにつれてその平和な光景がいつしか禍々しく戦慄的なものに見えてきます。『クレオ』の等身大な主人公像とは対照的に、本作のヒロインが取る行動は、私たちのなめらかな感情移入を拒否するかのようです。ヴァルダはあえてそんなヒロインを創造することで観客に「しあわせ」のありかたをダイレクトに問いかけようとしたのだと思います。ヴァルダ作品の中でも一二を争うほどの眩い光に溢れた美しい映画でありながら、観る人によっては恐怖映画に思えるかもしれない程の重い余韻を残す衝撃作です。
(ルー)
5時から7時までのクレオ
CLEO de 5 a 7
(1961年 フランス/イタリア 90分 ヨーロピアンビスタ)
2018年3月24日-3月30日上映
■監督・脚本・作詞 アニエス・ヴァルダ
■製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
■撮影 ジャン・ラビエ
■編集 ジャニーヌ・ヴェルノー
■音楽 ミシェル・ルグラン
■出演 コリーヌ・マルシャン/アントワーヌ・ブルセイエ/ミシェル・ルグラン/ホセ・ルイス・デ・ビラロンガ/ロワ・パヤン/ジャン=クロード・ブリアリ/アンナ・カリーナ/ジャン=リュック・ゴダール
© agnes varda et enfants 1994
★短編『LES 3 BOUTONS (3つのボタン)』(上映時間11分)を同時上映いたします。
シャンソン歌手クレオは占い師を前に、自分がガンかもしれないという不安と恐怖から、大粒の涙を流していた。時刻は5時。今日の7時には精密検査の結果がわかる。不安を抱えたままパリの街にくり出す彼女だが、カフェでさんざめいても誰も心配はしてくれないし、久しぶりに会った恋人もまともに取り合ってくれない。挙句に、音楽家のボブが持ってきた曲を歌ったら絶望的な気分に。一人黒い服を身に纏い街をさまようクレオ。誰も自分の真の不安を理解はしてくれない。あてもなく公園に入ると、軍服姿の一人の男が話しかけてきて…。
診断結果が分かる7時までの間、不安と希望を行き来しながら、夏至のパリを彷徨うポップ・シンガー、クレオの心象風景をリアルタイムで追いかけた、キュートで哲学的なガーリームービーの金字塔『5時から7時までのクレオ』。微妙に変化してゆくクレオの心をありのままにカメラで感じとろうとしたその手法は、ヴァルダ独自のものでもあり、女性の心理を見事に映し出したまさに女性監督ならではの作品である。
ガンの不安に取りつかれたヒロイン・クレオを演じたのは、当時売り出し中だった歌手コリンヌ・マルシャン。彼女はジャック・ドゥミ監督に見出され、本作に抜擢された。劇中では4曲の歌を披露し、その中の1曲「嘘つき女」をレコーディングしている。また、ミシェル・ルグランや、ジャン=リュック・ゴダール、アンナ・カリーナがカメオ出演している。
幸福(しあわせ)
Le Bonheur
(1964年 フランス 80分 ヨーロピアンビスタ)
2018年3月24日-3月30日上映
■監督・脚本 アニエス・ヴァルダ
■撮影 ジャン・ラビエ/クロード・ボーソレイユ
■編集 ジャニーヌ・ヴェルノー
■音楽 ヴォルフガンブ・A・モーツァルト
■出演 ジャン=クロード・ドルオー/クレール・ドルオー/サンドリーヌ・ドルオー/オリヴィエ・ドルオー/マリー=フランス・ボワイエ
■1965年ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞/ルイ・デリュック賞受賞
© agnes varda et enfants 1994
パリの郊外に若い夫婦が住んでいる。2人の子供を持ち、休日には家族そろってピクニックに出かける。平凡だが幸せな毎日。その夫が、ある日、新しい女性を愛してしまう。しかし、彼は家庭を捨てるつもりはない。「新しい幸福がひとつふえただけなんだよ」彼は自分にも妻にもそう言い聞かせるのだった。思いもよらぬ悲劇の幕開けとも知らず…。
公開当時、女性らしい生き生きとした感受性と、あまりの美しさに話題を巻き起こしたアニエス・ヴァルダ監督の名作『幸福(しあわせ)』。女性の持つ極度に繊細で、同時に驚くほど大胆な感覚が、そら恐ろしいまでの緊迫感として画面にはり付いている。「私は印象派の絵画を前にした時の感動を呼び起こすような、そんな色彩映像を作りたかった」とヴァルダが語った本作は、ベルリン国際映画祭銀熊賞、ルイ・デリュック賞を受賞するなど、パリはもとより全世界で絶賛された。
夫婦役は、実生活でも夫婦であるジャン・クロード=ドルオーとその妻クレール・ドルオー。2人の子供たちも彼らの実際の子供たちである。第2の女性として登場するエミリー役に、『幸福の行方』のマリー=フランス・ボワイエが扮している。
幸福(しあわせ)。あまりにありふれた言葉でありながら、あまりに漠然と曖昧な言葉。シンプルで日常的な物語のなかに“幸福”の正体を鋭く追及した秀作である。