【2021/11/13(土)~11/19(金)】『田舎司祭の日記 4Kデジタル・リマスター版』『冬の光』 // 特別レイトショー『ポネット 4Kレストア版』

ぽっけ

今週の早稲田松竹はロベール・ブレッソン監督の『田舎司祭の日記』とイングマール・ベルイマン監督の『冬の光』の二本立てです。「神の不在」は文学や芸術、哲学で繰り返しテーマにされてきた問題です。神はいるのか、いないのか。いるのであればなぜこの苦しみを救ってくれないのか、応えてくれないのか。この2つの映画で描かれる司祭たちは、食事も睡眠も満足にはとれないほど悩みもがき苦しんでいます。

『田舎司祭の日記』の原作者であるベルナノスがそうであるように、第一次世界大戦、スペイン内戦、第二次世界大戦へと進んでいく世界や、大量消費、個人主義へと進んでいく時代の変化の文脈のなかで「神」の存在を信じ続けること、その存在のありようを描くことは容易ではありませんでした。ニーチェのニヒリズム「神の死」やサルトルの実存主義「神の不在」など、時代と共に哲学・思想も神についてより考察を深めながら変化していきます。神がそもそも見えない、その不可視性だけでなく「見えない神」をどう描くのか、どう伝えるのかということは、多くの宗教家たちや芸術家たちにとっても大きな問題でした。というよりも、それを記述すること、描きだすこと自体がまさに神の存在への問いそのものでもあったのだと思います。

ジュルジュ・ベルナノスの原作『田舎司祭の日記』は、日記という形式を通じて極限まで内面化された若き司祭の己との対話を描き出します。言動が周囲に及ぼす影響や周囲の人々の観察を通して見えてくるのは、自身の混沌とした内面や平安を望む人々の姿です。
原作を翻案するロベール・ブレッソンは、小説を表現のために脚色するのではなく、省略しこそすれ要約さえせずに、忠実に「小説から与えられた現実」として取り扱うことで、今までに全くなかったブレッソン独自のスタイルを確立させました。一切神らしきものの姿の影も写していないのにも関わらず、緊張感の高まりの中で神々しささえ感じる数々のシーンはまさに映画的な至福の瞬間。そしてこの創作のプロセスはベルナノスが原作で描いた信仰に真に生きようと努力する人々を真正面から描く方法にも応えるものでもあると言えます。
(この映画がヌーヴェル・ヴァーグの父と呼ばれる映画理論家アンドレ・バザンに「『田舎司祭の日記』とロベール・ブレッソンの文体論」という論文を書かせ、フランソワ・トリュフォーの『フランス映画のある種の傾向』という、結果的に「作家主義」を押し上げ、大きな反響を呼んだ論文を準備させることになります。そうした意味においてもこの作品の影響は計り知れません)

イングマール・ベルイマンも「神の沈黙」三部作の二作目である『冬の光』に取り掛かり、大きな転機を迎えました。今までディティールの隅々まで隠喩を張り巡らせてきたベルイマンが表現上の象徴を取り除き、率直に描き切ったのが本作です。神を信じることができなくなった司祭と、ミサに集まり教会に差し込んだ光に照らし出される信者たちの顔にはそれぞれの不安が浮かびあがります。ベルイマンはその懊悩の襞(ひだ)の一つ一つまで覗き込むかのように、丁寧に拾い上げた言葉と大きく写した俳優たちの顔を見せていきます。どんなにペシミスティックな姿を描いても、ベルイマンの映画がこうして人の顔を写して声に耳を傾けようとする映画を見ているとある種の爽快さを感じてしまうのは私だけではないはずです。そしてそのことは、レイトショーで上映するジャック・ドワイヨン監督の『ポネット』とも無縁ではありません。

悩める人々の姿が美しく見えるのはなぜなのでしょう。ましてや、まさに「神の不在」の言葉通り一切神の姿など写るはずもないのにその美しさには、見えない形で神の存在が影響しているとさえ言えそうなのです。神なきゆえの美しさ。しかしあらかじめ神の存在がない世界には、この美しささえないのだと思うたびに、私はこの映画たちの前に立ち止まってしまうのです。

冬の光
Winter Light

イングマール・ベルイマン監督作品/1963年/スウェーデン/82分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 イングマール・ベルイマン
■撮影 スヴェン・ニクヴィスト
■音楽 ヨハン・セバスチャン・バッハ

■出演 グンナール・ビョルンストランド/マックス・フォン・シドー/イングリッド・チューリン/グンネル・リンドブロム/アラン・エドワール

■1963年度OCIC国際カトリック映画局グランプリ/第8回ウィーン宗教映画週間 最優秀外国映画賞

©1963 AB Svensk Filmindustri

【2021年11月13日から11月19日まで上映】

最高傑作と呼び声も高い、自伝的要素が色濃く反映したベルイマン入魂の作品

スウェーデンの小さな漁村で牧師をしているトマスは、最愛の妻に先立たれ、失意の底にあった。そんな冬のある朝、ミサを終えると、トマスのもとに漁師の夫妻が相談に来る。妻は、神経衰弱で中国が原子爆弾を持つというニュースに深く悩んでいる夫を助けてほしいと訴える。だがトマスには、彼等に心ある言葉を告げることが出来なかった。彼は自身の信仰に自信が持てなくなっていた。妻の亡き後に関係を持った愛人とも、上手く行かず、苛立ちは増すばかりであった。やがて、悩みを相談した男がピストル自殺したという知らせが届く…。

『鏡の中にある如く』『沈黙』とともに、ベルイマンが「神の沈黙」三部作とした作品。ベルイマンの自伝的要素が濃く反映され、信仰に対する疑念を抱いた牧師の苦悩を通して、「神の不在」が描き出される。物語では、新聞で中国の核開発を知った男が終末への恐怖から自殺してしまう。主人公の牧師は何も出来ずにただ祈るのみだ。神は何故沈黙したままなのか? 

教会の中で時間とともに変化する細やかな光が、撮影のスヴェン・ニクヴィストによって見事に表現されている。ベルイマンの追求したテーマが結実されたものとして、本作を最高傑作とする向きも多い。まさにベルイマン監督入魂の名編である。

田舎司祭の日記 4Kデジタル・リマスター版
Diary of a Country Priest

ロベール・ブレッソン監督作品/1951年/フランス/115分/DCP/スタンダード

■監督・脚本 ロベール・ブレッソン
■原作 ジョルジュ・ベルナノス『田舎司祭の日記 Journal d’un curé de campagne』
■撮影 レオンス=アンリ・ビュレル
■美術 ピエール・シャルボニエ
■編集 ポーレット・ロベール
■音楽 ジャン=ジャック・グリューネンヴァルト

■出演 クロード・レデュ/ジャン・リヴィエール/アンドレ・ギベール/ニコール・モーレイ/ニコル・ラドミラル

■1951年 ヴェネツィア国際映画祭イタリア批評家賞・国際カトリック映画事務局賞・フランス映画批評家協会賞・作品賞受賞

©1950 STUDIOCANAL

【2021年11月13日から11月19日まで上映】

聖と俗の間で葛藤する若き司祭の姿を静謐な視線で捉え、その後のブレッソンの映画スタイルを決定づけた伝説の作品――

北フランスの寒村に赴任した若い司祭。彼は身体の不調を覚えながらも、日々村人たちの悩みを聞き、布教と善行に務める。しかし、彼の純粋な信仰への思いは村人たちとの間にしだいに溝を作っていくことになり、事態は思いもよらぬ方向へ進んでいく…。

映画史に残る数々の名作を生み出したロベール・ブレッソン。『罪の天使たち』(1943)、『ブローニュの森の貴婦人たち』(1945)に続く長編第3作目にあたる本作は、ブレッソン作品を特徴づける、職業俳優を排して素人を起用し、音楽やカメラの動きなども含めたいわゆる「演出」を削ぎ落としていくスタイル—監督自らが「シネマトグラフ」と呼ぶ手法—を確立した作品だ。

原作はのちに『少女ムシェット』(1967)でも取り上げるカトリック作家ジョルジュ・ベルナノスによる同名小説。公開当時ゴダールやトリュフォーを魅了し、『タクシー・ドライバー』(1976年)や『魂のゆくえ』(2017)などその後の多くの作品に影響を与えたと言われる伝説的な作品である。ブレッソンはベルナノスの世界を忠実に再現し、司祭が綴る日記を通して、神と自己の探究、信仰への懐疑や迷いに苦悩する姿を映し出していく。

主人公である孤独な司祭役に抜擢されたクロード・レデュは、ブレッソンが起用したいわゆる素人俳優であったが、いくつかの映画に出演した後、1962年からは妻とともに、テレビ番組の人形劇「Bonne Nuit les Petits」を制作し、フランスでは多くの人に忘れがたい記憶を残している。

【特別レイトショー】ポネット 4Kレストア版
【Late Show】Ponette

ジャック・ドワイヨン監督作品/1996年/フランス/97分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本 ジャック・ドワイヨン
■製作 アラン・サルド
■撮影 カロリーヌ・シャンプティエ
■音楽 フィリップ・サルド
■出演 ヴィクトワール・ティヴィソル/マリー・トランティニャン/グザヴィエ・ボーヴォワ/クレール・ヌブー/デルフィーヌ・シルツ/マチアス・ビューロー・カトン/レオポルディーヌ・セール

■1996年ヴェネチア国際映画祭主演女優賞/1997年ニューヨーク批評家協会賞外国語映画賞

【2021年11月13日から11月19日まで上映】

天国のママに、もう一度あいたい――

交通事故で母親を失った4歳の少女ポネット。突然の出来事にポネットはその死を受け入れられない。叔母の家に預けられ新たな生活が始まるが、ポネットはひたすら母の帰りを信じ、祈り続ける。そんな少女に周りの大人たちは「死」を教えようとするが、ポネットはますます自分の世界に閉じこもる…。

たった4歳の少女のひたむきな祈りが、世界中を涙でつつみ込んだ。

主演した4歳の少女ヴィクトワール・ティヴィソルが、96年のヴェネチア映画祭で女優賞を史上最年少で受賞。監督は名匠ジャック・ドワイヨン。日本での劇場初公開は1997年。東京の公開館では、33週間のロングラン記録。異例の大ヒットとなった。

誰もが味わう、大切な人を亡くすことの哀しみ。痛ましい出来事に向きあう少女の優しく純粋な姿を通し、人間の本質的で普遍的なテーマに迫る本作は、初公開から20年以上の時が過ぎた今も決して古びることはない。映画史に輝く美しき傑作が、4Kレストアの高精細デジタルリマスター版として劇場のスクリーンに帰ってくる。