【2020/12/5(土)~12/11(金)】『ペイン・アンド・グローリー』『ポルトガル、夏の終わり』

パズー

「もし私を埋めるために私の足を縛るようなことがあれば、それをほどいて、こう言ってちょうだい。私はこれから行く所では身軽でいたいの」
―――『ペイン・アンド・グローリー』より


『ペイン・アンド・グローリー』は、スペイン映画を代表する監督ペドロ・アルモドバルの21本目の作品です。パワフルな女性の物語を多く撮ってきた名匠が今回主役に据えたのは、老境に差し掛かった世界的映画監督。盟友アントニオ・バンデラスがいつものエネルギッシュなイメージを封印し、白髪交じりの短髪とたっぷりの髭を蓄えて、言わずもがなアルモドバル本人を思わせるキャラクターに扮しています。劇中で彼が住んでいる家や着ている服もほとんどが監督のものだそうです。

このようにある種自伝的だと言えるような本作のテーマは、タイトルの通り「痛み」と「栄光」。かつては一世を風靡した映画監督のサルバドールは、全身の体調不良と4年前の母の死がきっかけで半ば引退状態。しかし回顧上映の依頼を受けたことをきっかけに、幼い頃の母との思い出やかつての恋人との別れの傷と向き合い、止まっていた時間が動き出します。

80年代にデビューして以来、常に世界の映画祭の中心人物であり続けるアルモドバルも今年71歳。走り続けてきた監督人生をふと立ち止まって振り返り、作り上げたのがまさに本作なのです(立ち止まってもそれを映画にしてしまうところが根っからの作家らしいですが)。

「人は死ぬまで生きていて、僕にとって、フランキーというキャラクターはその証人なんです。」
―――アイラ・サックス


『ポルトガル、夏の終わり』(原題:Frankie)の監督はアイラ・サックス。ニューヨークを拠点に活動していて、米インディペンデント映画界の中でも独特の立ち位置を確立している作家です。そんな彼がはじめて海外を舞台に、フランスの大女優イザベル・ユペールを主演に迎えた本作。死期を悟った女優が、ポルトガルの避暑地シントラに家族と親友を集めて過ごすある一日を描いた物語です。

女優フランキーが集めた家族の構成は、現在の夫と元夫が出てくるあたりからなかなか複雑です。フランキーと離婚後にゲイをカミングアウトした元夫、一人息子と結婚させたいと思っている親友まで一同に集めてしまうフランキー。こう書くとはちゃめちゃな家族劇を想像しますが、映画は不思議なくらい静けさに満ちています。煩雑さは舞台であるシントラの神聖な空気に吸い込まれてしまうかのように、それぞれが抱える問題が必ずしも表に出てくるとは限らないのです。

自分にも他者にも厳しくストイックに生きてきたフランキーは、イザベル・ユペールにあて書きしたキャラクターだけあって、何度もユペール本人のことなのかと錯覚してしまうほどの自然さがあります。過度な説明はせず、余白のあるアイラ・サックスの作風のなかでスッと佇む彼女の姿は、儚さと凛々しさが同居した神秘的な美しさを湛えています。

映画監督と女優、偶然にもともに表現者である今週の映画の主人公。彼らは孤独を感じ、人生の終盤=死 を意識していながらも、映画が纏うのは決して悲しみや苦しみの感情ではありません。むしろ彼らは自分の人生で大切だった人たちや出来事を思い、ヨーロッパの降り注ぐ太陽の光の下で、自分なりの愛を見つけ抱きしめようとします(どちらの映画にも印象的な抱擁のシーンが出てきます)。

終わりではなく、その先を見据える主人公たちの物語は、「人生」や「死」をテーマにしているにもかかわらず、軽やかさやすがすがしさに満ちています。現代映画の名匠が考察する人生について。今週は大人のためのヒューマンドラマ二本立てです。

ポルトガル、夏の終わり
Frankie

アイラ・サックス監督作品/2019年/フランス・ポルトガル/100分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 アイラ・サックス
■脚本 マウリシオ・ザカリーアス/アイラ・サックス
■撮影 フイ・ポーサス
■編集 ソフィー・レンヌ
■音楽 ディコン・ハインクリフェ

■出演 イザベル・ユペール/ブレンダン・グリーソン/マリサ・トメイ/ジェレミー・レニエ/パスカル・グレゴリー/ヴィネット・ロビンソン/グレッグ・キニア

■2019年カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート

【2020年12月5日(土)~12月11日(金)まで上映】

©2018 SBS PRODUCTIONS / O SOM E A FURIA ©2018 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions

迎えた最後の夏。ポルトガルの世界遺産シントラの町を舞台に、女優フランキーが仕組んだ<家族劇>とは――。

女優フランキーは、夏の終わりのバケーションと称し、“この世のエデン”と呼ばれるポルトガルの世界遺産の町シントラに一族と親友を呼び寄せる。自らの死期を悟った彼女は、亡きあとも愛する者たちが問題なく暮らしていけるよう、すべての段取りを整えようとしたのだ。しかし、それぞれに問題を抱えた家族たちの選択は、次第にフランキーの思い描いていた筋書きから大きく外れていき――。

イザベル・ユペール主演で贈る、儚くも美しき人生の物語

アイラ・サックス監督の『人生は小説よりも奇なり』に惚れ込んだイザベル・ユペールがラブコールを送り、それを受けた監督がユペールのために書き下ろした本作。脇を固めたのは、ブレンダン・グリーソン、マリサ・トメイ、ジェレミー・レニエ。グレッグ・キニアら豪華実力派俳優陣。彼らが演じる、フランキーの訳ありな親族や友人が繰り広げるドラマも見どころの一つである。

本作のもう一つの主役と言えるのが、イギリスの詩人バイロン卿に「この世のエデン」と称されたポルトガルの世界遺産の町シントラ。この上なく幻想的で美しい世界が、フランキーたちの人生模様を演出するかのようにスクリーンに映し出される。

群像劇かのように見えていた物語の断片が、次第にパズルのように組み合わさり、やがて登場人物全員が初めて一堂に会して迎えるエンディング、私たちはその思わぬ感動に胸を打たれるだろう。2019年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、大きな話題となった感動の人生劇場が幕を開ける。

ペイン・アンド・グローリー
Pain and Glory

ペドロ・アルモドバル監督作品/2019年/スペイン/113分/DCP/R15+/ビスタ

■監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
■製作 アグスティン・アルモドバル
■撮影 ホセ・ルイス・アルカイネ
■編集 テレサ・フォント
■音楽 アルベルト・イグレシアス

■出演 アントニオ・バンデラス/ペネロペ・クルス/アシエル・エチェアンディア/レオナルド・スバラーリャ/ノラ・ナバス/フリエタ・セラーノ

■2019年カンヌ国際映画祭男優賞受賞・パルムドールノミネート/アカデミー賞主演男優賞・国際長編映画賞ノミネート/全米批評家協会賞主演男優賞受賞/NY批評家協会賞男優賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

【2020年12月5日(土)~12月11日(金)まで上映】

©El Deseo.

それは、人生のはじまり

脊椎の痛みから生きがいを見出せなくなった世界的映画監督サルバドールは、心身ともに疲れ、引退同然の生活を余儀なくされていた。そんななか、昔の自分をよく回想するようになる。子供時代と母親、その頃移り住んだバレンシアの村での出来事、マドリッドでの恋と破局。その痛みは今も消えることなく残っていた。そんなとき32年前に撮った作品の上映依頼が届く。思わぬ再会が心を閉ざしていた彼を過去へと引き戻させる。そして記憶のたどり着いた先には…。

スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督待望の最新作! アルモドバル版『ニュー・シネマ・パラダイス』の誕生

監督は、母の愛を描いた感動作『オール・アバウト・マイ・マザー』(00)や、外国語映画とは異例のアカデミー賞脚本賞を受賞した『トーク・トゥ・ハー』(03)などで、世界中からリスペクトされているスペインの巨匠ペドロ・アルモドバル。そのアルモドバルが70歳という円熟期を迎え、自らの命を注ぎ込んだ、自伝的な作品を完成させた。

自身を投影させたサルバドールを演じるのが、アントニオ・バンデラス。1982年にアルモドバル監督の『セクシリア』でデビューして以来、共に歩んできた監督が「今回ほど一体感を覚えたことはない」と語るバンデラスの演技は、新境地を開いたと称えられ、カンヌ国際映画祭では男優賞を受賞した。そしてアルモドバルのミューズ、ペネロペ・クルスも母親役として出演。たくましく懸命に生きた女性を力強く演じた。

主人公が男性で映画監督である本作は、意図せずして、『欲望の法則』(87)、『バッド・エデュケーション』(04)に続く「3部作の第3章」にあたるという。「人生には常に痛みと欲望が伴う」と語るアルモドバル。過去の悲しみも輝きも抱きしめて、人生の最終章まで楽しむ術を見せてくれる感動の人間賛歌が誕生した。