人生の岐路に立つ友人を励ましたいとき、どんな言葉をかければいいだろう?
39年間連れ添った男性カップルのジョージとベンなら、そんな言葉はいらないだろうか。 『人生は小説よりも奇なり』で描かれる彼らの関係は(愛の強さをはかることはできないにしろ) そこらにいるカップルとは比べようもないほど、強く結ばれているように見える。
お互いの行動や考えを知り尽くした、ほんの少しの気づかいや仕草、 (あるいはその逆で、気をつかわずにいられるような)雰囲気で、すぐにわかる。 それは彼らが過ごしてきた39年の時間と信頼の厚みかもしれない。
しかし、二人は至福に包まれた結婚式の直後に、経済的な理由で家を売り払わなければなくなってしまった。 ジョージは同性愛結婚を理由に職場を解雇され、別々の家に居候することになった。 おだやかで優しい愛情に包まれていた二人の絶妙のバランスは一気に崩れて、孤独感にさいなまれていく。
創作活動が曲がり角に近づいたと感じる女性映画監督マルゲリータ。 『母よ、』の彼女が撮ろうとしている映画は今の段階では「大袈裟」らしい。 なかなか自分の目指す「自然さ」に到達することができない撮影現場に、彼女は苛立っている。
それだけではない。彼女の娘は遊びたい年頃で、自分の望むように勉強をしてくれないし、 病気である母は、余命わずかだと主治医に宣告されたばかりだ。 いま何を優先して行うべきか。自分にそれを十分に行う力があるのか。 彼女はこの様々な問題と向き合うことができずにいる。
映画で描かれる主人公たちが、年齢を重ねてしまっていることは、 現代を生きていくことを複雑にしたとしても、楽にはさせてくれない。 同性愛に対する差別はまだまだ根深く、仲間たちの輪を出ればあっという間に40年前に後戻り。 子育てや介護をしながらやり抜くには、映画製作はあまりにも多くの心労を強いる。
監督たち自身の体験を元に作られたというこの作品たちは、シンプルに出来事が積み上げられていく。 そしていつしか、わたしたち自身の痛みを通して、現実の手ざわりを思い起こさせる。 自分の人生の問題に対処しようとする我々の不安で、落ち着かないあの瞬間や、 大切な人がくれた自分を許して安堵できる唯一の居場所、やさしいぬくもり。
すべての問題を自分で一つ一つ対処していけなくてはならない。 これはマルゲリータが映画を通して探しているような「自然さ」を失ってしまった現代の大きな問題かもしれない。 現実は、そこにあって然るべき(だと思いたい)尊厳や、時の移ろいをもう手放しで与えてはくれない。
映画は、現実によく似たこれらの問題から、わたしたちの目を離させない。 なぜなら作家たちは、わたしたちがそもそも、目を離さないことをよく知っている(信じている)から。 この来たるべき人生の問題に対処していく姿、そこには大袈裟な身振りはもういらないのだ。 それが私たちの人生そのものだから。
人生は小説よりも奇なり
LOVE IS STRANGE
(2014年 アメリカ 95分 ビスタ)
2016年7月2日から7月8日まで上映
■監督・製作・脚本 アイラ・サックス
■製作 ルーカス・ホアキン/ラース・ヌードセン/ジェイ・ヴァン・ホイ/ジェイン・バロン・シャーマン
■脚本 マウリツィオ・ザカリアス
■撮影 クリストス・ヴードゥーリス
■編集 アフォンソ・ゴンサウヴェス/マイケル・テイラー
■音楽 スーザン・ジェイコブス
■出演 ジョン・リスゴー/アルフレッド・モリーナ/マリサ・トメイ/ダーレン・バロウズ/チャーリー・ターハン/シャイアン・ジャクソン/マニー・ペレス/クリスチャン・コールソン
■第64回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品/第30回サンダンス映画祭正式出品/2014年インディペンデント・スピリット賞作品賞・主演男優賞・助演男優賞・脚本賞ノミネート
ニューヨーク、マンハッタン。39年来連れ添ってきた画家のベンと音楽教師のジョージは念願かなって結婚した。周囲の祝福を受けて、二人の新たな生活は順調に始まるはずだった。しかし、同性同士の入籍が理由でジョージは仕事をクビになり、これまで絶妙なバランスで保たれていた生活はいとも簡単に崩れてしまう。保険、年金、不動産…現実問題が次々と押し寄せ、二人は長年暮らしたアパートを離れ、新婚早々に別居を余儀なくされる…。
2011年に同性婚が合法となったニューヨークで繰り広げられる上質な大人の悲喜劇。『あぁ、結婚生活』のアイラ・サックス監督が洗練された節度のある演出で、物語を丁寧に優しく紡いでゆく。
画家のベン役に『愛と追憶の日々』のジョン・リスゴー、音楽家のジョージ役に『スパイダーマン2』のアルフレッド・モリーナ、ベンの親戚の女流小説家には『いとこのビニー』でアカデミー賞助演女優賞に輝いたマリサ・トメイと、実力派の名優たちによる競演が大きな見どころの一つ。
本作のもう一つの主役と言えるのが、マンハッタンのクラシックなアパートメントや、ブルックリンの屋上から見る景色など、随所に登場するニューヨークの街並み。そして、ショパン、ベートーベン、ヘンリク・ヴィエニャフスキといったクラシックの名曲の数々が、主人公たちの人生を優しく抱きしめる。米批評家サイトRotten Tomatesで94%フレッシュ(絶賛)の高評価を獲得した、珠玉の人間讃歌が誕生した。
母よ、
MIA MADRE
(2015年 イタリア/フランス 107分 ビスタ)
2016年7月2日から7月8日まで上映
■監督・製作・脚本・出演 ナンニ・モレッティ
■製作 ドメニコ・プロカッチ
■脚本 フランチェスコ・ピッコロ/ヴァリア・サンテッラ
■撮影 アルナルド・カティナーリ
■美術 パオラ・ビザーリ
■衣装 ヴァレンティーナ・タヴィアーニ
■編集 クレリオ・ベネヴェント
■出演 マルゲリータ・ブイ/ジョン・タトゥーロ/ジュリア・ラッツァリーニ/ベアトリーチェ・マンチーニ
■2015年カンヌ国際映画祭エキュメニカル審査員賞受賞/ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞主演女優賞・助演女優賞受賞/カイエ・デュ・シネマ2015ベスト1/2015年ヨーロッパ映画賞監督賞・女優賞ノミネート/2015年セザール賞外国映画賞ノミネート
映画監督のマルゲリータは恋人とは別れたばかりで、新作映画の撮影は思うように進まない。離婚した夫との娘は反抗期の真っただ中。一番心配なのは、兄のジョヴァンニと共に世話している入院中の母アーダのことだった。アメリカから到着した主演俳優のバリーが撮影に加わるが、気性が激しく自己主張が強いという共通点を持つ監督と主役は、現場で何かと言い争うようになる。そんな折、母が余命わずかだと宣告され、何の助けにもなれないマルゲリータ。やがて心を落ち着け、選んだ道とは──。
監督は、自身の監督作品のほとんどで製作・脚本・出演も兼ねるナンニ・モレッティ。本作『母よ、』で、家族とは、人生とは何かという普遍的なテーマに真正面から挑み、表現者として次のステージに進んだことを証明した。重いテーマとイタリアが抱える深刻な社会情勢などを背景として盛り込みながらも、モレッティ特有の絶妙なユーモアで、登場人物それぞれを愛嬌たっぷりに描く。
マルゲリータに扮するのは、『はじまりは5つ星ホテルから』のマルゲリータ・ブイ。バリーには、『バートン・フィンク』でカンヌ国際映画祭男優賞を獲得した個性派俳優のジョン・タトゥーロ。母のアーダには、『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』のジュリア・ラッツァリアーニ。そして兄のジョヴァンニを、モレッティ自身が演じている。
作家性と娯楽性とを見事に両立し、笑いと涙が相互に観客をつかむ、モレッティ作品の魅力が満喫できる。本作は、カンヌではエキュメニカル審査員賞を獲得、仏映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」では2015年のベスト1に選ばれるなど、世界各国で絶賛を浴びた。