しかまる。
今週のプログラムは、「事実あるいはイメージ ~歴史の闇に光を描く芸術家たち~」と題し、『ブルータリスト』『ある画家の数奇な運命』『アンドレイ・ルブリョフ』の3作品を1本立て上映でお届けします。
『ブルータリスト』では、ハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トートがナチスから逃れてアメリカに渡るも、そこでもまた権力者による差別と支配に悩まされます。社会主義リアリズムが重視された敗戦後の東ドイツ。『ある画家の数奇な運命』では、若き画家クルトが創作もまた政治の道具とされていくことに疑問を持ち西ドイツへ亡命します。そして『アンドレイ・ルブリョフ』の舞台となる中世ロシアでは、権力争いによる戦争が多くの民衆の命を奪い、宗教画家ルブリョフは筆を折る決心をします。
重く立ち込める歴史の闇のなか、創作の自由が奪われ、個の芸術が沈黙を強いられる。この3作品を見て気づいたのは、芸術を通して「混沌とする社会の中で自分自身とどう折り合いをつけるか」をひたすら模索する芸術家の姿勢です。
『ブルータリスト』でラースローが「美しいものは後世に残る強さをもつ」と信じ、自身が負った痛みと記憶を建築に刻み込んだように。『ある画家の数奇な運命』のクルトは、叔母が遺した「真実はすべて美しい」という言葉を胸に、忘れがたい記憶を描くことで救いを得ようとします。そして『アンドレイ・ルブリョフ』では、ルブリョフが自らの罪と向き合うなか、創作の奇跡を前に画家として再起する様子が描かれます。三人の芸術家はそれぞれの方法で、時代に抗いながら自分の信じる「美」と「真実」を求め続けました。
国家体制の変化に翻弄されながらも、自己の探求をやめなかったアーティストたち。その人生の一部を描くだけでも三時間を超える大作となりました。これらの作品が絵を描くことが好きだったけれど、いつしか筆を置いていた私にとって、再び創作に向かう力を与えてくれる存在となりました。Never Look Away――創作の根源を見つめ続けたその先にある光が、きっと皆さんの心にも届くはずです。
【1本立て】ブルータリスト
The Brutalist
■監督・製作 ブラディ・コーベット
■脚本 ブラディ・コーベット/モナ・ファストヴォールド
■撮影 ロル・クローリー
■編集 ダーヴィド・ヤンチョ
■音楽 ダニエル・ブルンバーグ
■出演 エイドリアン・ブロディ/フェリシティ・ジョーンズ/ガイ・ピアース/ジョー・アルウィン/ラフィー・キャシディ/ステイシー・マーティン/イザック・ド・バンコレ/アレッサンドロ・ニヴォラ
■第97回アカデミー賞主演男優賞・撮影賞・作曲賞受賞/第81回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞/第82回ゴールデングローブ賞作品賞・監督賞・主演男優賞受賞
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【2025/7/26(土)~8/1(金)上映】
荒ぶる、たぎる
才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トートは、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト、姪ジョーフィアと強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソンと出会う。
ラースローの才能を認めたハリソンは、ラースローの家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だった——。
違国の地で建築への情熱をたぎらせ続けた男の30年 そびえ立つ荘厳たる魂に飲み込まれる215分の没入体験
弱冠36歳の気鋭ブラディ・コーベットが監督・脚本・製作を務めた壮大な人間ドラマ『ブルータリスト』は、第二次世界大戦下のホロコーストを生き延び、アメリカへと渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家の30年にわたる数奇な半生を描き出したフィクション巨編である。第81回ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され銀獅子賞を受賞、第97回米アカデミー賞では主要10部門ノミネート、3部門受賞に輝いた。
主人公のラースローを演じたエイドリアン・ブロディは本作で見事アカデミー賞主演男優賞受賞。自身の代表作である『戦場のピアニスト』に続く二度目のオスカー受賞の快挙となった。妻エルジェーベトを『博士と彼女のセオリー』のフェリシティ・ジョーンズ、ラースローの運命に大きな影響を与える大富豪ハリソンを『LAコンフィデンシャル』『メメント』のガイ・ピアースが演じる。
すべてを奪われた建築家が希望を抱いたアメリカンドリーム。見知らぬ土地と異なる文化のなかで苦境にさらされ、孤独にひしがれた一人の建築家の圧倒的なヒューマニティを肌で感じる215分。その半生と共に旅しながら、極上の没入体験を我々にもたらす唯一無二の人間ドラマが誕生した。
【1本立て】ある画家の数奇な運命
Never Look Away
■脚本・監督・製作 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
■撮影 キャレブ・デシャネル
■編集 パトリシア・ロンメル
■音楽 マックス・リヒター
■出演 トム・シリング/セバスチャン・コッホ/パウラ・ベーア/オリヴァー・マスッチ/ザスキア・ローゼンダー
■第75回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門出品/第91回アカデミー賞撮影賞・外国語映画賞ノミネート/第76回ゴールデングローブ賞最優秀外国語映画賞ノミネート
©2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG
【2025/7/26(土)~8/1(金)上映】
目をそらさない その信念が、真実を描き出す
ナチ政権下のドイツ。少年クルトは叔母の影響から、芸術に親しむ日々を送っていた。ところが、精神のバランスを崩した叔母は強制入院の果て、安楽死政策によって命を奪われる。終戦後、クルトは東ドイツの美術学校に進学し、そこで出会ったエリーと恋におちる。元ナチ高官の彼女の父親こそが叔母を死へと追い込んだ張本人なのだが、誰もその残酷な運命に気づかぬまま二人は結婚する。
やがて、東のアート界に疑問を抱いたクルトは、ベルリンの壁が築かれる直前に、エリーと西ドイツへと逃亡し、創作に没頭する。美術学校の教授から作品を全否定され、もがき苦しみながらも、魂に刻む叔母の言葉「真実はすべて美しい」を信じ続けるクルトだったが——。
現代美術界の巨匠をモデルに、苦悩と悲しみを希望と喜びに変えた半生を描く感動作
長編映画監督デビュー作『善き人のためのソナタ』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の、祖国ドイツの歴史の闇と、芸術の光に迫る本作。第75回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で高評価を獲得し、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。
主人公・クルトのモデルは、「ビルケナウ」シリーズ等、ドイツを代表する現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒター。監督が映画化を申し込んだところ、1か月にわたっての取材が許された。ただし、映画化の条件は、人物の名前は変えて、何が事実か事実でないかは、互いに絶対に明かさないこと。そんなミステリアスな契約のもと、観る者のイマジネーションをさらに膨らませる作品が誕生した。
クルトの苦悩と葛藤は、信じるものに向き合い、命をもかけることで、希望と喜びへと昇華していく。今日の悲しみを、未来の幸福へと変える術があることを、美しい絵画と共に見せてくれる感動の物語。
【1本立て】アンドレイ・ルブリョフ
Andrey Rublyov
■監督・脚本 アンドレイ・タルコフスキー
■脚本 アンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー
■撮影 ワジーム・ユーソフ
■音楽 ヴャチェスラフ・オフチンニコフ
■出演 アナトーリー・ソロニーツィン/イワン・ラピコフ/ニコライ・グリニコ/ニコライ・セルゲエフ/ニコライ・ブルリャーエフ
■1969年カンヌ国際映画祭国際批評家賞受賞
【2025/7/26(土)~8/1(金)上映】
天才画家アンドレイ・ルブリョフの波乱に満ちた人生
1400年、降りしきる雨の田舎道を急ぐアンドレイ、キリール、ダニールの3人の僧侶は、モスクワのアンドロニコフ修道院で信仰と絵画の修行を積んだ仲だ。彼らは道中、旅芸人が権力を風刺して捕えられるのを目撃して圧制下の民衆の生活を思い知らされる。
1405年、アンドレイは旅すがら出会ったビザンチンの名匠フェオファーノフにより、モスクワでイコン(聖像画)を描く仕事に抜てきされる。アンドレイはモスクワで新しい生活を始めるが、貴族の血なまぐさい内紛、タタールの来襲、異教徒の猥雑な騒ぎなど、ロシアの混沌を目の当たりにして、苦悩を深めていく。
「幻の巨匠」の苦悩と模索を二部構成で描く壮大な映画叙事詩
ロシア最高のイコン(聖像画)画家と呼ばれながら、その生涯についてほとんど記録が残っていない、美術史上に不世出の天才画家アンドレイ・ルブリョフ。映画はこの偉大な芸術家を主人公にすえ、15世紀ロシアの社会と人々の広範なパノラマを展開し、時代のさまざまな状況との関わりのなかで苦悩する芸術家の内面を浮き彫りにしていく。激動の時代に名作「三位一体」がいかにして生まれたのか?
アンドレイ・タルコフスキーとアンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキーは大胆自由にシナリオを構成、プロローグとエピローグを含む10のエピソードを重層的に積みあげて、時代と人間、社会と民衆といった巨視的なテーマで歴史の真実に迫ろうとする。なお、本作は歴史の解釈をめぐってソ連当局から激しい批判を浴び、公開が5年間棚上げされた。