侯孝賢(ホウ・シャオシェン)は、 日本や中国国民党の傀儡政府の影響を受けながら発展してきた台湾映画を、 楊コ昌(エドワード・ヤン 『ヤンヤン 夏の思い出』)ら若手の映画作家たちとともに、 台湾社会をより深く掘り下げたテーマを描き、革新的な新潮流を生み出した。
台湾の撮影所で脚本家・助監督としてキャリアを積みながら『ステキな彼女』で監督デビュー。 初期には歌手などを主役としたアイドル映画として『風に踊る』『川の流れに草は青々』などを作った。 そして、アメリカで映画理論を学んできた楊コ昌との交流から得た知識を導入しながら、現実的・写実的な表現を結実させ、台湾ニューウェーブの代表的な作品として知られることになった『風櫃(フンクイ)の少年』を完成した。
自伝的な要素と偶然性を組み込んだ演出で、 台湾の生活を見事に映し出し、監督自ら「自分の映画の中で、何度見ても自信を持って観ることができる作品」と語っている その作品は、ナント三大陸映画祭で中国語圏初のグランプリを受賞した。 (主演俳優のニウ・チェンザーは、後に映画監督としても活動している。→『モンガに散る』)
世界中に大きな影響を与えることになった侯孝賢のスタイルは、より洗練され、 次作『冬冬の夏休み』でも続けて同映画祭でグランプリを受賞することになる。 その後続けざまに『童年往事』(ベルリン映画祭 国際批評家賞) 『恋恋風塵』(蓮實重彦氏に「世の東西を問わず、世界で最も美しい題名である」と言わしめた)と、 自伝的<青春四部作>を完成し、そのスタイルは『悲情城市』で一つの絶頂を迎える。
90年代から2000年代には多くの作品のプロデュースをしながら台湾映画の発展に尽力しつつ、 『戯夢人生』『好男好女』『憂鬱な楽園』『フラワーズ・オブ・シャンハイ』『ミレニアム・マンボ』などが、 すべてカンヌ国際映画祭のメインコンペにノミネートしながら、惜しくも受賞を逃すなか、母国以外での映画製作にも乗り出す。 『珈琲時光』(日本)や『レッド・バルーン』(フランス)はキャストも含め資本も海外資本で製作するなど、 国際的な評価を高めながら台湾、のみならずアジア、世界の映画監督としてその活躍の舞台を広げた。
台湾の歴史と生活を描きながら、この三十年間のアジア映画の発展の一翼を担い、 名実ともに巨匠として押しも押されもせぬ存在になった侯孝賢は、 8年ぶりの監督作『黒衣の刺客』で2015年カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞し、 見事その健在ぶりを見せつけた。
ここで、侯孝賢の映画で大きな役割を担う人々について、少し紹介させて頂きたい。 中期以降、代表的なパートナーとなる撮影監督、李屏賓(リー・ピンビン)とまだ出会う前、 助監督・脚本家時代の彼と共に映画を作り始めた陳坤厚(チェン・クンホウ)という人物がいる。
自らも台湾ニューウェーブの先駆けとなる『少年』(侯孝賢が共同脚本 この『少年』と、2本のオムニバス映画『光陰的故事』『坊やの人形』など、 ほぼ同時期に新しいスタイルを持った台湾映画が登場したことで、彼らの作品群は台湾ニューウェーブと呼ばれるようになった) を監督しながら、初期の侯孝賢のほとんどの作品でキャメラマンを務めている。
その画面は李屏賓ほど動的ではないが、静かで美しい固定のショットを基調としている。 カメラワークを見ていると、役者ではない素人の被写体が多いなか、街中でのロケーションを自在にこなすなど、 監督との合目的が果たされた柔軟で的確な視点が見事だ。
さらに、ほとんど全ての侯孝賢作品で名前を目にする朱天文(チュー・ティエンウェン)。 彼女は、16歳で小説家としてデビューし『少年』の原作・脚本を務めてから、 『風櫃の少年』以降のほとんどすべての侯孝賢の作品の脚本を担当している。 (『童年往時』では見事台湾のアカデミー賞にあたる金馬賞で最優秀脚本賞を受賞した。)その時代に対する敏感な視点、現代的でユーモア溢れる発想の素晴らしさ、 単独でのクレジットはないものの、『百年恋歌』のスクリプトの美しさは、 特筆されるべきではないだろうか。
今回上映する『風櫃の少年』『冬冬の夏休み』は監督のキャリアの中でも、その演出方法が確立され始めた頃の代表作である。 この二作品ではその監督自身の姿を目の当たりにできる。 『冬冬の夏休み』では最初と最後のシークエンスに登場する主人公のお父さん役の楊コ昌。 『風櫃の少年』では、主人公の友人・阿栄の義兄役(麻雀をしているシーン)の侯孝賢。 お互いの作品の脚本や、出演を兼ねながら作品作りをしていた二人の交流の断片、 台湾ニューウェーブの金字塔とも言える、そこに集った仲間たちの結晶を是非ご覧ください!
風櫃の少年
風櫃來的人
(1983年 台湾 101分 ビスタ)
2016年8月27日から9月2日まで上映
■監督 ホウ・シャオシェン
■原作・脚本 ジュー・ティエンウェン
■撮影 チェン・クンホウ
■音楽 リー・ゾンション
■出演 ニュウ・チャンザイ/チャン・シー/チャオ・バンジュ/ツォ・チョンファ/ヤン・チャンクオ
■第6回ナント三大陸映画祭グランプリ/1985年アジア太平洋映画祭最優秀監督賞
澎湖(ポンフー)島の風櫃(フンクイ)に住むアーチン、アーロン、グォズの青年たちは悪戯や喧嘩をして日々を過ごしていた。アーチンの父親は野球の試合中、球を頭にぶつけて以来、廃人同然となっている。ある日、対立するグループとの争いが警察沙汰となり、家に戻れなくなったアーチンらは高雄(カオシュン)に行くことを決める。彼らはアーロンの姉を訪ね、彼女の紹介で仕事と住まいを得ることができたが…。
台湾海峡上にある澎湖島の漁村・風櫃に育った3人の若者たちを主人公とする青春映画の傑作。現在は気鋭の監督としても活躍するニュウ・チャンザイが主演している。
ホウ・シャオシェン監督は、「自分の映画の中で、何度見ても自信を持って観ることができる作品」と語っている。フランスのナント三大陸映画祭で最優秀作品賞を受賞し、ホウ・シャオシェンの名が海外で広まるきっかけとなった記念碑的作品。
冬冬の夏休み
冬冬的假期
(1984年 台湾 98分 ビスタ)
2016年8月27日から9月2日まで上映
■監督・脚本 ホウ・シャオシェン
■原作・脚本 ジュー・ティエンウェン
■撮影 チェン・クンホウ
■音楽 エドワード・ヤン
■出演 ワン・チークァン/リー・シュジェン/グー・ジュン/メイ・ファン/ヤン・ドゥチャン/チャン・ボージョン/ヤン・リーイン/エドワード・ヤン
1984年夏、母親が病院に入院し、父親がその看病に付かなくてはいけなくなったトントンは妹のティンティンを連れて、夏休みの期間中、祖父母の家に預けられることになった。目的地の銅鑼駅に降りたった二人を待っていたのは、村の少年たち。早速、仲良くなった友達が、これからの楽しい夏を予感させる。そんな田舎でのひと夏の経験はトントンとティンティンの心に忘れられない宝物を残してゆく――。
ホウ・シャオシェン監督の長編映画第5作。『風櫃の少年』『童年往事 時の流れ』『恋恋風塵』と共に「青春4部作」の中核をなす作品である。ナント三大陸映画祭で最優秀作品賞を受賞後、アジア太平洋映画祭では最優秀監督賞を受賞し、ホウ・シャオシェンがアジアばかりか、世界の次世代を担う監督として評価された記念すべき作品でもある。
ホウ・シャオシェンとともに脚色・脚本にあたったジュー・ティエンウェンは、『風櫃の少年』以降、ホウ作品の脚本を書き続ける女流小説家。本作では、主人公の兄妹や、祖父の住む銅鍋の実家の設定は彼女の思い出をベースに描かれ、村の少年たちの設定にはホウ・シャオシェンの思い出がにじみこむ。音楽(選曲)は父親役でも出演しているエドワード・ヤンが担当している。