ミ・ナミ
昨年2023年は、レスリー・チャンが亡くなってから没後20年の年でした。月日がたってもなお変容とバックラッシュを繰り返している世界にあって、レスリーは色褪せないどころか、その不在に対する悔しさや悲しみが日ごと増すような思いがします。世界から存在すら認められなかった多くの“誰か”に、レスリー・チャンの放つ儚きまばゆさが寄り添ってくれていたと理解するには、あの頃の社会は未熟過ぎたように思うのです。
挙げれば尽きないレスリー・チャンの魅力ですが、そのひとつは相反する姿を調和して見せてくれる姿ではないかと思います。たとえば組織を負う男性たちの確執と分かちがたい絆を描く『男たちの挽歌』(ジョン・ウー監督)では、兄に対する憎悪と愛情のはざまに立つ刑事を演じていたレスリーは、男社会の映画である本作にあって“あわい”としての存在感を見せていました。今週早稲田松竹で上映する二本は、そんな魅力が特に強く映し出されています。
ウォン・カーウァイ監督『ブエノスアイレス』でレスリーが演じたウォンは、トニー・レオン扮する恋人フェイを振り回す男性。性格も恋愛の方法もすべて奔放で、フェイを怒らせては“やり直そう”の一言で元に戻ろうとする勝手気ままなプレイボーイではあるのですが、レスリーが演じることによってどこか人間的な脆さが醸し出され、憎めないキャラクターとして成立しています。
チェン・カイコー監督『さらば、わが愛/覇王別姫』は、中国の伝統芸能である京劇の栄枯盛衰とともに、レスリー扮する女形で虞姫(「覇王別姫」に登場するヒロイン)を演じる蝶衣(ティエイー)の生涯をみつめます。役者としても運命の人としても心に決めた相手・小樓(シャオロウ)を絶望的に愛しながら落ちぶれていく姿は、不寛容に傾きつつある現代にこそ忘れ難いものがあります。その後隆盛を極めた京劇役者たちも、1966年に起きた文化大革命で伝統文化が弾圧されるとみじめに侮辱されてしまいます。時代の奔流が蝶衣の愛を押し流してしまったと言えばこの映画は悲劇かもしれません。しかし一方で、彼が国家にもイデオロギーにも屈することなく、自身の生涯を象徴する虞姫という役を守り抜いた矜持を思えば、蝶衣は強さをも内包した人間だったのではとも感じます。
スタンリー・クワン監督『ランユー』は、中国で熱狂的支持を受けたネットの匿名連載小説「北京故事」を素材にされた作品です。二人の肌の熱がスクリーン越しに伝わるほどストレートな性描写にどうしても視線が行くかもしれませんが、こうした赤裸々な表現を抑圧するものとしてはっきりと天安門事件を対置しているあたりに、個人の生き方を押しつぶす国家の在りようを強く批判するスタンリー・クワン監督の眼差しに姿勢を正される思いがします。スタンリー・クワンはセクシャルマイノリティであることを自ら公言し、監督作である『ルージュ』(1987)では、レスリーとタッグを組んでいます。娼婦と報われない恋に落ちる青年に扮していましたが、もしも今レスリー・チャンが存命で、スタンリー・クワン監督と再び組んだなら…と夢想するたび、心に穴が開いたような寂しさをおぼえてしまいます。
レスリー・チャンのアイコニックな作品にして、きっと彼無しでは撮られなかったであろう(ゆえに今後二度と生まれない作品)映画史のマイルストーン『ブエノスアイレス』と、『さらば、わが愛/覇王別姫』。そして彼のエッセンシャルに触れる補助線ともなる作品、『ランユー』。何度でもスクリーンに蘇り、いつまでも記憶されるべきこの輝きに、ぜひ観客の皆さんにも触れていただきたいと思います。
(参考ウェブサイト)レスリー・チャンが遺したクイア・レガシー
https://www.gqjapan.jp/culture/article/20220615-leslie-cheung-queer-legacy
さらば、わが愛/覇王別姫 4K
Farewell My Concubine
■監督 チェン・カイコー
■原作・脚色 リー・ピクワー
■製作 トン・チュンニェン/シュー・フォン
■撮影 クー・チャンウェイ
■編集 ペイ・シャオナン
■音楽 チャオ・チーピン
■出演 レスリー・チャン/ チャン・フォンイー/コン・リー/ルォ・ツァイ/クー・ヤウ/ホァン・ペイ/トン・ディー/イン・ダー/チー・イートン
■1993年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/ロサンゼルス映画批評家協会賞/外国語映画賞受賞/ニューヨーク映画批評家協会賞外国語映画賞・助演女優賞受賞/ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞
■物販情報
・パンフレット(1200円)※完売いたしました
⇒【2/9 再入荷しました】
※今回に限り、上映終了後の2/12(月・祝)まで販売いたします(受付のみでの販売・在庫なくなり次第販売終了)
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
【2024/2/3(土)~2/9(金)上映】
夢のような永遠の一瞬をあなたと歩んだ――
京劇の俳優養成所で兄弟のように互いを支え合い、厳しい稽古に耐えてきた2人の少年――成長した彼らは、程蝶衣(チョン・ティエイー)と段小樓(トァン・シャオロウ)として人気の演目「覇王別姫」を演じるスターに。女形の蝶衣は覇王を演じる小樓に秘かに思いを寄せていたが、小樓は娼婦の菊仙(チューシェン)と結婚してしまう。やがて彼らは激動の時代にのまれ、苛酷な運命に翻弄されていく…。
壮大なスケールと映像美で運命に翻弄される人間の愛憎を描く一大叙事詩
京劇の古典「覇王別姫」を演じる2人の役者の愛憎を、国民党政権下の1925年から文化大革命時代を経て、50年に渡る中国の動乱の歴史と共に描く一大叙事詩。中国第五世代の旗手チェン・カイコー監督の代表作で、1993年カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。チェン・カイコーは2008年に「覇王別姫」の作者として知られる京劇の名女形・梅蘭芳の生涯を描いた『花の生涯~梅蘭芳~』も制作している。
当時香港のトップスターであったレスリー・チャンが京劇役者役を熱演。レスリーは歌手としてデビュー後、『男たちの挽歌』『欲望の翼』など俳優としても活躍し、本作では京劇の舞いと北京語の猛練習を積んで難しい役どころを見事に演じきった。また、『紅いコーリャン』『秋菊の物語』などで中国を代表する女優・コン・リーが、恋敵となる高級娼婦役で出演。当時考え得る最高のキャスト・スタッフが集結した。
ブエノスアイレス 4K
Happy Together
■監督・脚本・製作 ウォン・カーウァイ
■撮影 クリストファー・ドイル
■美術・編集 ウィリアム・チャン
■音楽 ダニー・チョン
■出演 トニー・レオン/レスリー・チャン/チャン・チェン
■1997年カンヌ国際映画祭最優秀監督賞受賞
© 1997 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC. ALL RIGHTS RESERVED
【2024/2/3(土)~2/9(金)上映】
どこまでいく? 地の果てまで
香港から南米アルゼンチンへやって来たウィンとファイ。自由奔放なウィンと、そんなウィンに振り回されっぱなしのファイは何度も別れてはヨリを戻している。これも"やり直す"ための旅だったが、些細なことからまた痴話喧嘩をして別れ別れに。しばらくしてふたりは再会を果たし、怪我をしたウィンをファイが看病しながら一緒に暮らすようになるが…。
傷つけ合いながらも惹かれ合う、恋人同士の切ない愛
『天使の涙』『恋する惑星』で全世界に旋風を巻き起こしたウォン・カーウァイが次に選んだのは、南米アルゼンチンを舞台に描く、新しい“愛の物語”だった。50周年を迎えたカンヌ国際映画祭で上映された『ブエノスアイレス』は圧倒的な支持を集め、見事監督賞を受賞した。
惹かれ合いながらも、傷つける事しかできない男と男の刹那的な愛をトニー・レオンとレスリー・チャンが熱演。なみいる香港の俳優のなかで、着実に国際的なスターとしてキャリアを積んできた二人が、文字通り地球の裏側で見せる化学反応、その一瞬の輝きを、カーウァイは余すところなくフィルムに定着させた。
【レイトショー】ランユー 4Kリマスター版
【Late Show】Lan Yu
■監督 スタンリー・クワン
■脚本 ジミー・ガイ
■製作総指揮 ジィエン・チン
■製作 チャン・ヨンニン/クワン・シュワイ
■撮影 ヤン・タオ
■美術・編集 ウィリアム・チャン
■録音 ワン・シュエイー
■音楽 チャン・ヤートン
■出演 フー・ジュン/リィウ・イエ/スー・ジン/リー・ホァディアオ/ルー・ファン/チャン・ヨンニン
■第54回カンヌ映画祭 『ある視点部門』ノミネート/第38回台湾金馬奬最優秀監督賞・最優秀主演男優賞・脚本賞・編集賞・観客賞受賞/第7回香港金紫荊奨最優秀主演男優賞受賞/第21回香港電影金像奨10部門ノミネート
© 2001 OMICO INTERNATIONAL MANAGEMENT CO. LTD.
【2024/2/3(土)~2/9(金)上映】
激動の時代の北京を舞台に地方から出てきた苦学生と青年実業家との“禁断の愛”の軌跡を紡ぐ…
1988年、民主化の波が押し寄せていた頃の北京。政府幹部とのコネで順調に貿易会社を経営するバイセクシャルのプレイボーイ、ハントン。彼はある日、地方から出てきたばかりの苦学生ランユーを買いベッドを共にする。ハントンにとっては一夜限りの遊びだったが、ランユーは女性経験すら無くハントンとの関係が初めてだった。数か月後、夜の街で2人は偶然に再会する…。
せつないほどに美しい――香港の名匠スタンリー・クワンの繊細な演出が光る秀作
中国で匿名で連載され熱狂的支持を受けたネット小説「北京故事」を、『ルージュ』『ロアン・リンユィ 阮玲玉』の名匠スタンリー・クワン監督が繊細に映画化。中国の激動の民主化のうねりの中、自由で新しい愛の形を表現した本作は、中国では上映禁止になるが香港、台湾では上映されアジアの賞レースを席巻した。特に台湾ではインディーズ系の作品で有りながら公開前から注目を集め、映画祭では数多くの賞を受賞。それまで全く市民権のなかったセクシュアル・マイノリティーの存在が急速に認知されるという社会現象も巻き起こした。監督自身もゲイを公言しており、実に丁寧でリアルな演出が冴えわたった本作は高い評価を受け、香港ニューウェーブ第二世代を代表する監督の一人となった。