【2023/2/25(土)~3/3(金)】特別モーニングショー『映画はアリスから始まった』// 『秘密の森の、その向こう』『スペンサー ダイアナの決意』

ミ・ナミ

開かれている映画というのは、パワフルな言説を使わずとも多くの観衆の心に寄り添うものです。今週の早稲田松竹で上映される3本の作品、『秘密の森の、その向こう』『スペンサー ダイアナの決意』、特別モーニングショー『映画はアリスから始まった』は、まさにそうしたアプローチでつくられた映画です。

大切な人を失くしたばかりの少女が、森の中で出逢った秘密の存在との交感を描く『秘密の森の、その向こう』と、今も大衆に“悲劇の王妃”として認知されているダイアナ元皇太子妃のある3日間を捉えた『スペンサー ダイアナの決意』。前者は現代女性映画人の中で最も先駆的な位置にいるセリーヌ・シアマ監督、後者はジャクリーン・ケネディの悲劇の一日を異質なタッチで追った『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』のパブロ・ラライン監督と、監督の性別も違う上に作品の世界観も微妙に重ならないものになっています。ただ2作品に共通して目の当たりにするのは、子供と女性は未だ社会の周縁で生きているという憂鬱な事実です。ドキュメンタリー『映画はアリスから始まった』でも、才能あふれる映画監督アリス・ギイの名が映画史に残らず長い間オミットされていたことを考えると、世界の歴史を作り上げてコントロールし続ける場には、時代と場所を問わず声の大きい誰かしかいないのだと絶望的な思いがします。

しかし私を勇気づけたのは、一度も自分の才能を疑わないアリスの姿や、時を超えて結び合う少女、不穏な感情も丸ごと抱えて進もうとするダイアナのむき出しの姿でした。そしてこれらの作品からは、撮り上げた映画人たちの登場人物に対する共鳴が垣間見えます。不寛容なこの現代では、連帯という言葉はやや使い尽くされたかもしれません。しかし、「あなたと私は違う存在だけれども、共にありたい」という意志だけが、疎外された誰かを救うのではないでしょうか。

【特別モーニングショー】映画はアリスから始まった
【Morning show】Be Natural: The Untold Story of Alice Guy-Blaché

パメラ・B・グリーン監督作品/2018年/アメリカ/103分/DCP/ビスタ

■監督・脚本・編集・製作 パメラ・B・グリーン
■製作総指揮・ナレーション ジョディ・フォスター
■製作 ロバート・レッドフォード他
■原作 アリソン・マクマハン
■音楽 ピーター・G・アダムス

■出演 アリス・ギィ=ブラシェ/シモーヌ・ブラシェ/ベン・キングズレー/マーティン・スコセッシ/アニエス・ヴァルダ

■2018年カンヌ国際映画祭正式出品/2020年バンクーバー国際女性映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞

© 2018 Be Natural LLC All Rights Reserved

【2023/2/25(土)~3/3(金)上映】

リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明した“映画誕生の年”、1895年。その時すでに、アリス・ギイは映画の“物語る力”に可能性を見出していた――!

クローズアップ、特殊効果、カラー、音の同期…現在の標準的な映画製作技法を次々と生み出し、世界初の劇映画『キャベツ畑の妖精』や、超大作『キリストの誕生』など1,000本以上を監督した映画監督・製作・脚本家として、世界映画史に大きな足跡を残したアリス・ギイ。リュミエール兄弟やジョルジュ・メリエスと並ぶ映画のパイオニアであり、ハリウッドの映画製作システムの原型を作り上げた世界初の映画監督となった女性は、なぜ映画史から忘れ去られていたのか?

ベン・キングズレーや、アニエス・ヴァルダ、マーティン・スコセッシら映画界の早々たる面々や、アリス自身と彼女の親族らへの膨大なインタビューと緻密なリサーチ、アリス作品のフッテージの数々によってアリス・ギイの功績とその生涯をめぐる謎が今、明らかになる。


アリス・ギイ【フルネームは Alice Guy-Blaché アリス・ギイ=ブラシェ】(1873年~1968年)

映画草創期のフランスの映画監督・脚本家・映画プロデューサー。『キャベツ畑の妖精』(1896年)に始まり1000作以上を手掛けた。1907年渡米。1910年映画製作会社<ソラックス社>を発足させ、経営は夫に任せ映画製作・監督に専念。ハリウッドの映画製作システムの原型を築く。1922年、フランスに帰国。1955年、レジョン・ド・ヌール叙勲。1968年94歳で永眠。

スペンサー ダイアナの決意
Spencer

パブロ・ラライン監督作品/2021年/イギリス・ドイツ/117分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 パブロ・ラライン 
■脚本 スティーヴン・ナイト
■撮影 クレア・マトン
■編集 セバスティアン・セプルベダ
■作曲 ジョニー・グリーンウッド

■出演  クリステン・スチュワート/ ジャック・ファーシング/ティモシー・スポール/サリー・ホーキンス/ショーン・ハリス

■2022年アカデミー賞主演女優賞ノミネート/ゴールデン・グローブ賞最優秀主演女優賞ノミネート/放送批評家協会賞主演女優賞・音楽賞ノミネート

© 2021 KOMPLIZEN SPENCER GmbH & SPENCER PRODUCTIONS LIMITED

【2023/2/25(土)~3/3(金)上映】

私の道は、私が決める

1991年、クリスマス。英国ロイヤルファミリーの人々は、いつものようにエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まったが、例年とは全く違う空気が流れていた。ダイアナ妃とチャールズ皇太子の仲が冷え切り、不倫や離婚の噂が飛び交う中、世界中がプリンセスの動向に注目していたのだ。ダイアナにとって、二人の息子たちと過ごすひと時だけが、本来の自分らしくいられる時間だった。息がつまるような王室のしきたりと、スキャンダルを避けるための厳しい監視体制の中、身も心も追い詰められてゆくダイアナは、幸せな子供時代を過ごした故郷でもあるこの地で、人生を劇的に変える一大決心をする。

未来の王妃の座を捨て、女性として、母として、一人の人間として生きる道を選んだダイアナ、決意の3日間――

「史上最も愛されたプリンセス」と、没後25年を経過した今も讃えられるダイアナ元皇太子妃は、英国名門貴族スペンサー家の令嬢として1961年に誕生した。20歳の時にチャールズ皇太子と結婚式を挙げ、17億人がTVに釘付けになったといわれるバルコニーでのロイヤルキスで、たちまち世界中に〈ダイアナ・フィーバー〉を巻き起こし、二人の王子にも恵まれる。だが、やがてチャールズが結婚前から恋愛関係にあったカミラとの仲を復活。夫の裏切りに傷ついたダイアナは、執拗なパパラッチや慣れない王室の作法から来るストレスにも苦しめられ、摂食障害を患ってしまう。本作は、この最も悩んでいた頃の彼女を描いている。

ダイアナを演じるのは、クリステン・スチュワート。『トワイライト』シリーズで絶大なる人気を得た後、『アクトレス ~女たちの舞台~』で数々の賞を受賞するなど着実に演技の幅を広げ、その存在感に深みを増した。本作では実在のダイアナのアクセントや眼差し、立ち居振る舞いを完璧にマスターするのはもちろん、彼女の孤独を内面から演じきり、初のアカデミー賞ノミネートの栄誉に輝いた。『シェイプ・オブ・ウォーター』で同賞にノミネートされたサリー・ホーキンスら実力派俳優たちとの共演にも圧倒される。監督は、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』でも、ナタリー・ポートマンをオスカーノミネートに導くなど、稀有なる演出力を誇るパブロ・ラライン。

秘密の森の、その向こう
Petite maman

セリーヌ・シアマ監督作品/2021年/フランス/73分/DCP/ビスタ

■監督・脚本  セリーヌ・シアマ
■撮影 クレア・マトン
■編集 ジュリアン・ラシュレー
■音楽 ジャン=バスティスト・ドゥ・ロビエ

■出演  ジョゼフィーヌ・サンス/ ガブリエル・サンス/ニナ・ミュリス/ステファン・ヴァルペンヌ/マルゴ・アバスカル

■2021年 ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品/サンセバスチャン国際映画祭観客賞受賞/ストックホルム国際映画祭国際批評家連盟賞受賞

© 2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

【2023/2/25(土)~3/3(金)上映】

それは、8歳のママだった――。

8歳のネリーは両親と共に、森の中にぽつんと佇む祖母の家を訪れる。大好きなおばあちゃんが亡くなったので、母が少女時代を過ごしたこの家を、片付けることになったのだ。だが、何を見ても思い出に胸をしめつけられる母は、何も言わずに一人でどこかへ出て行ってしまう。残されたネリーは、かつて母が遊んだ森を探索するうちに、自分と同じ年の少女と出会う。母の名前「マリオン」を名乗る彼女の家に招かれると、そこは“おばあちゃんの家”だった――。

〈不滅の名作〉と絶賛された『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督最新作! 娘、母、祖母 三世代をつなぐ癒しの物語。

すべてのカットに美が宿る完璧な映像と忘れ得ぬ愛の物語を、世界中の人々が「生涯の一本」としてその胸に刻み付けた『燃ゆる女の肖像』。その名作を生み出したセリーヌ・シアマ監督が、真骨頂である女の深淵を描きながら、全く新しい扉を開く最新作を完成させた。それは、8歳の少女を主人公にした<喪失>と<癒し>の物語。ベルリン国際映画祭での上映を皮切りに各国の映画祭で惜しみない絶賛評を受け続けている。

ネリーとマリオンには、これが映画初出演となるジョゼフィーヌ&ガブリエルのサンス姉妹。ふたりの無邪気な笑顔と茶目っ気たっぷりの掛け合いがたまらなくピュアで愛らしい。ネリーの母親である大人のマリオンを演じるのは、『カミーユ』(19)でセザール賞有望若手女優賞にノミネートされたニナ・ミュリス。ネリーの祖母には、『サガン -悲しみよこんにちは-』(08)のマルゴ・アバスカル。
森の小道を抜けて二つの家を行き来する少女たちの小さな世界が、シアマ監督が仕掛けたいくつもの”映画的奇蹟”によって壮大な物語へと変わる瞬間を体験することで、観る者も救われる唯一無二の傑作だ。