オリヴィエ・アサイヤスとアルノー・デプレシャン。
名前を並べただけでも嬉しくなってしまうような、現代フランス映画界を代表する作家たちだ。
アンドレ・テシネ監督の『ランデヴー』('85)で共同脚本をつとめ、映画界のキャリアをスタートしたオリヴィエ・アサイヤス。70年代の若者の危うさを描いた『冷たい水』('94)で注目を集め、その後も、のちにパートナーとなるマギー・チャンを起用した『イルマ・ヴェップ』('96)、東京を舞台にした『DEMONLOVER デーモンラヴァー』('02)、さらに『クリーン』('04)では、マギー・チャンにカンヌ国際映画祭女優賞をもたらした。その後もコンスタントに作品を発表し続け、ドキュメンタリーも合わせると、今回上映する『アクトレス 〜女たちの舞台』は実に17本目の長篇作品となる。
いっぽう、アルノー・デプレシャンは、自殺を図った青年と家族を追った衝撃作『二十歳の死』('91)でデビュー。初長編『魂を救え!』('92)はセザール賞にノミネートされ、マチュー・アマルリックを主演に迎えた『そして僕は恋をする』('96)は彼の代表作となる。『エスター・カーン めざめの時』('00)、『キングス&クイーン』('04)、『クリスマス・ストーリー』('08)と、発表する作品はいずれも話題となり、前作の『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』('13)はベニシオ・デル・トロを起用しアメリカで撮影。『あの頃エッフェル塔の下で』は7年ぶりのフランスが舞台の作品だ。
共に30歳ごろから映画作家として華々しく活躍し、フランスの若き巨匠の名を分け合ってきた2人。そんな彼らが新作で取り組んだのは、偶然にも同じ、“時間”や“経験”についての物語である。そして両作品は、自らの過去の作品とも強く呼応している。
キャリアも円熟期に入った彼らが、自らの足跡を振り返ったり、若さについて描いたりすることは、自然なことだろう。過ぎてしまった過去を思い出すこと、焦がれること、または忘れたり、忘れようとすること。それは人が年齢を重ねていく上で誰もが感じ得ることなのではないだろうか。だからこそ2本の映画は、これまでは一筋縄ではいかない難解とも言える作品を生み出してきた彼らのフィルモグラフィーの中でも、とりわけ共感と感動を呼んでいるように思う。
アサイヤスとデプレシャンの新作が同じタイミングで観られるとは、なんと贅沢なことだろう。今週は映画が与えてくれる幸福な“時間”を、たっぷり味わえる二本立てです。わたしたちの 「失われた時を求めて」。
アクトレス 〜女たちの舞台〜
Sils Maria
(2014年 フランス/スイス/ドイツ 124分 シネスコ)
2016年5月21日から5月27日まで上映
■監督・脚本 オリヴィエ・アサイヤス
■製作 シャルル・ジリベール
■撮影 ヨリック・ル・ソー
■編集 マリオン・モニエ
■美術 フランソワ=ルノー・ラバルテ
■衣装 ユルゲン・ドーリング
■出演 ジュリエット・ビノシュ/クリステン・スチュワート/クロエ・グレース・モレッツ/ラース・アイディンガー/ジョニー・フリン/アンゲラ・ヴィンクラー/ハンス・ツィシュラー
■2014年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/2014年セザール賞助演女優賞受賞・作品賞ほか4部門ノミネート
大女優として知られるマリアは、忠実なマネージャーのヴァレンティーヌとともに、二人三脚で日々の仕事に取り組んでいた。そんな中、マリアはかつて自身が世間に認められるきっかけとなった作品のリメイクをオファーされる。しかし、その役柄は彼女が演じた若き美女ジグリッド役ではなく、彼女に翻弄される中年の上司ヘレナ役。若い主人公の配役は、すでにハリウッドの大作映画で活躍する若手女優のジョアンに決定していた…。
これまでも女性が主人公の映画を多く作ってきたアサイヤス。本作も違わず、女性について、というより女優についての映画である。アサイヤスが脚本を書いた『ランデヴー』に主演女優として参加したジュリエット・ビノシュとのタッグ。長年の付き合いである彼女から話を持ちかけられて書き上げたという脚本は、まさにビノシュのための物語である。
女優にとっての時間とは、すなわち若さや美しさを奪うものであり、常に対峙していかなければならないシリアスな問題だ。若いジグリッドではなく、中年のヘレナを演じることを受け入れられず、どうしても役が理解できないというマリア。そんな彼女に「この作品は立場によって見方が変わる」と、クリステン・スチュワート演じる彼女のマネージャー、ヴェレンティーヌは告げる。
『アクトレス』はこの台詞のように、相反するものを冷静に見つめる作品ではないだろうか。アサイヤスは、女優の“過ぎた時間”を、成熟した美しさとして描くいっぽうで、時に残酷なほど皮肉に焼き付ける。アンチハリウッドの台詞を各所に織り込みつつも、作中劇のCGバリバリの近未来SFを嬉々として挿入してしまう。それは、世界中の名だたる映画作家の作品に出演してきたジュリエット・ビノシュに、ハリウッドのど真ん中で活躍し、ティーンに絶大な人気を誇るクリステン・スチュワートとクロエ・グレース・モレッツを対峙させるという、悪意のある(でも最高な)キャスティングからしてそうだろう。
過去と現在、若さと老い、芸術映画と娯楽映画。両サイドのどちらにも魅力があり、また愚かさもある。アサイヤスの視点は、映画の舞台であるアルプス、シルス・マリアを流れる雲のように、自由自在に変化し、軽やかに行き来する。だから、この作品は何度観ても新しい面白さを発見できるのだ。
(パズー)
あの頃エッフェル塔の下で
Trois souvenirs de ma jeunesse
(2015年 フランス 123分 シネスコ)
2016年5月21日から5月27日まで上映
■監督・脚本 アルノー・デプレシャン
■脚本 ジュリー・ペール
■撮影 イリーナ・リュプチャンスキ
■美術 トマ・バクニ
■衣装 ナタリー・ラウル
■編集 ローランス・ブリオー
■音楽 グレゴワール・エツェル
■出演 マチュー・アマルリック/カンタン・ドルメール/ルー・ロワ=ルコリネ/アンドレ・デュソリエ/テオ・フェルナンデス/ディナーラ・ドルカーロワ/リリー・タイエブ/ピエール・アンドロー/ラファエル・コーエン/オリヴィエ・ラブルダン/クレマンス・ル=ギャル/エリック・リュフ/メロディー・リシャール
■2015年カンヌ国際映画祭監督週間SACD賞受賞/セザール賞監督賞受賞・作品賞ほか10部門ノミネート
外交官で人類学者のポールは、長かった外国暮らしを終えて、フランスへ帰国する。ところが空港で、彼と同じパスポートを持つ“もう一人のポール”がいるという奇妙なトラブルに巻き込まれる。偽のパスポートが忘れかけていた過去の記憶を呼び覚まし、ポールは人生を振り返りはじめる。幼い頃に亡くなった母、父との決裂、弟妹との絆。ソ連へのスリリングな旅、そしてエステルとの初恋。憧れのパリの大学に通うポールと故郷に残ったエステルは、毎日手紙を書き綴った。変わらぬエステルへの想いに気づいたポールは、数十年ぶりに彼女からの手紙を読み返し、ある真実に想い至るが──。
恋愛映画の金字塔『そして僕は恋をする』の名匠アルノー・デプレシャン監督が20年の時を経て、人生も半ばを過ぎた主人公が、恋に生きた青春の日々を追憶する。原題を直訳すると<わが青春の三つの思い出>という本作は、それぞれ「1 子供時代」「2 ソビエト連邦」「3 エステル」という章に分けられる。短編小説集のように濃厚で緻密なエピソードの数々、記憶の断片が有機的につながっていく。愛しているのに遠く離れて暮らすしかなかった、不器用なまでに真っ直ぐな恋人たち。希望と情熱に満ちた誇らしい人生の歩みと、時に残酷な青春の記憶を並置しながら、取り返すこともできないひとつの愛しい人生を描き出す。アルノー・デプレシャンは最良のフランス映画が持つ大らかさと知性をもって、人生を愛することの豊かさを鮮やかに現代に甦らせた。
『そして僕は恋をする』の主人公“ポール”を演じた名優マチュー・アマルリックが、本作でも引き続き同名の主人公を演じる。若き日の恋人たちにはカンタン・ドルメールとルー・ロワ=ルコリネが、ヌーヴェル・ヴァーグの作品群から飛び出したような鮮烈さと、現代的な感性が溶け合った新たな魅力を放つ。そして、エッフェル塔の見えるアパルトマン、カルチェ・ラタン、美術館、カフェなど恋人たちが似合うフランスの風景、80年代のフレンチファッション、音楽、さり気なく登場する本や詩を発見する楽しみに満ちている。
(ぽっけ)