【2019/10/26(土)~11/1(金)】『ノスタルジア』『サクリファイス』

ルー

タルコフスキー作品を一本でも観た人なら誰もが思うことだと思いますが、タルコフスキーの映画は何よりも「芸術的」です。重厚で絵画的な構図、宗教的な意匠や夢幻的な映像美、そして驚異的なまでにゆったりとした時間の流れ…。20世紀最大の映像詩人という言葉に相応しいその圧倒的なヴィジョンは、死後30年以上経つ現在でも孤高のオリジナリティを誇っています。

しかしタルコフスキー作品が優れた批評家や宗教学者がその素晴らしさを説く、西洋絵画や宗教画と同じ(あくまで旧来の審美的なレベルの)「芸術」であることは、反面私たちの生活と乖離したものととらえられてしまう要因になってしまっているようにも思います。黒澤明の『七人の侍』を愛し、宗派や人種、言語の壁を超える映像の力を最後まで信じたこの映画作家にとって、それは決して望ましい事態ではないはずです。

『ノスタルジア』『サクリファイス』は、どちらも祖国ソ連からの亡命を果たしたタルコフスキー晩年の傑作であり、カラー作品であっても渋い単色の画面が支配的だったソ連時代から一皮むけ、ここでは艶やかで鮮明な色彩が導入されています。緻密な音作りや意外にサービス満点?に盛り込まれた派手な場面(映画史に残る『サクリファイス』のクライマックス!)も含めてかなりゴージャスな出来にも見えるわけですが、この二つの作品で掘り下げられるのは、破滅に向かう人類の黙示録とそこからの救済という彼の終生のテーマです。

聖なる狂人に導かれて世界を救おうとする男(『ノスタルジア』)。実際に訪れたカタストロフに抗うために自らを神に捧げる男(『サクリファイス』)。孤独に押しつぶされそうになりながら行動を起こす主人公たちを通して描かれる核の脅威や自然破壊、混迷を極める世界情勢といった主題は、風化するどころか近年になって早急に解決の糸口を探すべき問題として再認識されています。

もちろんタルコフスキー作品の美しさに酩酊するだけでも十分幸福な体験です。しかしそこで思考停止せず、その美しさを通して彼が伝えるメッセージを一人一人が引き受け、日常生活で少しでも意識し考えること。それこそ今求められる真のタルコフスキー体験ではないでしょうか。

サクリファイス
Sacrifice

アンドレイ・タルコフスキー監督作品/1986年/スウェーデン・フランス/149分/ブルーレイ/ビスタ

■監督・脚本  アンドレイ・タルコフスキー
■撮影 スヴェン・ニクヴィスト
■美術 アンナ・アスプ
■音楽 J・S・バッハ

■出演 エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド/アラン・エドワール/グドルン・ギスラドッティル/スヴェン・ヴォルテル/ヴァレリー・メレッス/フィリッパ・フランセン/トミー・チェルクヴェスト

■1986年カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ・国際映画批評家連盟賞・芸術貢献賞・ 全キリスト教会審査員賞受賞/1987年英国アカデミー賞外国語映画賞受賞

©1986 SVENSKA FILMINSTITUTET

【2019年10月26日から11月1日まで上映】

生命の樹を植える誕生日に終極の戦争は起こってしまった…

スウェーデンの南、バルト海をのぞむゴトランド島。初夏の日射しを浴びながら、誕生日を迎えたアレクサンデルが息子の少年と枯れた松の木を植えている。"昔々、師の命を守って3年の間、若い僧が水をやり続けると、とうとう枯木が甦って花を咲かせた”と奇跡の伝説を子供に語るアレクサンデル。誕生日を祝う団欒の時が、夜、どこからとも知れぬ地鳴りで断たれ、テレビは核が取り返しのつかぬ事態を起こしたと告げる首相の声を流して消える…。

不安の白夜の中で、アレクサンデルは信じていなかった神と対決し、神に約束する――平和が戻り、 愛する人々が救われるのであれば、言葉を棄て、自分を棄て、家を棄てるサクリファイス(犠牲、献身)を実行する、と。

現代の日常と化した核の不安を、魂の根源からせまって夢幻の美しさで描き出す、巨匠タルコフスキーの黙示録

1986年のカンヌ映画祭で、胸を打つ美しさと心を深くえぐる感動でかつてない賞賛を浴び、同映画祭史上初の4賞を受賞した『サクリファイス』は、完成後に病床に伏してこの世を去ったタルコフスキーの遺作となった。

主人公アレクサンデル役には『ノスタルジア』に続いてエルランド・ヨセフソン。撮影のスヴェン・ニクヴィスト、美術のアンナ・アスプ、プロデューサーのカティンカ・ファラゴ女史らと共に、ベルイマン映画の常連で、スウェーデンを代表する映画人たちが参加。配役からスタッフ構成、音楽や衣装に至るまで、国籍を超えた映画づくりだが、タルコフスキーは“私はロシア人であり、いつまでもロシア人であるだろう。この映画をスウェーデンでスウェーデンの俳優諸君とつくっているが、それでもこれはロシア映画だ”と語っている。

重要なモチーフに松の木が使われ、尺八の音色が響き、主人公が自分の前世は日本人だと信じているなど、日本に関するものがいくつか登場する。タルコフスキー自身も黒澤明などと交流があったようで、日本に対する関心が伺える。

ノスタルジア
Nostalghia

アンドレイ・タルコフスキー監督作品/1983年/イタリア/126分/DCP・35mm(★最終回のみ)/ビスタ/モノラル

■監督 アンドレイ・タルコフスキー
■製作 レンツォ・ロッセリーニ/マノロ・ボロニーニ
■脚本 アンドレイ・タルコフスキー/トニーノ・グエッラ
■撮影 ジュゼッペ・ランチ
■音楽 ベートーヴェン/ヴェルディ

■出演 オレーグ・ヤンコフスキー/エルランド・ヨセフソン/ドミツィアナ・ジョルダーノ/パトリツィア・テレーノ/ラウラ・デ・マルキ/デリア・ボッカルド/ミレナ・ヴコティッチ

■1983年カンヌ国際映画祭監督賞・国際映画批評家連盟賞・全キリスト教会審査員賞受賞

★『ノスタルジア』35mm上映素材は、フィルムの経年劣化により、一部退色が目立つ箇所がございます。ご了承のうえ、ご鑑賞いただきますようお願いいたします。

©1983 RAI-Radiotelevisione ltaliana

【2019年10月26日から11月1日まで上映】

映像美の極致―イタリアを旅する詩人の幻想を強く襲うノスタルジア

イタリア中部。朝靄がけむるトスカーナ地方を旅しているのはロシア人の詩人アンドレイ・ゴルチャコフと通訳のイタリア人女性エウジェニア。18世紀にイタリアを放浪した音楽家サスノフスキーの研究が目的だったが、ふたりの長い旅はすでに終わりに近く、歌いかけるような、愛を誘いかけるような風土のなかで、アンドレイはノスタルジアの強い幻覚に襲われている。ロシアのなだらかな丘の小さな家。木々と電柱。母とふたりの子供。白い馬とシェパード犬。そして夕陽。

広場の温泉で有名なバーニョ・ヴィニョーニの村で、ふたりはドメニコに出会う。世界が終末を迎えていると信じて、かつて7年間も家族ぐるみであばや家にとじこもったために狂人と呼ばれるドメニコは、アンドレイに1本のろうそくを託してローマに出発する…。

不世出の監督タルコフスキーの才能が、陶酔と緊張の中に生み出した、映画の奇跡

本作はタルコフスキーが初めてソ連国外に出てイタリアで作った作品である。イタリアを旅するロシアの詩人を主人公に、幼年時代や母国への想い、そして、失われたもの、失いつつあるものへの想いを主人公の自己発見に重ねて描く野心作だ。

“ノスタルジア”(原題はアルファベット表記のNOSTALGHIA)とは、ロシア人が国内旅行の時は感じないが、外国旅行の際には必ず襲われる、死に至る病のような独特な感情だとタルコフスキーは言う。この感情を基に、『惑星ソラリス』『鏡』『ストーカー』のテーマを、イタリアを旅するロシア人の愛の物語として発展させている。

水と光、霧と闇と火、記憶と回想、神話と寓話…タルコフスキー独特の詩的宇宙が、フォトジェニックに展開される。中世からルネッサンス期のフレスコ絵画と、モダン・アートが一体化したような美術。詩の一節や過去の芸術作品を、「記憶」のように呼び起こしていくセリフ。その合間に、息継ぎのように現れる故郷ロシアの白黒映像。これらの要素がひとつの有機体となり、観るものの心を「魂のふるさと」へと誘ってゆく。