なぜ今ブラック・ムービーなのか ~J・ボールドウィンの映画たち~ + 特別レイトショー『ROMA/ローマ』

ぽっけ & パズー

いまブラックムービーが面白い。ただ面白いだけでなく、作品の隅々まで強い意識が通っている。その意識とは、差別問題を描いただけのほどほどに安全なヒューマンドラマの感動とは全く違って、自らのアイデンティティや取り巻く環境、自分たちの感情と向き合った映画を作るんだという強い意識だ。なぜいまこんな変化が起こっているのだろうか。

2010年代のブラックムービーについて

その背景には公民権運動時代から連綿と続く人権運動に拍車をかけた「ブラック・ライヴス・マター」という運動がある。2013年、フロリダ州で黒人少年のトレイボン・マーティンが警察に射殺されたことを発端に、2014年にアフリカ系アメリカ人のマイケル・ブラウンが射殺、続いてエリック・ガーナーが警察に絞殺されたことで起こったデモが拡大。スマートフォンで撮られた映像をSNSで拡散するという方法で大きく拡散され、全米を巻き込んだ暴動にまで発展した。2016年のアメリカ大統領選、トランプ政権発足に至っては大きな争点となった。

そんな中で、後に『クリード チャンプを継ぐ男』『ブラックパンサー』を監督することになるライアン・クーグラー監督は、2009年1月1日にカリフォルニア州で発生したオスカー・グラント三世射殺事件を題材にした『フルートベール駅で』を2013年に発表する。この作品はサンダンス映画祭を始め世界中で注目を集め、10年代のブラックムービーを大きく動かすことになる。

2016年・第88回アカデミー賞では、「#OscarsoWhite」=「オスカーは真っ白」と批判が飛び出した。『クリード チャンプを継ぐ男』で主演俳優のマイケル・B・ジョーダンがノミネートされずに、シルヴェスター・スタローンが助演男優賞にノミネートされたことが象徴的だが、数々の黒人監督や俳優たちの有力作(当館で上映した『ストレイト・アウタ・コンプトン』もその1本)が候補に挙がっていたにも関わらず、ノミネートを逃したことが大きな批判を呼んだのだ。

そして、2017年・第89回アカデミー賞はまさにブラックムービーのマイルストーンとなった。キャストの全てが黒人かつLGBTを題材にした作品として初の作品賞をバリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』が受賞したのだ。『ムーンライト』はそのヴィジュアルでも画期的だった。黒人の肌の色が黒でなく、銅色に見えるように計算された色彩設定はまさに黒人のスキンディテールを最も美しく撮るために生み出された画面だった。助演男優・女優には多くの黒人キャストがノミネートされ、さらに長編ドキュメンタリー賞はノミネート作品5作品のうち3作品が、人種問題を含む題材を扱った作品であった。そのうちの1本が今回上映する『私はあなたのニグロではない』である。

2017年公開の『ゲット・アウト』や『ブラックパンサー』は全米で大ヒットを生み出し、特に『ブラックパンサー』は全米歴代興行成績4位(『アベンジャーズ:エンドゲーム』がすでに塗り替えたが、この時点ではマーベル映画で1位)の成績をおさめて興行記録を更新した。これまでメインヒーローのパートナー役や敵役でしかなかった“映画の中の黒人”にとって、ある意味では初めての純粋な黒人の黒人による黒人のためのヒーローの姿を描いたのだ。

ジェイムズ・ボールドウィンと個人の感情を描いた“新しい”ブラックムービーについて

ジェイムズ・ボールドウィンは公民権運動の旗手であり、最も有名な黒人文学の作家の一人である。今回上映する『私はあなたのニグロではない』『ビール・ストリートの恋人たち』は映像化について厳しい見解を持つボールドウィンの数少ない映画化作品と言える。

『私はあなたのニグロではない』はジェイムズ・ボールドウィンの未完成原稿である公民権運動の回顧録「Remember This House」を基にしている。ラウル・ペック監督はこの作品の一言一句を拾い集め、ボールドウィンの目を通したアメリカ映画の中での黒人の表象をはじめ、アメリカ史の中で黒人が演じさせられてきた役割についての考察をアーカイブ・ドキュメンタリーという形で映像化した。公民権運動からブラック・ライヴス・マターに至るまでのアメリカ史を映像で解き明かし、その差別の本質を突きつける。対話を通して“相手を知ること”を求めるボールドウィンの言葉は「わたしは差別の加害者じゃない」という安全地帯から発せられた回答を許さず、観客の心を鋭い知性で射貫く。

『ビール・ストリートの恋人たち』は、ボールドウィンが70年代に発表した「If Beale Street Could Talk(もしもビール・ストリートが語ることができたなら)」が原作だ。バリー・ジェンキンス監督が念願かなって映画化した本作は、公民権運動後の70年代のNYに生きる若い男女の愛を描いている。恋人たちが手をつなぎ、見つめ合いキスをする。初めての夜、妊娠、家族になるということ――黒人映画の中で観たことがない、驚くほどに純粋で、どこか神聖ささえ湛えたラブストーリーだ。しかしもちろん根底にあるのは、黒人(特に黒人女性)が経験してきた強烈な怒りや苦しみでもある。彼らの物語が普遍的であればあるほど、その前に立ちはだかる差別という障壁がいかに大きいかを、他人事ではなく理解できる。それはまさに、ボールドウィンが訴え続けた「黒人の問題は、世界の全ての人の問題」というテーマである。

ブラックムービーがアメリカ映画を変えた。

2019年・第91回アカデミー賞では、脚本・作品賞『グリーンブック』、助演男優賞マハーシャラ・アリ、脚色賞『ブラック・クランズマン』、長編アニメーション賞『スパイダーマン:スパイダーバース』、作曲・美術・衣装『ブラックパンサー』、助演女優賞レジーナ・キングと、黒人系キャスト・スタッフの受賞ラッシュが続く。中でも、スパイク・リー監督(『ブラック・クランズマン』)のアカデミー賞初受賞は象徴的だ。『ドゥ・ザ・ライト・シング』以降多くの作品を世に問いながら、尊敬を集めると同時に批判の矢面に立って発言を続けてきた彼の功績は計り知れない。その彼が映画史にその名を残すD・W・グリフィスの『国民の創生』のKKKのシーンで描かれる黒人奴隷のシーンと真っ向から作品の中で向き合ったのだから。

『スパイダーマン:スパイダーバース』の受賞も忘れられないトピックスだ。2015年にリークされ、流出したメールにあったスパイダーマン映画に関する取り決めの中の人種規定の一文。「ピーター・パーカー(スパイダーマン)は白人の異性愛者でなければならない」と書かれていたことが大きな騒動を呼んだスパイダーマンシリーズ。女子高生や黒人、動物まで含んだ6人のヒーローの誕生を描いたこの作品がどのように生み出されたのか。もうアメリカ映画は決定的な変化を迎えたのだ。

私はあなたのニグロではない
I Am Not Your Negro

開映時間 ※上映は終了しました
ラウル・ペック監督作品/2016年/アメリカ・フランス・ベルギー・スイス/93分/DCP/ビスタ

■監督・製作 ラウル・ペック
■原作 ジェイムズ・ボールドウィン
■撮影 ヘンリー・アデボノジョ/ビル・ロス/ターナー・ロス
■編集 アレクサンドラ・ストラウス
■音楽 アレクセイ・アイギ
■語り サミュエル・L・ジャクソン

■出演 キング牧師/マルコムX/メドガー・エヴァース/ジェイムズ・ボールドウィン/シドニー・ポワチエ/ボブ・ディラン/マーロン・ブランド/ジョーン・クロフォード/ロバート・F・ケネディ/バラク・オバマ

■第89回アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞ノミネート/第71回英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞/第43回セザール賞ドキュメンタリー賞受賞/第67回ベルリン国際映画祭パノラマドキュメンタリー部門観客賞 ほか多数受賞・ノミネート

【2019年6月1日から6月7日まで上映】

差別が当たり前だった時代から、 人々はどのように声を上げ世界を変えていったのか――?

2017年初頭。トランプ政権がスタートしたアメリカで、一本のドキュメンタリー映画が異例のヒットを記録した。黒人文学のレジェンドであり、公民権運動家だった作家ジェイムズ・ボールドウィンの原作を映画化した『私はあなたのニグロではない』だ。本作は、ボールドウィンの未完の原稿「Remember this House」を基に、彼の盟友であり30代の若さで暗殺された公民権運動の指導者―メドガー・エヴァース、マルコムX、キング牧師の生き様を追いながら、60年代の公民権運動から現在のブラック・ライブズ・マターに至るまで、アメリカの人種差別と暗殺の歴史に迫る。

キング牧師暗殺から50年。自由と正義の国アメリカ、 その差別と暗殺の歴史とは――

監督のラウル・ペックは、映画で語られる言葉のひとつひとつをボールドウィンの本、エッセイ、インタビュー、講演など、彼が実際に発言した言葉を使って構成した。60年代と現在を交互に映し出す映像に、アメリカの現状を嘆き、鋭く批判するボールドウィンの言葉が重なり、50年経った今でも人種差別を巡る状況が変わらないことが明るみに出る。

テレビCFやハリウッド映画が大衆に刷り込む「正しく美しい」白人の姿と歪められた黒人のイメージ。証言や豊富な記録映像を交え、強制的に作られた黒人への偏見の歴史、無知や先入観が引き起こす“差別の正体”を解き明かす様は衝撃的だ。

映画のラスト、「差別とは何か」を語るボールドウィンの、火のように熱く激しく、知性的で明瞭な名スピーチは、オバマ前大統領やマドンナらが演説で引用するなど、今なお困難と闘う人々の心を揺るがせ、深い感銘を与えている。不寛容が広がり、分断が危険なまでに深まる時代。この映画はわたしたちに、よりよい未来へと歩む道しるべを与えてくれる。

ビール・ストリートの恋人たち
If Beale Street Could Talk

開映時間 ※上映は終了しました
バリー・ジェンキンス監督作品/2018年/アメリカ/119分/DCP/ビスタ

■監督・製作・脚本 バリー・ジェンキンス
■原作 ジェイムズ・ボールドウィン『ビール・ストリートの恋人たち』(早川書房刊)
■撮影 ジェームズ・ラクストン
■編集 ジョイ・マクミロン/ナット・サンダーズ
■音楽 ニコラス・ブリテ

■出演 キキ・レイン/ステファン・ジェームズ/レジーナ・キング/テヨナ・パリス/コールマン・ドミンゴ/ペドロ・パスカル/ディエゴ・ルナ/デイヴ・フランコ

■2018年アカデミー賞助演女優賞受賞、脚色賞・作曲賞ノミネート/ゴールデングローブ賞助演女優賞受賞、作品賞・脚本賞ノミネート/ナショナル・ボード・オブ・レビュー助演女優賞・脚色賞受賞/全米批評家協会賞助演女優賞受賞/LA批評家協会賞助演女優賞・音楽賞受賞/インディペンデント・スピリット賞作品賞・監督賞・助演女優賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

【2019年6月1日から6月7日まで上映】

愛があなたをここに連れてきた

「赤ちゃんができたの」――1970年代のニューヨーク。ティッシュは19歳。恋人のファニーは22歳。幼い頃から共に育ち、自然と愛を育み、運命の相手を互いに見出した二人にとって、それは素晴らしい報告のはずだった。

しかし、ファニーは無実の罪で留置所にいる。彼はティッシュの言葉を面会室のガラス越しに聞いた。小さな諍いで白人警官の怒りを買った彼は強姦罪で逮捕され、有罪となれば刑務所で恥辱に満ちた日々を送るしかない。二人の愛を守るために家族と友人たちはファニーを助け出そうと奔走するが、そこには様々な困難が待ち受けていた…。

愛よりも、もっと深い“運命”で結ばれた恋人たちのラブストーリー

前作『ムーンライト』で、『ラ・ラ・ランド』を抑え第89回アカデミー賞作品賞に輝いたバリー・ジェンキンス監督の最新作は、彼がずっと映画化を夢見ていたジェイムズ・ボールドウィン原作、1970年代ニューヨークに生きる若きカップルの愛の物語「ビール・ストリートの恋人たち」だ。

本作は、原作者の意思を受け継いだ、どんなに困難な状況にあっても、愛を諦めない恋人たちの普遍的なラブ・ストーリーであり、人種や社会階層に対する差別の問題が大きく浮上する現代に必要なメッセージに満ちた抵抗の物語である。そのメッセージは、愛と希望に満ち溢れている。

無実の罪で投獄された恋人のために身重な体で懸命に闘うヒロイン、ティッシュ役に新鋭キキ・レイン。ティッシュの恋人ファニー役に『栄光のランナー/1936ベルリン』で注目を集めたステファン・ジェームス。娘のティッシュを支える優しくも力強い母親シャロンには、2015年にドラマ・シリーズ「アメリカン・クライム」でエミー賞助演女優賞に輝いたレジーナ・キング。この役で見事、第91回アカデミー賞助演女優賞に輝いた。

【特別レイトショー】ROMA/ローマ
【Late Show】Roma

開映時間 ※上映は終了しました
アルフォンソ・キュアロン監督作品/2018年/メキシコ・アメリカ/135分/DCP/R15+/シネスコ

■監督 アルフォンソ・キュアロン
■製作 ガブリエラ・ロドリゲス/アルフォンソ・キュアロン/ニコラス・セリス
■脚本 アルフォンソ・キュアロン
■撮影 アルフォンソ・キュアロン
■編集 アルフォンソ・キュアロン/アダム・ガフ

■出演 ヤリッツァ・アパリシオ/マリーナ・デ・タビラ

■2018年アカデミー賞監督賞・撮影賞・外国語映画賞受賞、作品賞ほか10部門ノミネート/ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞・監督賞受賞、脚本賞ノミネート ほか多数受賞・ノミネート

【2019年6月1日から6月14日まで上映】

2018年アカデミー賞3部門受賞! アルフォンソ・キュアロン監督最新作

『ROMA/ローマ』はアカデミー賞受賞監督兼脚本家のアルフォンソ・キュアロンがこれまでに手がけた中で、最も自伝的要素が色濃い作品。2013年の代表作『ゼロ・グラビティ』以来の作品となる。
物語はメキシコシティのローマという地区で中流階級の家庭に奉公する若い家政婦クレオを中心に展開する。自分を育ててくれた女性たちへの想いをこめたキュアロン監督のラブレターともいうべき本作。少年時代の記憶をもとに、政治的混乱に揺れる1970年代の家庭内の衝突と社会的階級を鮮明に、そして感情豊かに描き上げる。
(2018年東京国際映画祭公式ページより抜粋)