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今週の早稲田松竹は、イタリアの名匠ルキノ・ヴィスコンティ監督特集です。ミラノの名門貴族として生まれ、幼い頃から特異な芸術環境で育ったヴィスコンティ監督。彼の作品は、没後45年経った今もなおその美しさが色褪せません。今回の特集では、彼の作品にはじめて色を添えた初期の傑作『夏の嵐』と、イタリア語バージョンが本邦初公開となる幻の作品『異邦人』の2本を上映します。
『異邦人』はフランスのノーベル文学賞作家アルベール・カミュの同名小説「異邦人」を原作に、58歳のヴィスコンティが監督した作品。原作の挿絵を描くように映像化させたというこの作品は、「太陽が眩しかった」という理由で人を殺してしまった主人公の不条理を、ヴィスコンティの審美眼を通して描かれます。アルジェリアの照り付ける太陽と、主人公・ムルソーの乾いた心理描写の対比が、より一層彼の異質さを際立たせます。
『夏の嵐』ではイタリア統一運動を背景に、伯爵夫人と敵国若き将校との禁断の恋が描かれます。ヴェルディのオペラから始まるこの作品は、煌びやかな世界から段々と破滅へと向かう二人の様を上品かつ生々しく辿っていきます。冒頭シーンでもクレジットされるGUCCIの衣装にはじまり、細部まで拘り抜かれた美術、田舎の風景、戦闘シーンでさえも、まるで優雅な絵画を見ているようです。
また、モーニングショーではジッロ・ポンテコルヴォ監督の『アルジェの戦い』を上映します。『異邦人』の舞台でもあるアルジェリアの独立戦争を、ジャーナリストとして活躍したポンテコルヴォ監督がドキュメンタリータッチで描いた作品です。かつてヴィスコンティがレジスタンス活動に身を投じ、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』や『揺れる大地』を撮影したように、この作品もまたネオレアリズモの精神を受け継いだ徹底的なリアリズム描写が高く評価されました。
戦争と共に発展していったイタリア映画。ネオレアリズモの始まりと終焉、そしてその先へと、唯一無二の美学とリアリティを徹底したルキノ・ヴィスコンティ監督。そして、ネオレアリズモの影響を受けたジッロ・ポンテコルヴォ監督。映画を通して二人の監督が紡ぐ、人々の歴史とその営みを是非劇場で体感してください。
【特別モーニングショー】アルジェの戦い デジタル・リマスター/オリジナル言語版
【Morning Show】The Battle of Algiers
■監督 ジッロ・ポンテコルヴォ
■脚本 フランコ・ソリナス/ジッロ・ポンテコルヴォ
■撮影 マルチェロ・ガッティ
■音楽 エンニオ・モリコーネ
■出演 ジャン・マルタン/ヤセフ・サーディ/ブラヒム・ハギアグ/トマソ・ネリ/ファウジア・エル・カデル/ミシェール・ケルバシュ/モハメッド・ベン・カッセン
■1966年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/1967年キネマ旬報外国映画ベスト・テン第1位/1971年英国アカデミー賞国際連盟賞受賞
★モーニングショーは、どなた様も一律1000円でご鑑賞いただけます。
★チケットは連日、開場時より受付にて販売いたします(当日券のみ)。
©1966 Casbah Films, Inc. All rights reserved.
【2021年7月3日から7月9日まで上映】
目をひらけ、耳をかたむけろ。
50年代初頭のフランス統治下のアルジェリア。カスバのチンピラだったアリはカデルが指揮する地下組織の独立運動に身を投じる。54年から本格化した反政府闘争は各種のテロを通じて一般市民をも巻き込んでいき、事態を憂慮したフランス政府は57年に対テロ組織専門のマチュー将軍を派遣、徹底した抗ゲリラ作戦が展開された。組織の指導者となっていたアリも次第に追い詰められていく…。
アルジェリア戦争の真実を描き出した本作が、私たちに訴えかけるメッセージとは?20世紀を代表する戦争映画の記念碑的傑作
本作『アルジェの戦い』は、1954年から1962年にかけて行われたフランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争を描いている。監督のジッロ・ポンテコルヴォはユダヤ人の家庭に生まれ、第2次世界大戦中にレジスタンス運動のリーダーとして活躍し、ネオ・レアリズもの傑作『戦火のかなた』に感銘を受け映画の世界へ足を踏み入れた。ジャーナリスト出身のポンテコルヴォ監督は映画を作るにあたって記録映像を一切使わず、目撃者や当事者の証言、残された記録文書をもとにリアルな劇映画として戦争の実体をドキュメンタリー・タッチで詳細に再現している。また、2020年に惜しくも逝去したエンニオ・モリコーネが緊張感溢れるスコアを提供している。
アルジェリア民族解放戦線とフランス軍、相対する当事者たちを分け隔てなく描写し、戦争に巻き込まれていく一般市民たちの日常に加え、ゲリラ作戦の詳細や壮絶な市街戦をクールなモノクロ撮影とジャーナリスティックな視点で冷徹に映しとった本作は、現在でも独立戦争の記録遺産としてアルジェリアで高い人気を誇っている。難民や移民の流出、頻発するテロの恐怖等、激動の世紀に生きる私たちにとって、ポストコロニアルの視点で貫かれた本作の歴史的価値は計り知れない。
――この作品で描かれている戦争は未だ終わっていない。ラスト・シーンの先に私たちの”現在”がある。
夏の嵐
Senso
■監督 ルキノ・ヴィスコンティ
■原作 カミロ・ボイト
■脚本 スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ルキノ・ヴィスコンティ
■撮影 G・R・アルド/ロバート・クラスカー
■出演 アリダ・ヴァリ/ファーリー・グレンジャー/マッシモ・ジロッティ/ハインツ・モーグ/リナ・モレリ/クリスチャン・マルカン
©CRISTALDI FILM All Rights Reserved
【2021年7月3日から7月9日まで上映】
恋のために狂えるなら それでもいい
公爵夫人リヴィアは歌劇場で決闘騒ぎを起こした従兄を救うため、相手のフランツ将校に頼み思いとどまらせる。リヴィアはフランツに恋し、二人は逢瀬を重ねる。やがて開戦となり二人は別れるが、運命の歯車はリヴィアとフランツを再会させる。激しく熱情的なリヴィアの恋情は、やがて二人を破滅へと向かわせてゆくのだった…。
ヴィスコンティ芸術が昇華した、ネオ・レアリズモによる絢爛オペラともいうべきメロドラマの傑作。
19世紀の半ばに起こったイタリア独立を巡る統一戦争を背景に、ヴェネツィアの公爵夫人とオーストリア軍将校との悲恋を描いた巨匠ヴィスコンティ監督初のテクニカラー大作。カミロ・ボイトの短篇小説「官能」を原作とし、台詞に劇作家テネシー・ウィリアムズが協力。また助手には後に映画監督となるフランチェスコ・ロージとフランコ・ゼフィレッリが参加している。
主演は『かくも長き不在』『暗殺のオペラ』のアリダ・ヴァリ、恋人役に『見知らぬ乗客』『夜の人々』のファーリー・グレンジャー。冒頭のオペラ・シーンはジュゼッペ・ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』。音楽では全編にアントン・ブルックナーの交響曲第7番が使われている。
異邦人 デジタル復元版
The Stranger
■監督 ルキノ・ヴィスコンティ
■原作 アルベール・カミュ
■脚本 スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エマニュエル・ロブレ/ジョルジュ・コンション
■撮影 ジュゼッペ・ロトゥンノ
■音楽 ピエロ・ピッチオーニ
■出演 マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ブルーノ・クレメル
© Films Sans Frontieres
【2021年7月3日から7月9日まで上映】
灼熱の太陽が、アルジェの砂浜にやきつける…
第二次大戦前のアルジェ、会社員のムルソーは、アルジェ郊外の老人施設から母親の訃報を受け取る。遺体安置所で彼は遺体と対面もせず、通夜の席でコーヒーを飲み、タバコを吸い埋葬の場でも涙を見せなかった。その翌日、偶然再会したマリーと海水浴に行き、映画を見て一夜を共にした。ムルソーは、同じアパートに住む友人とトラブルに巻き込まれ、たまたま預かったピストルでアラブ人を射殺してしまう。太陽がまぶしかったという以外、ムルソーにも理由は分からない。裁判所の法廷では殺害については何も言及されず、ムルソーの行動は非人間的で不道徳であるとされ死刑を宣告される…
”ヴィスコンティ×カミュ×マストロヤンニ” 奇跡のコラボレーションが生んだ映像の世界遺産
ノーベル賞作家アルベール・カミュの大ベストセラー「異邦人」は、現代人の生活感情の中に潜む不条理の意識を巧みに描いて大反響を巻き起こした。イタリア映画界の至宝ルキノ・ヴィスコンティ監督は早くからこ20世紀文学の傑作の映画化を志し、長年の構想の末に最高のスタッフ・キャストを集結させ、1967年に完成した。主演はフェリーニ、デ・シーカ監督作品等でも有名な名優マルチェロ・マストロヤンニ。ヒロインは2019年12月惜しくも急逝したアンナ・カリーナ。
カミュの原作が発表された年は奇しくもヴィスコンティ監督デビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』と同じ1942年であり、早くから映画化の希望をカミュ(1960年没)に直接伝えていたという。本作の主人公の不条理な言動は、クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞とも類似しており、元ネタとしても有名である。
ヴィスコンティとって長編8作目となった本作は、1968年に日本公開されたあと、VHSはおろかソフト化されることもなくファン垂涎の作品となっていた。今回上映されるのは最新技術によってデジタル復元化されたもので、さらに初公開時英語版だった音声は、待望のイタリア語版での公開となる。