【2025/1/18(土)~1/24(金)上映】『墓泥棒と失われた女神』+『幸福なラザロ』/ 『カンフーマスター!』+『アニエス V.によるジェーン B.』

パズー

イタリア中部トスカーナで生まれたアリーチェ・ロルヴァケルは、ドキュメンタリーの編集者として映像の仕事を始めた。『天空のからだ』(2011)で長編映画デビューし、これまで4本の長編といくつかの短編・ドキュメンタリーを製作している。今週上映するのは3作目の『幸福なラザロ』と最新作『墓泥棒と失われた女神』の2本だ。

ロルヴァケルの映画を観始めたならすぐに、誰もがその世界に引き込まれるだろう。明言されない時代設定は「現代」というより「近代」と言うのに近い。幼い頃寝る前に聞かされた童話のような雰囲気を纏いながら、忍び込まれる資本主義や格差社会への警告にハッとさせられる。

『幸福なラザロ』の無垢な青年ラザロと『墓泥棒と失われた女神』の考古学愛好家アーサー。ふたりは何てこともなく現実と空想、現在と過去、そして生と死の境界線さえ飛び越えてしまう。ふわふわとしていて強い意志があるようには映らないこの主人公たちは、ロルヴァケルの紡ぐ物語の狂言回しといっていいかもしれない。彼らの存在が観客に伝えるものは、教訓? そんな高尚なものではない。けれど確かに、豊かな学びを与えてくれる。自由で軽やかで深い、大人のためのおとぎ話だ。

『墓泥棒と失われた女神』にインスピレーションを与えたとしてロルヴァケルが挙げた作品のひとつが、アニエス・ヴァルダの『冬の旅』である。“ヌーヴェルヴァーグの母”と呼ばれるヴァルダの作品もまた、縦横無尽な軽やかさと社会への批判精神が共存している。

今週上映するのは伝説のアイコン、ジェーン・バーキンとの友情から生まれた『カンフーマスター!』と『アニエスV.によるジェーンB.』。ヴァルダの芸術性とバーキンのひらめきやカリスマ性が掛け合わされた唯一無二の2作品だ。

バーキンのポートレイトとして作られた『アニエスV.によるジェーンB.』。バーキン自身がいろいろなバーキンを演じている不思議なドキュメンタリーである。その中の1つのエピソードがそのまま長編となったのが『カンフーマスター!』だ。バーキン演じる40歳のマリーが、娘の同級生の15歳の少年と恋に落ちる。危ういストーリーはもともとバーキンのアイディアから生まれたそうだが、ヴァルダの現実的で鋭い視点――この恋愛が誰にとって「幸福」であるのか――が、切実な人生の物語を立ち上がらせている。また、ヴァルダとバーキンの実際の家族が出演し、エイズの恐怖が蔓延していた80年代の空気を映し出している(ヴァルダの夫ジャック・ドゥミはのちにエイズで亡くなった)ことも、特異なドキュメント性をもたらしている。

ところで、ヴァルダとバーキン、ふたりの交流のはじまりは『冬の旅』を観たバーキンが、ヴァルダに手紙を書いたことがきっかけだったそうだ。いっぽう『墓泥棒と失われた女神』の主演ジョシュ・オコナーも、ロルヴァケルの『幸福なラザロ』に感銘を受け何度も手紙を送ったことから出演が実現したのだという。

俳優たちの心にも火をつけてしまう魅力に満ちているヴァルダとロルヴァケル。ふたりが共に作品を作る機会は残念ながらなかったが、ファッションブランド「MIU MIU」が企画した短編映画プロジェクト「WOMEN'S TALES」*1 では、同じ年に作品を作っていたり(不思議なことによく似ている)、ふたりとも現代アーティスト・JRとの共同監督作品*2 がある。さらに、ロルヴァケルの長編デビュー作『天空のからだ』から全作品の撮影を務めているエレーヌ・ルヴァール*3 は、ヴァルダの『アニエスの浜辺』(2008)の撮影監督でもある。

映画史のなかで「ヨーロッパの女性監督」という繋がりだけでは決してくくり切れない、映画の魔法を教えてくれるふたりの作家の才能を、ぜひご覧ください。


*1 「WOMEN'S TALES」
アリーチェ・ロルヴァケル監督作『De Djess』
https://www.miumiu.com/jp/ja/miumiu-club/womens-tales/womens-tales-9.html
アニエス・ヴァルダ監督作『Les 3 Boutons(3つのボタン)』
https://www.miumiu.com/jp/ja/miumiu-club/womens-tales/womens-tales-10.html

*2 ヴァルダは『顔たち、ところどころ』(2017)、ロルヴァケルは『Omelia contadina(原題)』(2020)、『Allégorie Citadine(原題)』(2024)を、JRと共作している。

*3 エレーヌ・ルヴァール・・・・・1964年フランス生まれ。主な撮影監督作は『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)、『ペトラは静かに対峙する』(2018)、『17歳の瞳に映る世界』(2020)、『ロスト・ドーター』(2021)


幸福なラザロ
Happy as Lazzaro

アリーチェ・ロルヴァケル監督作品/2018年/イタリア/127分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本 アリーチェ・ロルヴァケル
■撮影 エレーヌ・ルヴァール
■編集 ネリー・ケティエ
■音楽 ピエロ・クルチッティ

■出演 アドリアーノ・タルディオーロ/アニェーゼ・グラツィアーニ/アルバ・ロルヴァケル/ニコレッタ・ブラスキ/ルカ・チコヴァーニ/セルジ・ロペス/トンマーゾ・ラーニョ

■2018年カンヌ国際映画祭脚本賞受賞/シカゴ映画祭最優秀作品賞受賞/ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞外国語映画トップ5選出

©2018 tempesta srl ・ Amka Films Productions・ Ad Vitam Production ・ KNM ・ Pola Pandora RSI ・ Radiotelevisione svizzera・ Arte France Cinema ・ ZDF/ARTE

【2025/1/18(土)~1/24(金)上映】

その人は疑わない、怒らない、欲しがらない。人は愚か者と呼ぶかもしれない。これはそんな人の物語。

時は20世紀後半、渓谷で外の世界と隔絶されたインヴィオラータ村(「汚れなき村」の意)。村人たちは領主であるデ・ルーナ侯爵夫人に支配されていた。彼らの中に誰よりも働き者の若い農夫がいた。彼の名はラザロ。お人好しが過ぎるあまり仲間から軽んじられ、仕事を押し付けられていた。

ある時、侯爵夫人の美しい息子タンクレディが町からやってくる。タンクレディはラザロを仲間に引き入れて自身の誘拐騒ぎを演出し、二人は強い絆で結ばれるようになる。その頃誘拐事件を発端に、村の存在が、領主による大規模な労働搾取の事件現場として世の中に報道される。結局村人たちは、揃って住み慣れた村から出ることになるのだが、ラザロだけは…。

実際に起きた詐欺事件から着想された 寓話的ミステリー。ラザロの無垢なる魂がもたらす圧倒的な幸福感に満たされる――。

本作は、前作『夏をゆく人々』で鮮烈な印象を残したアリーチェ・ロルヴァケルの長編3作目。2018年カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞。北米公開時には、マーティン・スコセッシが絶賛するなど、観た人を感動の渦に巻き込んだ。

1980年代初頭にイタリアで実際にあった詐欺事件を知った監督の驚きから生まれた本作。人間が享受してきた文明はそのスピードを加速させ、人間を疲弊させ、世界を荒廃させた。富める者はさらに富み、持たざる者はさらに失う現代に、世界をありのままに見つめるラザロの汚れなき瞳はあまりにも衝撃的だ。その無垢なる魂は観る者を浄化し、かつて味わったことのない幸福感を与えてくれるだろう。

ラザロ役のアドリアーノ・タルディオーロは、高校在学中に1000人以上の同世代男子の中から監督に発掘された新星。その無垢な瞳は見る者の心を溶かし、まさに現代に蘇ったラザロを体現し圧倒的だ。また今やイタリア映画界を代表する女優であり、監督の実の姉であるアルバ・ロルヴァケルが前作に続いて出演。侯爵夫人をロベルト・ベニーニの公私にわたるパートナーであり、『ライフ・イズ・ビューティフル』などで知られる女優ニコレッタ・ブラスキが演じる。

墓泥棒と失われた女神
La Chimera

アリーチェ・ロルヴァケル監督作品/2023年/イタリア・フランス・スイス/131分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 アリーチェ・ロルヴァケル
■撮影 エレーヌ・ルヴァール
■編集 ネリー・ケティエ
■セット・デザイン エミータ・フリガート
■衣装 ロレダーナ・ブシェミ
■サウンド・デザイン ザビエル・ラヴォレル

■出演 ジョシュ・オコナー/イザベラ・ロッセリーニ/アルバ・ロルヴァケル/カロル・ドゥアルテ/ヴィンチェンツォ・ネモラート

■第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/第95回ナショナル・ポード・オブ・レビュー外国語映画トップ5

© 2023 tempesta srl, Ad Vitam Production, Amka Films Productions, Arte France Cinéma

【2025/1/18(土)~1/24(金)上映】

誰もが幻想(キメラ)を探してる

80年代、イタリア・トスカーナ地方の田舎町。考古学愛好家のイギリス人・アーサーは、紀元前に繁栄した古代エトルリア人の墓をなぜか発見できる特殊能力を持っている。墓泥棒の仲間たちと掘り出した埋葬品を売りさばいては日銭を稼ぐ日々。そんなアーサーにはもうひとつ探しているものがある。それは行方知れずの恋人・ベニアミーナだ。ベニアミーナの母フローラもアーサーが彼女を見つけてくれることを期待している。しかし彼女の失踪には何やら事情があるようだ…。ある日、稀少な価値を持つ美しい女神像を発見したことで、闇のアート市場をも巻き込んだ騒動に発展していく…。

ギリシャ神話の悲劇のラブストーリーをモチーフにした墓泥棒たちの数奇な物語

監督は、フェリーニ、ヴィスコンティなどの豊かなイタリア映画史の遺伝子を確かに受け継ぎながら、
革新的な作品を発表し続けているアリーチェ・ロルヴァケル。カンヌ国際映画祭において『夏をゆく人々』(15)でグランプリ、『幸福なラザロ』(19)では脚本賞を受賞。マーティン・スコセッシ、ポン・ジュノ、ソフィア・コッポラ、グレタ・ガーウィグ、ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロン、ケリー・ライカートらがファンを公言したり、製作のバックアップに名乗りをあげるなど、世界中の映画人がその唯一無二の才能に惚れこんでいる。

アーサーを演じるのは、新世代の英国若手俳優を代表するひとりとしていま間違いなく名前が挙がるジョシュ・オコナー。『ゴッズ・オウン・カントリー』やチャールズ皇太子に扮したドラマ「ザ・クラウン」シリーズで高く評価され、『チャレンジャーズ』ではゼンデイヤ演じる主人公らと三角関係になる役柄を演じ話題沸騰。『幸福なラザロ』を観て感銘を受けたオコナーがロルヴァケル監督作品への出演を熱望し手紙を送ったことが本作の主演を務めるきっかけに。アーサーの恋人の母フローラを演じるのは、映画界の至宝ロベルト・ロッセリーニ監督の娘であり、『ブルーベルベット』で知られるイザベラ・ロッセリーニ。また、監督の実姉であり、常連俳優のアルバ・ロルヴァケルがスパルタコ役で出演。

今作はロルヴァケル監督作品のなかでも最も切なくロマンチックな物語だ。生と死、空想と現実の境目を自由自在に飛翔するマジック・リアリズム。まるで美しいトスカーナの迷宮に踏み込んでいくかのような、めくるめく幻想譚を堪能あれ。そして、愛の幻想を彷徨う男が冒険の果てに見つけたもの。魂の自由を賛美する恍惚のラスト、あなたもきっと心を奪われるに違いない。

アニエス V.によるジェーン B. デジタルレストア版
Jane B. for Agnes V.

アニエス・ヴァルダ監督作品/1988年/フランス/99分/DCP/PG12

■監督・製作・脚本 アニエス・ヴァルダ
■撮影 ヌリト・アビブ/ピエール=ローラン・シュニュー
■衣装 ロザリー・ヴァルダ/ローズ=マリー・メルカ
■編集 アニエス・ヴァルダ/マリー=ジョー・オーディアール

■出演 ジェーン・バーキン/ジャン=ピエール・レオー/ラウラ・ベティ/フィリップ・レオタール/アラン・スーション/セルジュ・ゲンズブール/シャルロット・ゲンズブール/マチュー・ドゥミ/フレッド・ショペル

©Ciné-tamaris / ReallyLikeFilms

【2025/1/18(土)~1/24(金)上映】

「ジェーン、いつもカメラのレンズを直視することを躊躇うのはなぜ?」

ジェーンが40歳の誕生日に、自身の30歳の誕生日を回想する間、アニエス・ヴァルダの伝説の女性への尽きることのないイメージがヴィヴィッドに展開する。その空想は、犯罪映画の妖婦、サイレントシネマの凸凹コンビ、モンローのように男たちのファンタジーの対象である女性、よくあるメロドラマの恋人たち、西部劇のカラミティ・ジェーン、ターザンのジェーン、そしてジャンヌ・ダルクへと、ジェーンのイメージを自由自在に拡張させていく。アニエスはまるで自身が画家でもあるかのように、ジェーンを名画の中に息づかせることも忘れない。

一方で綴られるジェーンの日常のスケッチ。そこにはセルジュ・ゲンズブールや娘たちとの時間も織り込まれる。そのどれもが、シャイで大胆で逞しく、危うくて儚くて美しい、ジェーン・バーキンの魅力を余す事なく切り取った、アニエスによる私的な肖像画になっている。

​アニエス・ヴァルダとジェーン・バーキンのインティメートな関係性の中で完成した、奇跡の映画。

1985年に『冬の旅』を観て感動したジェーン・バーキンは、アニエス・ヴァルダに初めて手紙を書いた。しかしその手紙の内容が「判読不能」だったアニエスは、ジェーンが何を自分に伝えたかったのかを知りたくて、オー=ド=セーヌ県のソー公園に誘い出した。その日は日曜日で、ジェーン・バーキンは嘆いていた。「最悪!もうすぐ40歳になるのに。」 当時57歳だったアニエス・ヴァルダは、彼女の言葉に呆れてしまった。「馬鹿げているわ、素晴らしい年齢じゃない!あなた自身のポートレートを撮る時が来たのよ!」この時のランデブーが、アニエスとジェーンを結びつけ、『アニエス V.によるジェーン B.』を生み出すきっかけとなった。アニエスは映画の完成直後にラジオ番組の取材を受けて、「私は変化に富んだ多様な女性の肖像を描きました」と語っている。

『アニエス V.によるジェーン B.』と『カンフーマスター!』は切っても切れない関係にあり、監督が二部作と考えるほど絡み合っている。初公開時の予告編では、観客に「どちらか一作品をみたら、もう一本も」観に行くよう勧められていたそうだ。クランクインから完成まで、一年半の期間をかけて制作されたこの二本のプロジェクトを機に、二人の女性は深い友情関係で結ばれた。

カンフーマスター! デジタルレストア版
Kung-Fu Master!

アニエス・ヴァルダ監督作品/1988年/フランス/88分/DCP/PG12

■監督・製作・脚本 アニエス・ヴァルダ
■原案 ジェーン・バーキン
■撮影 ピエール=ローラン・シュニュー
■音楽 ヨアンナ・ブルズドヴィッチ

■出演 ジェーン・バーキン/マチュー・ドゥミ/シャルロット・ゲンズブール/ルー・ドワイヨン/デヴィッド・バーキン/ジュディ・キャンプベル/アンドリュー・バーキン

©Ciné-tamaris / ReallyLikeFilms

【2025/1/18(土)~1/24(金)上映】

大人の女性と少年の恋

娘(シャルロット・ゲンズブール)が自宅の庭で開いたパーティーで、泥酔した同級生の少年ジュリアン(マチュー・ドゥミ)を介抱したマリー・ジェーン(ジェーン・バーキン)は、あろうことか15歳の少年に不思議な感情を抱く。ジュリアンもまた、40歳のマリー・ジェーンに恋愛感情を持っている。微妙な力関係の中、人目を盗んで密会を重ねる二人。そんなある日、二人がキスを交わしているところを、ルシーに目撃されてしまう。

ジェーン・バーキンの発案にア二エス・ヴァルダが応じる形で映画化が実現した作品。

『アニエス V.によるジェーン B.』はジェーンから提案された幾つものプロットを、アニエスが、時代のアイコンであるジェーンの肖像画を何枚も描いていくような手法で制作が進められていた。当初、その中の一つのプロットとしてジェーンから提案されたのが、思春期の少年に恋する女性の話『カンフーマスター!』だった。アニエスはこの企画の脚本は書いてみたものの、監督はパトリス・シェローに相談したらどうかと考えていた。しかしジェーンが彼女の書いた脚本に愛着を感じていることを知り、やはり自分で監督しようと思い直した。

本作は、『アニエスV.によるジェーンB.』の撮影・制作中に撮影されている。パリとロンドンのジェーンの自宅と実家で撮影。シャルロットの他、ルー・ドワイヨン、アンドリュー・バーキン、ジェーンの実の両親などファミリーが総出演している。映画のタイトルをゲームの名前でもある『カンフーマスター!』にしたのは、彼女の息子であるマチュー・ドゥミの気を引くためだったと、アニエスは語っている。なお「カンフーマスター」というゲームは、日本の「スバルタンX」の海外向けネーミングである。