2025.07.03
【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ
突然ですが、巨大な生き物ってロマンがありますよね?我らのような生き物偏愛家もそうでない方も「どこそこで巨大な○○が発見された」と聞くと浮足立ってしまう…という方もいるのではないでしょうか。宮崎県のある池に謎の巨大生物がいると報じられました。正体を現したのは、とにかく信じられないくらい大きいすっぽん。甲長は推測でも40センチくらいということで、あえて“デカい”という表現の方がそのスケール感を言い当てている感じがします。
さて、このコラムではカメが登場する映画を何度か取り上げたことがありましたが、今回取り上げるのはカメの兄弟とも遠い親戚とも言える、すっぽん。作品はパク・チャヌク監督の『別れる決心』です。
品行方正な刑事ヘジュンと、彼が捜査にあたった事件の被害者の妻であり重要な容疑者のソレ。惹かれてはいけない二人、ソレの事件が未解決に終わった後、ヘジュンは妻の勤務先のある郊外・二砲(イポ)へ転任します。ここでヘジュンが担当したのが、養殖場のすっぽんがすべて盗み出されてしまう盗難事件。映画の中だとひとつのエピソードとして通り過ぎてしまうこのシークエンスは、殺人事件などなかなか起こらないのどかな地域として架空に設定されている二砲の長閑さをそのまま表すように、犯人がバイクで逃走する際に盛大に転んでしまい、荷台から転がり落ちたすっぽんを捕まえようとしたヘジュンが指を噛まれたり、その後お土産に一匹もらって帰るというユーモラスな結末を迎えます。ちなみに宮崎県の池で見つかったデカすっぽんは、有識者の見解だとアメリカスッポンあるいはフロリダスッポン、『別れる決心』のすっぽんは断定できないもののおそらくニホンスッポンなようです。
私は初めて観た時から「なぜすっぽんなんだろう?」とずっと疑問でした。その芸術的演出や意味ありげなセリフから、『別れる決心』は何度も繰り返し鑑賞した観客による深読みが熱心に行われています。そこでマニアの皆さんの考察を読んでみました。ヘジュンと彼の妻は、それまで実に仲睦まじい二人だったのに、いざヘジュンが二砲へ引っ越すと破綻の兆しが見え始めます。「中年男性のうつ病に効く」(劇中セリフより)とするスタミナ食材のすっぽんは、ヘジュンの夫としての存在感を象徴しています。しかしのちに妻の浮気相手が登場し、お土産のすっぽんを持って妻と一緒に出て行ってしまうのです。このストーリーラインに照らし合わせるならば、すっぽんがいなくなることによって、ヘジュンはもはや夫ではなく結婚生活も終わるという、夫婦における“別れる決心”ともいえる出来事をほのめかしているという…。「大人のための映画」とパク・チャヌク監督本人が語っていることを考えると、たしかにそうした成熟した示唆を持つ作品なのだと大変納得しました。
さて『別れる決心』のすっぽん登場シーンを観ると、ヘジュンに蹴られたりしているのが分かります。私にとってかなりつらい場面であったのですが、同じような気持ちを抱いた韓国の動物愛好家団体が映画を製作するモホフィルムに質問状を送ったのだとか。回答によればヘジュンの指を噛むシーンなど一部はCGではあったものの、実際に生きているすっぽんが出演し、撮影後飼育施設に戻ったうちの3匹が命を落としてしまったそうです。何と悲しい…! 食用であるがゆえにやや乱暴な扱いを受けがちなのかもしれませんが、生き物たちはすべて映画の出演者の一人。できる限り尊重されてほしいものです。
(ミ・ナミ)