2025.09.11
【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

5月のニュースになりますが、大阪府茨木市の立命館大学にキツネが現れたそうです。大阪ではキツネは丘陵から山地に広く生息しているものの、タヌキのように市街地にまで出没することは少ないのだとか。キャンパスで撮影された写真には「珍しすぎて犬かと思った」と驚きの声が寄せられているそうです。
さてビジュアルでは大変可愛らしく、思わぬ遭遇に皆さん色めき立ってしまうキツネではありますが、映画などフィクションの世界では何かと憎まれ役を当てられることが多い印象です。たとえば私も子供の頃に児童映画教室で観て大泣きをした記憶がある『ごんぎつね』では、後半で改心し悲劇的な最期を遂げるもののいたずら好きな厄介者として登場します。欧米の童話などではさらに、より狡猾なキャラクターとして描かれることが多いのではないでしょうか。そんな中でも、キツネを親しみやすくかつリアルに描いた映画が、今回ご紹介するウェス・アンダーソン監督『ファンタスティック Mr.FOX』です。
農場などから鶏をくすねて暮らしていたキツネのMr. フォクシー・フォックス(たしかではないですがアカギツネかと思われます)は、妻フェリシティーの懐妊を機に新聞記者として働きはじめるのですが、良い暮らしを求めて人間の農場に近い丘の家を購入したことをきっかけに、獲物を盗む本能が目覚めてしまいます。人間たちは怒り心頭。ついに仕返しをし始めるのでした。
人間たちにはずる賢い盗人だと口々に罵られますが、フォクシーたちに言わせれば “We’re wild animals.” つまりごく自然な野生の本能なわけであり、生き物の大切な生息地である土を掘り返したりする農場主たちの方がずっと陰湿で意地悪です。映画後半、人間に甥っ子のクリストファソンが捕まってしまうと、フォクシーは「我らは生来の性質と特性を持つ野生動物」だと高らかに宣言し、仲間のアナグマたちとともにクリストファソンの救出に打って出るのです。動物たちには一般的に使われる呼称とは別に学問で使われる世界共通の呼び名「学名」があり、アナグマなら“メレス・メレス”、ウサギなら“オリクトラグス・クニクルス”などすべてラテン語で名付けられています。クリストファソン奪還のために使える野生動物としての特性(ビーバーなら“木をかじる”など)を話し合うシークエンスでウェス・アンダーソン監督は、人間に勝つための野生動物固有の習性と彼らの学名とをリンクさせるべく、スクリーン上にテロップでラテン語の学名を次々に列挙しています。フォクシーたちが生物としての名を呼ばれることで鼓舞され、野生へと立ち返る覚悟もまた垣間見える実に感動的な瞬間です。監督のキツネや野生動物への畏敬の念もうかがえる傑出した本作が87分という驚異的にコンパクトサイズであるのも信じられません。
ところで、もし実際にキツネに遭遇しても、彼らが保有する寄生虫エキノコックスに感染してしまう恐れがあるため、決して身体に触れてはいけないのだそうです。また可愛いからと餌付けするのもNG。キツネが人間を恐れなくなってしまうと、交通事故に遭ったりしてしまうからだといいます。彼らの野生である姿をリスペクトするには、我々人間は少々近づきすぎてしまったのかもしれません。
(ミ・ナミ)
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