今週は『ザ・スクエア 思いやりの聖域』と『ハッピーエンド』の二本立て。 はじめにお断りしますが、「思いやり」「ハッピーエンド」という優しい感じのタイトルに騙されてはいけません。どちらも、むしろ優しさとは真逆の、シニカルでアイロニカル、もっといえばかなり意地悪な人間ドラマです。
もっとも、監督の名前を知れば、「そりゃそうだ」と思う方も多いことでしょう。
『ザ・スクエア 思いやりの聖域』の監督は北欧スウェーデンのリューベン・オストルンド。前作『フレンチアルプスで起きたこと』では、スキーバカンス中のある事件をきっかけに崩壊の危機に陥る家族を、笑いとブラックユーモアで描きました。どんなに取り繕っていても、余裕がなくなった時に取る行動こそがその人の本質を表す、という主題は、美術館キュレーターがさまざまなトラブルに巻き込まれる顛末を描く新作『ザ・スクエア〜』でも引き継がれています。
『ハッピーエンド』は、陰鬱な映画を撮ったら右に出る者はいない(褒めています)オーストリアの巨匠ミヒャエル・ハネケの最新作。前作の『愛、アムール』で老夫婦の究極の愛の形を描いたハネケですが、本作はその続編のような設定になっており、フランス北部の裕福な家族の歪な関係性を、祖父と孫を中心に描き出しています。
スウェーデンとフランスを舞台にした両作品の重要なテーマであるのが「無関心」と「不寛容」です。移民・難民・格差に揺れるヨーロッパで、問題をより深刻にさせているのは、現代社会特有ともいえるそれらが原因なのではないかと映画は提示します。
一見良識や理解があるように見える富裕層やエリートの偽善、見て見ぬふり。そしてSNS・メディア時代に生きる現代人の関係の希薄さや、匿名性ゆえに簡単に起こしてしまうモラルを超えた行動。映画を観ていると、少なからず身に覚えのある感覚を味わうはずです。現代社会は単純ではありません。全てのことが複雑にこんがらがって、気が付けば私たちは息の詰まるような状態に陥ってしまっているのです。
以前当館で上映した『わたしはダニエル・ブレイク』『海は燃えている』も、ヨーロッパの今日的問題を通して、「隣人に関心をもつこと」や「隣人を受け入れること」の大切さを、温かくも厳しい視点で訴える作品でした。
今週の二本は、決して優しくはありません。風刺や皮肉に満ちた語り口で容赦なく観客を挑発します。しかし、先の二本とはまったく逆の描き方だけれど、本質的には同じ問題を扱っていると思います。混沌とした現代、ヨーロッパの監督たちが投げかける強烈な問いを、あなたはどう受け止めますか?
ハッピーエンド
Happy End
(2017年 フランス/ドイツ/オーストリア 107分 ビスタ)
2018年9月15日から9月21日まで上映
■監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
■脚本 クリスティアン・ベルガー
■撮影 モニカ・ウィリ
■出演 イザベル・ユペール/ジャン=ルイ・トランティニャン/マチュー・カソヴィッツ/ファンティーヌ・アルドゥアン/フランツ・ロゴフスキ/ローラ・ファーリンデン/トビー・ジョーンズ
■2017年カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品/2018年アカデミー賞外国語映画賞オーストリア代表
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フランスの移民問題を象徴する街カレーで建築業を営む裕福なロラン家。一家は、同じテーブルを囲み、食事をしても、それぞれの思いには無関心。SNSやメールに個々の秘密や鬱憤を打ち込むだけだ。
そんな家族のなかで、祖父ジョルジュと疎遠だった孫娘エヴが再会する。意に添わぬ場所ではボケたふりをして周囲を煙に巻きながら、死の影を纏うエヴのことも実はちゃんとお見通しのジョルジュ。一方、幼い頃に父に捨てられ、愛に飢え、死に取り憑かれたエヴもまた醒めた目で世界を見つめている。秘密を抱えたふたりの緊張感みなぎる対峙。ジョルジュの衝撃の告白は、エヴの閉ざされた扉をこじ開ける――。
『白いリボン』と『愛、アムール』で二度にわたって、カンヌ映画祭パルムドールに輝いた名匠ミヒャエル・ハネケ。老境の夫婦ジョルジュとアンヌの愛と死を描いた『愛、アムール』から5年、その物語の続きともとれる、新たな衝撃作を発表した。本作は、現代のヨーロッパに"教養あるブルジョワジーはもはや存在しない"ことを炙り出しながら、ディスコミュニケーションの闇が広がる今、孤独な魂の会合が断絶した絆に血が通う瞬間に観客を立ち会わせる。
祖父ジョルジュを演じるのは『愛、アムール』の名優ジャン=ルイ・トランティニャン。ジョルジュの娘役には、『ピアニスト』はじめ、ハネケ作品では常連のイザベル・ユペール。トランティニャンとユペールが前作に続いて父と娘を演じるのも見逃せない。ほか、マチュー・カソヴィッツ、トビー・ジョーンズら、ヨーロッパ屈指の実力俳優の饗宴に、ハネケによって抜擢されたファンティーヌ・アルドゥアンがヒロインとして加わった。
ザ・スクエア 思いやりの聖域
The Square
(2017年 スウェーデン/ドイツ/フランス/デンマーク 151分 ビスタ)
2018年9月15日から9月21日まで上映
■監督・脚本 リューベン・オストルンド
■撮影 フレドリック・ヴェンツェル
■編集 リューベン・オストルンド/ジェイコブ・シュルシンガー
■出演 クレス・バング/エリザベス・モス/ドミニク・ウェスト/テリー・ノタリー/クストファー・レス
■2017年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/アカデミー賞外国映画賞ノミネート/ヨーロッパ映画賞作品賞他6部門受賞/スウェーデン・アカデミー賞監督賞・撮影賞受賞 ほか多数受賞
©2017 Plattform Produktion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS
クリスティアンは権威ある現代美術館のキュレーター。彼は新たな企画として「ザ・スクエア」という地面に正方形を描いたアートを展示すると発表する。四角の中は人々に「思いやり」の心を思い出してもらうための聖域であり、社会をより良くする狙いがあった。だが、ある日、携帯と財布を盗まれたことに対して彼が犯してしまった行為は、同僚や友人、果ては子供たちをも裏切るものだった――。
前作『フレンチアルプスで起きたこと』で“壊れゆく家族の絆”を描き高い評価を得た、北欧の若き俊英リューベン・オストルンド。彼の最新作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』は、信頼と尊敬を集める紳士の行ったささやかな復讐が、やがて自身の人生を追い詰めていくことになる皮肉な運命の悲喜劇だ。世界中で話題を呼び、2017年のカンヌ国際映画祭では栄えある最高賞・パルムドールに輝いた。
主演は本作でブレイクを果たし、ヒット作『ドラゴン・タトゥーの女』の続編に出演が決定したクレス・バング。共演にドラマシリーズ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」でスターの階段を駆け上がるエリザベス・モス。アート界を舞台に、格差や差別といった現代社会の問題を抉り出し、痛烈な笑いをたっぷり交えながら、人間の本質を問いかけていく本作。世界が不寛容と欺瞞に染まりつつある今こそ観るべき、真の問題作が誕生した。