監督・脚本■ミヒャエル・ハネケ
1942年、ドイツ・ミュンヘン生まれ。両親は監督/俳優、女優で、3歳の頃には一家でオーストリアに移住した。その後、ウィーン大学在学中に哲学、心理学、演劇を学ぶ。67年からはドイツのテレビ局で脚本家として活躍。70年に独立してテレビドラマを初監督、同時に舞台監督としても多くの作品を演出。
『セブンス・コンチネント』(89)で映画監督デビューし、『ピアニスト』(01)ではカンヌ国際映画祭グランプリ、『隠された記憶』(05)では同映画祭監督賞、そして『白いリボン』(09)でついにパルム・ドールに輝く。
2012年完成予定の次回作では老年をテーマに、その苛立ちを描くという。“嘘”についても描くつもりだと語っている。
・セブンス・コンチネント(89)監督/脚本
・ベニーズ・ビデオ(92)監督/脚本
・ファニーゲーム(97)監督/脚本
・71フラグメンツ(94)監督/脚本
・カフカの「城」(97)監督/脚本
・コード:アンノウン(00)監督/脚本
・ピアニスト(01)監督/脚本
・タイム・オブ・ザ・ウルフ(03)監督/脚本
・毎秒[24]の真実(04)出演
・隠された記憶(05)監督/脚本
・ファニーゲーム U.S.A.(07)監督/脚本
・白いリボン(09)監督/脚本
オーストリアの映画作家、ミヒャエル・ハネケ。
ウィーン大学で哲学、心理学、演劇を学び、批評家を経て、ドイツのテレビ局に務め、テレビ映画などを制作。父は映画監督、母は女優という映画一家だが、彼の映画デビューは遅く、40代半ばと、遅咲きの才人である。発表される作品は、カンヌ映画祭をはじめ、数え切れぬほどの映画賞を受賞し、いまやヨーロッパで<もっとも次作が待望される監督>と評されている。
今週は、フランスを拠点に制作された作品群の結晶『ピアニスト』と『隠された記憶』を、そしてドイツ語映画に回帰して撮影された監督の集大成、2009年パルムドール受賞作品である『白いリボン』をお届けします。
ハネケ監督のフィルモグラフィーは、「私が生きている時代へのポートレート」と監督自身が語った、“感情の氷河期3部作”(『セブンス・コンチネント』『ベニーズ・ビデオ』『71フラグメンツ』)から始まる。その作品群には、情報や物に溢れた社会で、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息苦しく生きている人々の姿があった。
ハネケ監督の作品で最もセンセーションを巻き起こした『ファニーゲーム』とセルフリメイク作『ファニーゲーム U.S.A.』では、バカンスに訪れた家族が、二人の青年に理由もなく、なぶり殺しにされるといった衝撃的な内容で、暴力の持つ不条理で残酷な側面をどこまでも“純粋”に描ききっている。
ハネケの作品世界に薫る、暴力の存在。
規律に束縛され、無表情・無感動な人物たちの突発的な感情の爆発は私たちをひどく動揺させる。そして“不快”“不気味”と評される痛烈な後味は、誰もが持つ、“心の内に秘められた闇”にぶつかるからにほかならない。
ハリウッド映画に代表される、見世物的な演出を排し、写実的な描出と長廻しのテンポが“密室”にいるような緊張感を生みだすハネケ監督独自のセオリー。そこから紡がれる人間の存在を探求するドラマ。
ピアニスト
(2001年 フランス/オーストリア 132分 ビスタ/SRD)
2011年6月18日から6月21日まで上映
■監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
■原作 エルフリーデ・イェリネク
■撮影 クリスティアン・ベルガー
■出演 イザベル・ユペール/ブノワ・マジメル/アニー・ジラルド/アンナ・シガレヴィッチ/スザンヌ・ロタール/ウド・ザメル
■カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ・男優賞・女優賞/ヨーロッパ映画賞女優賞/セザール賞助演女優賞
エリカは子供のころからピアニストになるために、母から遊ぶ時間など許されずに厳しく教育されていた。現在は名門ウィーン国立音楽院のピアノ教授となっているが、母の夢だったコンサートピアニストになることはできず、自分を責めていた。彼女は母親の支配から逃れるために、ひそかにアダルトショップやドライヴイン・シアターでのぞきを行っている。今まで一度も自分の体を異性に触れさせたことはなく、潔癖が発展した病的なのぞき趣味と、空想的マゾヒズムの世界に生きていた。
ある日、小さなコンサートでピアノを弾いた青年ワルターがエリカに恋をする。エリカは彼の強い視線を感じ、いつしか彼女も彼に惹かれていくが、若いワルターの求愛にエリカは応えず、下半身だけを求める。そのアブノーマルなエリカの姿にワルターは戸惑いながらも、受け入れるしかなかった。
2001年カンヌ国際映画祭グランプリ、主演女優、主演男優のトリプル受賞を果たし、センセーションを起こした本作『ピアニスト』は、中年女性の初めての愛と同時に、彼女を愛しても本当の彼女を愛することに悩む青年の葛藤を描いている。後半に描かれる彼女の歪んだ愛には誰もが驚くだろうが、その姿は極めて特殊でありながら、規律に縛られた女性なら陥るかもしれないと思えるほどの普遍的な姿を描いている。巨匠・ハネケ独特の徹底したリアリズム描写による、愛しても愛することができない二人の切なさは観る者を圧倒し、悲劇的な物語はシューベルト、ショパン、ブラームスの美しい調べにのせて繰り広げられる。世界中に感動と衝撃を巻き起こした傑作をフィルムで観る貴重な機会!
隠された記憶
(2005年 フランス/オーストリア/ドイツ/イタリア 119分 ビスタ/SR)
2011年6月22日から6月24日まで上映
■監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
■撮影 クリスティアン・ベルガー
■編集 ミシェル・ハドゥスー/ナディン・ミュズ
■出演 ダニエル・オートゥイユ/ジュリエット・ビノシュ/モーリス・ベニシュー/アニー・ジラルド/ベルナール・ル・コク/ワリッド・アフキ/レスター・マクドンスキ/ダニエル・デュヴァル/ナタリー・リシャール
■カンヌ国際映画祭監督賞/LA批評家協会賞外国映画賞/ヨーロッパ映画賞作品賞・監督賞・男優賞・編集賞・国際評論家連盟賞
★プリント劣化のため、本編上映中一部お聞き苦しい箇所がございます。ご了承の上、ご鑑賞いただきますようお願いいたします。
テレビ局の人気キャスターであるジョルジュと美しい妻アンは、息子ピエロと共に幸せな生活を送っていた。そんなある日、ジョルジュの元に送り主不明のビデオテープが不気味な絵と共に何度も届くようになる。ビデオテープに映し出されるのは、ジョルジュの家の風景と家族の日常。回を追うごとに単なる映像が徐々にプライベートな領域へとエスカレートしていく。
不安が恐怖へと変わっていくジョルジュと家族。誰が何の目的で…?やがてジョルジュはある遠い日の記憶を呼び覚ます。記憶の底に隠された“無邪気な悪意”が引き起こしたある出来事とは…?そして、息子がいなくなった――
『隠された記憶』は、現代社会の裏に潜む闇を鋭く描き出した衝撃作。斬新な映像トリックと複雑に練られた脚本からなるスリリングなストーリーもさることながら、現代社会に渦巻く個人的・政治的抑圧に対する逆襲と当事者の無関心、といったまさに世界が直面するテーマをも内包し、世界各地で物議を醸した一方、絶賛され多くの賞を受賞した。
物語の核となる夫婦を演じているのは、2度ものセザール賞に輝く実力派俳優であるダニエル・オートゥイユ、『イングリッシュ・ペイシェント』でオスカーを受賞したジュリエット・ビノシュ。ハネケは以前から、何か人にはない秘密めいた影を持つオートゥイユと一緒に仕事がしたかったといい、本作の主役として想定していた。また、『コード・アンノウン』でも起用しているビノシュに関しても、彼女の類まれなる繊細さがアンというキャラクターをよりよく形作れる、との理由から、配役を決めていたという。監督が自ら希望した、崇高なほどの美しい演技で観客を魅了するビノシュと、複雑な役柄を驚異的な信憑性をもって表現したオートゥイユ、ふたりの共演が、作品にさらなる深みを与えている。
白いリボン
(2009年 ドイツ/オーストリア/フランス/イタリア 144分 ビスタ/SRD)
2011年6月18日から6月24日まで上映
■監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
■撮影 クリスティアン・ベルガー
■編集 モニカ・ヴィッリ
■ナレーション エルンスト・ヤコビ
■出演 クリスティアン・フリーデル/レオニー・ベネシュ/ウルリッヒ・トゥクール/フィオン・ムーテルト/ミヒャエル・クランツ/ブルクハルト・クラウスナー/ライナー・ボック/スザンヌ・ロタール/ウルシーナ・ラルディ/シュテッフィ・クーネルト/ヨーゼフ・ビアビヒラー/ブランコ・サマロフスキー
■カンヌ国際映画祭パルム・ドール/全米批評家協会賞撮影賞/NY批評家協会賞撮影賞/LA批評家協会賞撮影賞/ゴールデン・グローブ外国語映画賞/ヨーロッパ映画賞作品賞・監督賞・脚本賞
舞台は第一次世界大戦前夜の北ドイツの小さな村。大地主の男爵を中心に、人々が静かに暮らすプロテスタントの村を、数々の奇妙な事故が襲う。やがて連なる“罰”の儀式…疑心暗鬼の村人たち、そして苦しむ子供たち。この村に一体何が起きているのか?
すべてはドクターの落馬事故から始まる。小作人の転落死、男爵家の火事、荒らされたキャベツ畑、子供の失踪。それぞれの事件が、徐々に村の空気を変えていく。誰の仕業なのか、皆が不信感を募らせる。そして村人たちの素の顔が、徐々に浮き彫りになっていく。陽気な収穫祭に湧き、澄んだ讃美歌の響く教会に集うこの村に潜む、悪意、暴力、嘘、欺瞞。少年の腕に巻かれた白いリボンは、「純真で無垢な心」を守れるのだろうか。
これまではグランプリや監督賞を受賞しながらも、人間の心の闇に執拗に迫る作風に意見が二分されてしまったハネケ作品。審査委員長が『ピアニスト』でカンヌ主演女優賞を受賞したイザベル・ユペールだったことから、今年こそは最高賞かと揶揄する声もあったが、映画祭終盤に上映されるや、そんな意見はふっとんでしまった。美しくも完ぺきな映像の世界は、厳しいカンヌの常連を引き込み、有無を言わせなかった。「とにかく素晴らしい映画を選んだだけ」。このユペールの言葉は、駆け引きなし、的確に言い表していたに過ぎないのを、誰もが認めざるを得なかった。
10年間に及ぶフランスでの映画づくりを経て、ハネケが久しぶりに母国語であるドイツ語映画に回帰したこの作品は、面白さと不安、そして美しいモノクロ映像で米アカデミー賞の外国語映画賞と撮影賞にノミネートされたほか、ゴールデン・グローブ賞やヨーロッパ賞など世界中の映画賞を席巻。ドイツのアカデミー賞にあたるドイツ映画賞では、作品賞・監督賞をはじめ10部門を総なめにし、2009年を代表する1本として映画史に名を刻んだ。