穏やかな日常が、突然終りを迎えたら。
昨日まで“普通”だったものを、
今日すべて失ってしまうことがあるかもしれない。
『偽りなき者』のルーカスは幼稚園教師。
温厚な人柄で、まだ赴任して日が浅いものの園児たちからも好かれている。
だがある日、親友テオの娘であるクララがついた小さな嘘によって、
彼は仕事も恋人も、友人たちの信用もあっという間に奪われてしまう。
『愛、アムール』のジョルジュとアンヌは長年連れ添ってきた仲睦まじい夫婦だ。
共に音楽家であるふたりは、お互いを尊重しあい生きてきた。
しかしある朝唐突に、その日々は終りを告げる。アンヌは病魔に冒されていたのだ。
静かに、だが確実にアンヌは壊れてゆく。
今週上映する二作品が掲げる問題は、決して他人事ではない。
単なる“フィクション”の先にある、
涙なんて一筋も流れないほどの厳しい“現実”が、こちらにじりじりと迫ってくる。
これは実際に私達の身に起こり得る物語なのだ、と。
自分の無実を、自分しか証明できない孤独な戦い。
小さな町で一人ぼっちになる厳しさに極限まで追い詰められながらも、
ルーカスは立ち上がる。
ゆっくりと弱っていく妻と、夫は、自分一人で向き合おうとする。
それまで夫婦がそうしてきたように、最後まで二人で生きると決めたのだ。
それは死にゆく最愛の人への、最大限の愛情であっただろう。
誇りを失わず、真実のため、愛のために。
人間とは、そして人生とは、こんなにも厳しく、尊い。
二作のそれぞれのラストを、あなたはどう観るだろうか。
そこには意外にも、映画にしか成し得ない
“現実”を越えた“フィクション”が待ち構えている。
衝撃とか驚愕とかいう言葉で単純に表すことなどできないこの結末を、
目を反らさずに、しっかりと見届けてほしい。
(パズー)
偽りなき者
THE HUNT
(2012年 デンマーク 115分 シネスコ)
2013年8月17日から8月23日まで上映
■監督・脚本 トマス・ヴィンターベア
■脚本 トビアス・リンホルム
■撮影 シャルロッテ・ブルース・クリステンセ
ン
■音楽 ニコライ・イーグルンド
■出演 マッツ・ミケルセン/トマス・ボー・ラーセン/アニカ・ヴィタコプ/ラセ・フォーゲルストラム/スーセ・ウォルド/ラース・ランゼ/アレクサンドラ・ラパポルト
■第65回カンヌ国際映画祭主演男優賞受賞/第25回ヨーロッパ映画賞脚本賞受賞・ほか主要4部門ノミネート
離婚と失業の試練を乗り越え、ようやく穏やかな日常を取り戻した幼稚園教師、ルーカス。そんな彼はある日、親友テオの娘クララの作り話が元で変質者の烙印を押されてしまう。あるのはクララの証言のみ。無実を証明できる手立ては何もない。町の住人はおろか、唯一無二の親友だと信じて疑わなかったテオまでもが、幼いクララの言葉を疑いなく信じ込み、ルーカスの声に耳を貸そうとしない。噂はあっという間に町中に広がり、仕事も親友も、信用も全て失ったルーカスは小さな町で孤立していく…。
『セレブレーション』や『光のほうへ』など、常に問題意識の高い秀作を創り出してきたトマス・ヴィンターベア監督。サスペンスフルなストーリー・テリングと人間心理の深淵をえぐるような演出力を発揮した本作は、間違いなく彼の最高傑作と言えるだろう。主人公ルーカスを演じるのは、“北欧の至宝”と謳われる名優マッツ・ミケルセン。町の人々からどんなに虐げられても、誇りを忘れず生きるルーカスの魂の叫びを、渾身の力で熱演し、見事カンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた。
「純真な子供は本当のことしか言わない」――そんな固定観念に基づいて、少女の作り話を事件へとエスカレートさせていく大人たち。映画と同様の出来事が起こった時、私達は彼らとは違う行動がとれるだろうか? 人間の良識と勇気を問う、衝撃のヒューマンドラマが誕生した。
愛、アムール
AMOUR
(2012年 フランス/ドイツ/オーストリア 127分 ビスタ)
2013年8月17日から8月23日まで上映
■監督・脚本 ミヒャエル・ハネケ
■製作 マルガレート・メネゴス/シュテファン・アルント/ファイト・ハイドゥシュカ/ミヒャエル・カッツ
■撮影 ダリウス・コンジ
■編集 モニカ・ヴィッリ/ナディン・ミュズ
■出演 ジャン=ルイ・トランテイニャン/エマニュエル・リヴァ/イザベル・ユペール/アレクサンドル・タロー/ ウィリアム・シメル
■第65回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞/米アカデミー賞外国語映画賞受賞・作品賞ほか主要4部門ノミネート/ヨーロッパ映画賞最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞受賞/ほか多数受賞・ノミネート
「今夜の君は、きれいだったよ」夫は妻に、いつものように語りかけた。夫ジョルジュと妻アンヌ。パリのアパルトマンに暮らす彼らは、ともに音楽家の老夫妻。ふたりはアンヌの愛弟子のピアニストの演奏会へ赴き、満ちたりた一夜を過ごしたのだった。
翌日、いつものように朝食を摂っている最中、アンヌに小さな異変が起こる。突然、人形のように動きを止めたのだ。彼女の症状は、病による発作であることが判明。手術を受けるも失敗に終わり、アンヌの体は不自由になってしまう。医者嫌いの彼女が発した「二度と病院に戻さないで」との願いを聞き入れ、車椅子生活となった妻と、夫は自宅でともに暮らすことを決意するが…。
前作『白いリボン』でカンヌを席巻した巨匠、ミヒャエル・ハネケ監督。彼が次に見据えたのは、意外にも、一組の夫婦の静かな老境、その愛の行く末だった。人間誰しもが避けて通ることのできない「老い」と「死」。その淵に立つふたりの姿は、観る者に、来るべき日の存在を否応なく突きつける。
夫ジョルジュを演じるのは、『男と女』『暗殺の森』など、数々の作品に出演してきた名優ジャン=ルイ・トランテイニャン。妻アンヌには、『二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァ。さらに彼らの娘、エヴェ役をハネケ作品『ピアニスト』に主演したイザベル・ユペールが演じる。
愛する者が死に臨む、その姿を見届けることは、はたして愛の終焉か。それとも幸福の完成なのか。名匠と最高のキャスト陣は、静かな熱を持って、究極の問いを投げかける。