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それらの家並と岩肌を緑で覆うためには
――空にひとつの意味があるかぎり――闇のなかへ
それよりも暗い根を、沈めてやらねば。

チェーザレ・パヴェーゼ
詩集『働き疲れて』より「風景 五」(川島英昭 訳)
(ウィンターズ・ボーン/ダニエル・ウッドレル著・黒原敏行訳 冒頭部分より)

21世紀の先進大国・アメリカに、世間から見捨てられたような生活を営む人々がいる。『ウィンターズ・ボーン』で描かれるのは、ミズーリとアーカンソーの州境にまたがる高原、オザークに住む「ヒルビリー」と呼ばれる人々の物語だ。

主人公の少女・リーは17歳。失踪した父と精神を病んだ母親に代わり、学校には行かず幼い弟妹の世話を引き受けている。酒とヤク漬けで、前科持ちは当たり前のヒルビリーの大人たちのようにはなって欲しくない。リーは弟たちに教えてやる。銃の使い方、動物の狩り方、さばき方、この貧しい森で生きて行くための術を。一家の大黒柱としてその背中に全てを背負ったこの少女は、やがて家族を襲う最大の危機にも体ひとつで立ち向かう。家族の命を脅かすのは、他でもない自分のルーツである一族の血と掟だ。幸か不幸か、この底知れぬ闇へ猛進する彼女を支えるのもまた、彼女が一族の女たちから受け継いだ悲しいまでの強さなのだ。

「世界一幸福な国」デンマークの片隅で、今、蔓延する不幸に喘ぐ若者たちがいる。人口の割合で換算すれば日本の4倍もの数になると言われるホームレスのうち、4分の1は30歳以下で、アルコール依存、薬物依存の者が大半を占めるという。

『光のほうへ』に登場する2人の兄弟たち。その暮らしぶりは幸福な国の住民としておよそ似つかわしくないばかりか、観客を驚愕させるほど悲惨だ。彼らは劣悪な家庭環境に育ち、育児放棄した母親に代わって世話していた弟が死んでしまった過去を持つ。大人になってもその傷から立ち直れぬまま、成す術もなく不幸の連鎖に堕ちて行く姿はあまりにも弱く、脆い。彼らは、しかしかつて幼い弟を愛した少年の心を失ってはいない。その優しい心こそが彼らを弱者たらしめ、より苦しめているのかもしれなくても。

知られざる世界の暗部に生まれ、必死に今日を繋いでいく主人公たち。明日食べるものにも困窮し、犯罪の中を生き、誰の目にもとまらないちっぽけな存在かもしれない彼らの行く末は、このままなら生まれたのと同じように光の届かない場所なのだろう。けれど、どんな環境においても、人はより良い人生を望むもの。その望みは時に過ちを引き寄せるかもしれないが、精一杯の力を振り絞って未来へ手をのばす彼らが、ひとすじの光が降り注いだように輝く瞬間がある。それは、捨ててしまえばもっと楽になれたかもしれない強さや優しさ。生まれ持った彼らの本質が濁りなき無垢な姿のまま現れたとき、それは人を魅了し、またいつ失われてしまうかもしれない儚さは胸を締め付ける。

『光のほうへ』の原題「SUBMARINO」には、顔を水中に無理やり沈める「拷問」の意味があるという。原題と邦題ではかなり印象が違うが、私はどちらも良いタイトルであると思う。闇に沈み込み、まさに今溺れんとしている彼ら彷徨える子どもたちが、誰からも救いを与えられないなら、せめて自らが光となってその道を照らせますように。そう願わずにはいられないからだ。

(ザジ)


光のほうへ
SUBMARINO
(2010年 デンマーク 114分 ビスタ/SRD) 2012年2月11日から2月17日まで上映 ■監督・脚本 トマス・ヴィンターベア
■脚本 トビアス・リンホルム
■原作 ヨナス・T・ベングトソン「SUBMARINO」

■出演 ヤコブ・セーダーグレン/ペーター・プラウホー/パトリシア・シューマン/モーテン・ローセ

■ベルリン国際映画祭コンペティション正式出品/2010年北欧映画賞/ノルウェー国際映画祭批評家賞/デンマーク・アカデミー賞助演男優賞ほか5部門受賞

いま、渇望の底から手をのばし、
かすかな愛にふれる。

picアルコール依存症の母親と暮らす兄弟は、貧困や暴力があふれた悲惨な毎日を過ごしていた。唯一の希望は年の離れた幼い弟だけ。育児放棄している母の代わりに、盗んだミルクをランドセルにほおり込み、ふかしタバコをを片手に赤ん坊をあやす。電話帳からでたらめに名前を付け、教会の洗礼の真似をする。過酷な状況のなか、確かにそこには希望があり、心の触れ合いがあった。しかし、あまりにも突然に弟は死んでしまう。弟の死は自分たちのせいなのか?

picその後、つらい記憶を封印するように、お互い関わらずに生きてきたふたり。兄は臨時宿泊施設で暮らす日々。前の恋人と別れ自暴自棄になり、暴力事件を起こして最近まで刑務所に入っていた。苛立ちを隠すことなく、酒と、肉体を鍛えることで、毎日の時間を埋めている。弟は妻を交通事故で亡くし、幼い息子とふたり寄り添うように暮らしているが、息子を愛するいっぽうでドラッグに溺れていた。そんなある日、弟のもとに母親の死の知らせが届く。そしてふたりは、憎んでいた母の葬式でやっと再会するが…。

哀しみと怒りにとらわれ、もがきながら生きる兄弟。
絶望の数だけ、光を求めて。
心に突き刺さる希望の物語。

picカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した『セレブレーション』、ラース・フォン・トリアーを脚本に迎えた『DEAR WENDY ディア・ウェンディ』などで、今やデンマークを代表する監督となったトマス・ヴィンターベア。世界7ヶ国で発売されている原作「SABMARINO」に惚れ込み、自身で脚本も手がけた本作は、2010年のベルリン国際映画祭コンペ部門での上映を皮切りに世界から熱狂的に迎えられ、数々の賞を受賞した。なかでも2011年デンマーク・アカデミー賞では最多14部門にノミネートされ、見事5部門を獲得した。

過ちと償い、愚かさと犠牲、そして残酷な運命を、善悪を問うのではく、静謐な眼差しでゆっくりと照らしだす。人は孤独の暗闇の中でも、人とつながりたいと心から求めたとき、光を見つけてまた歩き出せる――。トマス・ヴィンターベア監督の最新作にして最高傑作がここに誕生した。


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ウィンターズ・ボーン
WINTER'S BONE
(2010年 アメリカ 116分 PG12 ビスタ/SRD) pic 2012年2月11日から2月17日まで上映 ■監督・脚本 デブラ・グラニック
■脚本・製作 アン・ロッセリーニ
■製作 アリックス・マディガン=ヨーキン
■原作 ダニエル・ウッドレル「Winter's Bone」
■撮影 マイケル・マクドノー

■出演 ジェニファー・ローレンス/ジョン・ホークス/デイル・ディッキー/ギャレット・ディラハント/シェリル・リー

■アカデミー賞主要4部門ノミネート/サンダンス映画祭グランプリ・脚本賞受賞 ほか多数

家族のために
未来のために
彼女は大人になるしかなかった――

picミズーリ州南部のオザーク山脈に住む少女リー・ドリーは17歳にして一家の大黒柱の役目を追っている。ドラッグ・ディーラーの父親は長らく不在で、辛い現実に耐えかねて精神のバランスを崩した母親は言葉を発することすらほとんどない。幼い弟と妹の食事を用意し、はるか遠い学校まで送り届ける毎日。生活資金は今にも尽き果てようとしていた。

しかし、そんなリーのもとにさらに衝撃的な事実が告げられる。警察に逮捕され、長い懲役を宣告された父が、自宅と土地を保釈金の担保にして失踪し、父が見つからなければリーたちの家は没収されるというのだ。やむなく父親探しに乗り出したリーだが、ならず者だらけの親族は全く協力してくれず、妨害工作まで仕掛けてくる。まさしく命懸けの冒険に身を投じたリーは、その果てにいかなる真実を探り当てるのか…。

17歳の少女が直面する、アメリカの闇。
インディペンデント映画の新たな傑作と絶賛された
心揺さぶる、“生きる”ことの物語!

pic本作『ウィンターズ・ボーン』が観る者の目を釘付けにするのは、アメリカ社会から見捨てられたかのような山村の厳しい現実だ。大自然の凍てつく風景、あちこちに投げ出されたガラクタや錆びついた車、痩せこけた動物たち。そこで繰り広げられるのは、ひたむきで恐れを知らぬ少女の真実を追い求める旅。時に理不尽な暴力に打ちのめされようとも、愛する家族と一緒にいるために、自分の未来を切り開くために、主人公リーは決してくじけず、あきらめない。さながら地獄巡りのごとき小さなヒロインの冒険は、非情な“掟”に縛られた村に風穴を開け、閉ざされた闇の世界に希望の光を差し込ませていく――。

サンダンス映画祭でグランプリ&脚本賞の2冠に輝き、第83回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞の4部門にノミネート。世界の主要映画賞で計46部門もの賞を受賞したこの驚くべき本作は、きわめて小さな予算規模のアメリカ映画としては破格の成功を収めたヒューマン・ドラマである。主人公リーを演じたのはジェニファー・ローレンス。映画の舞台にの環境に溶け込むように挑んだ渾身の役作りと豊かな表現力は、アメリカ映画界の次世代スターの誕生を強烈に印象付けている。


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