橋口亮輔監督が7年ぶりに生み出した新作『恋人たち』の人、人、人。
婚約者を突然通り魔に殺された男の前から、崩れ落ちていくひとつの現実。
裁判を起こすために相談した弁護士にはこう言われた。
「ひどい世の中だからしょうがない」
受けとめられない現実が、次々と彼の世界を上滑りしていく。
働けない病に侵されても保険料を支払わなければならない現実。
いなくなった彼女を夢に見てしまうほどの心の傷の前で、無意味な現実。
平凡から抜け出すことができない主婦が見ている光景も、
片想いを打ち明けられないまま無理解な社会に甘んじて生きてきた
ホモセクシャルの男性が見ている光景も、そんなひどい世の中だ。
わたしたちは無意味の上には暮らせないのだろうか。
黒沢清が描く『岸辺の旅』の妻の元には、3年前に失踪した夫が帰ってきた。
「俺、死んだよ」その一言を彼女はそのまま受け止める。
いつまた消えてしまうかもしれない、存在の不安定な夫に連れられて、
彼女は旅に出た。
この旅の途中に、彼女は何度この曖昧な現実に翻弄されるだろう。
なにしろルールの分からない世界だ。死んだことに気づかないまま生きる人。
すでに死んでいるのに、死にたくないと言いながら死んでいく人。
死があまりにも近くにあって、生きている意味などどこにあるのかわからない。
しかし、彼女は目の前のいる死んだ夫の姿を一度だって、疑ったりしない。
彼女は彼と一緒に生きたいからだ。
生きていても、死んでいても意味がないような現実に、わたしたちは生きているのかもしれない。
映画の登場人物たちは、悩み苦しみながらそんなふうに生きて、少しずつ自分の存在を確信していく。
曖昧で出鱈目なこの現実を、超然と受け止める黒沢清。
痛ましさに、優しく寄り添う橋口亮輔。
不安定で、流動的な現実をみつめる。
そんな映画監督たちがいることが心強い。
岸辺の旅
(2015年 日本/フランス 128分 シネスコ)
2016年4月16日から4月22日まで上映
■監督・脚本 黒沢清
■原作 湯本香樹美「岸辺の旅」(文春文庫刊)
■製作 畠中達郎/和崎信哉/百武弘二/水口昌彦/山本浩/佐々木史朗
■脚本 宇治田隆史
■撮影 芦澤明子
■美術 安宅紀史
■編集 今井剛
■音楽 大友良英/江藤直子
■出演 深津絵里/浅野忠信/小松政夫/村岡希美/奥貫薫/赤堀雅秋/千葉哲也/蒼井優/首藤康之/柄本明
■第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞受賞/第89回キネマ旬報ベスト・テン第5位・主演女優賞受賞
3年間、失踪していた夫・優介が突然帰ってきた。だが、優介は「俺、死んだよ」と妻・瑞希に告げる。そして、「一緒に来ないか、きれいな場所があるんだ。」という言葉に誘われるまま、2人で旅に出ることに…。それは、優介がこれまでお世話になった人々を訪ねていくという旅だった。
優介が見たこと、触れたこと、感じたことを同じ気持ちで感じていく瑞希。旅を続けるうちに、2人はそれまで知らずにいた秘密も知ることになる。お互いへの深い愛を、「一緒にいたい」という純粋な気持ちを感じ合う2人。だが、瑞希が優介を見おくり、言えなかった「さようなら」を伝える時は刻一刻と近づいていた――。
湯本香樹美の原作を『トウキョウソナタ』の名匠・黒沢清が映画化! 夫婦役として初共演を果たしたのは、『悪人』でモントリオール世界映画祭最優秀主演女優賞を受賞した深津絵里と、『マイティー・ソー』でハリウッド・デビュー、『私の男』でモスクワ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した浅野忠信。国際的に活躍する実力派のW主演となる。また、旅の途中で出会う人々には、小松政夫、蒼井優、柄本明などの名優が勢ぞろいした。
死をも超えた<夫婦の愛>にまっすぐ向き合った本作は、第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門にて、日本人初となる監督賞を受賞。その熱狂のままに秋にはフランス国内でも劇場公開し高評価をうけた。「黒沢清の新境地!」と絶賛された<究極のラブストーリー>。生と死を巡る深い物語が観る者を感動で包み込む。
恋人たち
(2015年 日本 140分 ビスタ)
2016年4月16日から4月22日まで上映
■監督・原作・脚本 橋口亮輔
■製作 井田寛/上野廣幸
■撮影 上野彰吾
■美術 安宅紀史
■音楽・主題歌 明星/Akeboshi
■出演 篠原篤/成嶋瞳子/池田良/安藤玉恵/黒田大輔/山中崇/内田慈/山中聡/リリー・フランキー/木野花/光石研
■第89回キネマ旬報ベスト・テン第1位・監督賞・脚本賞・新人俳優賞受賞/第39回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞(篠原篤)/第70回毎日映画コンクール日本映画大賞・録音賞受賞/第58回ブルーリボン賞監督賞受賞 ほか多数受賞、ノミネート
東京都心部に張り巡らされた高速道路の下。アツシの仕事は、ノック音の響きで破損場所を探し当てる橋梁点検だ。健康保険料も支払えないほどに貧しい生活を送る彼には、数年前に愛する妻を通り魔殺人事件で失ったつらい過去がある。
郊外に住む瞳子は、自分に関心のない夫と姑の3人暮らし。皇族の追っかけをすることや、漫画を描いたりすることだけが楽しみだ。ある日、パート先にやってくる取引先の男と親しくなり、瞳子の平凡な毎日は刺激に満ちたものとなる。
エリート弁護士の四ノ宮は、自分が他者より優れていることに疑いをもたず、一緒に暮らす同性の恋人への態度も常に威圧的だ。そんな彼には学生時代から秘かに想いを寄せている男友だちがいるが、ささいな出来事がきっかけで誤解を招いてしまう――。
『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』の橋口亮輔監督が7年ぶりに放つ長編監督作。不器用だがひたむきに日々を生きる“恋人たち”が、もがき苦しみながらも、人と人とのつながりを通して、ありふれた日常のかけがえのなさに気づく姿を、時折笑いをまじえながら繊細に丁寧に描きだした。
メインキャストの3人は、監督自らがオーディションで選び彼らのキャラクターを活かしてアテ書きしたという無名の新人俳優だ。経験は浅いながらも、監督の期待に応え、劇中では「今、ここで生きている人」として存在し、演技以上にリアルな感情を溢れさせている。さらに彼らを支えるべく、光石研、安藤玉恵、黒田大輔、リリー・フランキーら、個性溢れる実力派が顔を揃えた。
不条理に満ちたこの世界を、それでも慈しみ肯定する――。明日に未来を感じることすら困難な“今”を生きるすべての人に贈る、絶望と再生の物語が誕生した。