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橋本亮輔監督のつくる映画は、とても優しい。

それは取ってつけたような癒しをまとった映画とはまるで違う。
どうしようもなく駄目なところ、良いところを含めて
人を見る目がとても優しい。
生きてると何か色々あって、自分ばっかり違う気がするけど
そうじゃないんだとさらりと言ってくれる気がする。

今週の二本立ては、橋本亮輔監督特集。
『ハッシュ!』は人と繋がる勇気を持って人生を生きようとする
一人の女性とゲイのカップルの物語。
それから6年もの歳月を経て誕生したのが
最新作『ぐるりのこと。』である。

『ハッシュ!』が自分の中から外へ、
一歩踏み出す始まりの物語であるなら、
『ぐるりのこと。』はその続き。
それから私たちはどうやって生きていくのか。

「希望は、人と人とのつながりの中に生まれる」というメッセージは、
ゆっくりと奥まで染みわたる。
人間は孤独だけれど一人きりでもないと知った時に、
人は優しくなれるのかもしれない。

ハッシュ!
hush!
(2001年 日本 135分 ビスタ・SR)

2009年3月14日から3月20日まで上映 ■出演 田辺誠一/高橋和也/片岡礼子/秋野暢子/富士眞奈美/光石研/つぐみ/沢木哲

■2001年カンヌ国際映画祭監督週間部門正式出品/文化庁優秀映画賞/キネマ旬報主演女優賞(片岡礼子)/2002年ブルーリボン主演女優賞(片岡礼子) /報知映画賞主演男優賞(田辺誠一)/ヨコハマ映画祭作品賞ほか

「結婚とか、付き合うとかではなく、子供がほしいの」

ペットショップで働く直也(高橋和也)はゲイであることをオープンにして自分に忠実に生きつつ、周囲とも上手くやっている。一方、土木研究所で働く勝裕(田辺誠一)はゲイである事を隠し、同僚の女性に思いを寄せられるもそれさえはっきり拒めない、いつも曖昧な自分に嫌気がさしている。一見正反対の二人だが、惹かれあい付き合い始める。

そしてここにひとりの女性、朝子(片岡礼子)が現れる。歯科技工士の朝子は人生を諦めたように好きでもない男とも寝て、空っぽの気持ちを誤魔化す毎日。そんな朝子が、勝裕がゲイだと知った上で相談を持ちかける。セックスしなくても、精子だけ提供してもらえたら妊娠出来るから子供を産ませてほしい、と・・・。

pic最初から希望を持たなければ失望する事もない。頑張ってもダメだったら、じゃあその先は?朝子はそんな自分を振りほどいて、「子供がほしい」と言った。一見突拍子もないように見えるこの言動は、朝子が精一杯人生と向き合おうとした結果だ。片岡礼子が演じる朝子の佇まいとぶっきらぼうな喋り方、だけど純粋すぎるほどのがむしゃらさは本当に魅力的だと思う。

直也と勝裕のやりとりも自然で、子どもをつくるという事にしだいに夢をふくらませてゆくところなど、可笑しくも微笑ましく描かれている。「普通」の感覚を持った人たちから見たら滑稽で非常識かもれないけれど、自分たちなりの希望を守ろうとする姿は逞しく、もうすでに子を持つ母のようだ。


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ぐるりのこと。
(2008年 日本 140分 ビスタ・SRD)

2009年3月14日から3月20日まで上映 ■原作・脚本・編集・監督 橋口亮輔
■出演 木村多江/リリー・フランキー/倍賞美津子/寺島進/安藤玉恵/八嶋智人/寺田農/柄本明

■2008年度ブルーリボン賞主演女優賞(木村多江)・新人賞(リリー・フランキー)/2008年度日本アカデミー賞優秀主演女優賞(木村多江)/2008年度高崎映画祭最優秀作品賞・最優秀主演女優賞(木村多江)/2008年度山路ふみ子映画賞/2008年度報知映画賞最優秀監督賞

ぐるりのこと。自分の身の周りのこと。または、自分をとりまく様々な環境のこと。

pic何事にもきちんとしなければ気がすまない妻の翔子(木村多江)。一方、夫のカナオ(リリー・フランキー)は職を転々とし、どこかのんびりとしていて頼りなげ。翔子のお腹の中には子供が宿っていて、二人で子供の誕生を待ちわびるいたって平穏な日々。そんなある日、先輩から紹介されカナオは法廷画家として働くようになる。不慣れな環境にも慣れた頃、夫婦を悲劇が襲う。二人にとっての、初めての子供の、死・・・。

このことがきっかけとなり、翔子はゆっくりと、うつになっていく。

『ハッシュ!』公開後、橋本監督自身もうつ病に悩まされる。この経験が本作に生かされているのがよく分かる。

黙って座っているだけでも周りの空気を張り詰めさせる木村多江の演技は本当に心を病んでしまったのではないかと思う程で、リリー・フランキーもまた、あまりにも自然な包容力で妻を守ろうとする。本作が本格的な映画初主演となるリリー・フランキーは、いい意味で演技をしているようにはとても見えない。

「ふたりのドキュメンタリーを撮るつもりでのぞんだ」と監督は話す。特に印象深いのは、取り乱した翔子を落ち着かせようとするカナオ、その後バカみたいな会話で泣き笑いみたいになる翔子、私はこのシーンが大好きです。

pic人、人、人・・・・・・

この映画は、夫婦の10年を追うとともに、90年代に実際に起きた様々な事件を追っている。地下鉄サリン事件、連続幼女誘拐事件・・・。法廷画家のカナオが見つめるのは、人と繋がる事を諦め、決して許されない罪を犯した人間。児童殺傷事件の犯人が吐き捨てるように言う。自分が謝るよりむしろ世の中が自分に謝れ、と。

picそんな心はこの世界にはあまりにも多く溢れていて、またどこかで悲しい事が繰り返される。

だからせめて大切な人が泣いたりしないように、手をつなぐ。

大丈夫と言って一緒に笑ってくれる人がいるということ、それはどんなに幸せな事だろう。

(リンナ)