今週お届けする作品は、『そこのみにて光輝く』と『私の男』の二本立て。
北国の男と女が織り成す、ある愛の物語だ。
『そこのみにて光輝く』の舞台は、夏の函館。
達夫と千夏は、暗闇を生きていた。
達夫は、仕事もせず、酒とパチンコに明け暮れている。
過去に負った傷から逃れようと、苦しみ彷徨っていた。
そんな彼が出逢ったのは、人生も愛も、諦めていた千夏。
彼女は家族の為に、身も心もボロボロだった。
ここで描かれている彼らの人生は、底抜けに厳しい。
死ぬよりも、生きる方が苦しいとは、こんな状況のことなのかもしれない。
世界三大夜景などの有名な観光名所を持ちながら、
市街地から一歩外れると、ガラリとしている街、函館。
そんな外れた町の、そのまた外れた海辺のバラックで二人は出逢い、
失いかけていた愛を取り戻す。
それまでは、誰にも打ち明けられなかった心の叫び、
誰かに理解してもらおうなんて、思ってもいなかった苦悩を解放した瞬間、
喜びを越えた感動が押し寄せてくる。
相手を信じ、自分を信じ、人を愛することのできる彼らは、とても魅力的だ。
一方『私の男』の舞台は、冬の紋別。
淳悟と花は、孤独を生きていた。
震災で家族を失った少女・花。幼くして家族の死を目の当たりにする。
彼女を引き取った遠縁の男・淳悟。彼もまた、若いころに両親を亡くし、孤独だった。
「俺は、お前のもんだ。」淳悟は言う。
愛を知らない二人の間には、大きく歪んだ愛のようなものが生まれていた。
「あれは私の全部だ。」と花は言う。
父と娘から、男と女へ。そして、二人は罪を犯してしまう。
オホーツク海に面し、冬には流氷がやってくる、紋別。
3月までは、平均気温がマイナスを記録するような、とにかく寒い土地である。
この寒い土地の片隅で、たった二人で寄り添い生きてきた淳悟と花は、
本能に侵されているのかのように、相手を求める。
他は誰もいらない、何も欲しくないのだ。
この二人の愛の形は、赦されるものではないかもしれない。
だけど、私の目には、なぜか魅力的に映ってしまった。
曲がった道を、それでも彼らなりに真直ぐ突き進む姿は、
何が正しくて、どこが間違いなのか、判断を鈍らせる。
一心に愛を求める姿を、美しいと思ってしまった。
この二つの物語を観て、私はある哲学者の言葉を思い出した。
成熟した愛は「あなたを愛している。だからあなたが必要」と言い、
未熟な愛は「あなたが必要。だからあなたを愛す」と言うというものだ。
似ているようで、正反対の愛の物語。
男と女の行く末は、愛の形によって決まるのかもしれない。
そこのみにて光輝く
(2014年 日本 120分 シネスコ)
2014年11月8日から11月14日まで上映
■監督 呉美保
■原作 佐藤泰志「そこのみにて光輝く」(河出書房新社刊)
■製作 永田守
■企画・製作 菅原和博
■脚本 高田亮
■撮影 近藤龍人
■照明 藤井勇
■音楽 田中拓人
■出演 綾野剛/池脇千鶴/菅田将暉/高橋和也/火野正平/伊佐山ひろ子/田村泰二郎
■第38回モントリオール世界映画祭【ワールド・コンペティション部門】最優秀監督賞受賞/第87回アカデミー賞外国語映画賞部門日本代表作品
佐藤達夫は、ある出来事がきっかけに仕事を辞め、目的もなく毎日を過ごしていた。ある日、パチンコ屋で人なつこい青年・大城拓児と知り合う。使い捨てライターをあげたお礼に飯を食わしてやると、達夫を家へと案内する拓児。海辺には時代から取り残されたような一軒のバラックがあった。そこで達夫は拓児の姉・千夏と出会う。
互いに心惹かれ、二人は距離を縮めていくが、千夏は家族を支えるため、達夫の想像以上に苛酷な日常を生きていた。それでも、千夏への一途な愛を貫こうとする達夫。彼のまっすぐな想いに揺れ動かされる千夏。千夏の魂にふれたことから、達夫の現実が静かに色づきはじめ、達夫は失いかけていたこの世界への希求を取り戻していくが――。
何度も芥川賞候補に挙げられながらも賞に恵まれず、41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志。「海炭市叙景」に続く、唯一の長編小説にして最高傑作と言われる「そこのみにて光輝く」が、発刊から24年を経て待望の映画化。監督は『オカンの嫁入り』で新藤兼人賞を受賞し、高い評価を得てきた呉美保。これまでの二作で見せてきたアットホームな筆致から一転、ざらついた絆の行方を素手で掴まえる硬質な映像文体で、まったく新しい境地に達している。
主演は綾野剛。これまでにも増してソリッドで、けれども儚げな「ゆらぎ」のある存在感で、ひとりの女を愛しぬく主人公・達夫のインナーワールドを豊かに体現。ヒロイン、千夏には池脇千鶴。情感あふれる演技で、さらに一歩踏み込んだ“女の芯”をかたちにしている。千夏の弟、拓児に菅田将暉。そして、高橋和也、火野正平、伊勢山ひろ子、田村泰二郎という芸達者が脇を固め、慈しみのある作品世界の奥行きをさらに拡げている。本作は第38回モントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門で最優秀監督賞を輝き、さらに第87回アカデミー賞外国語映画賞部門の日本代表作品に決定している。
私の男
(2013年 日本 129分 シネスコ)
2014年11月8日から11月14日まで上映
■監督 熊切和嘉
■原作 桜庭一樹「私の男」(文藝春秋刊)
■脚本 宇治田隆史
■撮影 近藤龍人
■照明 藤井勇
■音楽 ジム・オルーク
■出演 浅野忠信/二階堂ふみ/モロ師岡/河井青葉/山田望叶/三浦誠己/三浦貴大/広岡由里子/安藤玉恵/吉村実子/高良健吾/藤竜也
■第36回モスクワ国際映画祭最優秀作品賞・最優秀男優賞(浅野忠信)
10歳で孤児となった少女・花。彼女を引き取ることになった遠縁の男・淳悟。孤独だったふたりは、北海道紋別の田舎町で寄り添うように暮らしていた。
6年後。冬のオホーツク海、流氷の上で殺人事件が起こる。暗い北の海から逃げるように出ていく淳悟と花は、互いに深い喪失と、ふたりだけの濃厚な秘密を抱えていた…。
2008年に直木賞を受賞した桜庭一樹によるベストセラー小説「私の男」。その刺激的なテーマと極限的な舞台設定から、映像化不可能と言われてきた本作の映画化が遂に実現した。監督は『海炭市叙景』『夏の終り』など、人間の心の機微を美しい映像に乗せて深く描いてきた熊切和喜。本作の映画化を阻んできた流氷上での撮影を、スタッフらとアイディアを駆使し、抜群のチームワークで撮り上げた。北海道の壮大な風景を舞台に描かれる、家族を知らない男と孤独な少女の16年にわたるこの物語は、第36回モスクワ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した。
憂いと影を帯びながらも、どこか優雅な男・淳悟を演じるのは浅野忠信。“自分にしかできない役”との意気込みで淳悟の16年間を体現し、モスクワ映画祭で作品賞と共に最優秀男優賞に輝いた。淳悟に引き取られる少女・花は二階堂ふみが演じ、10代とは思えない妖艶さで体当たりの演技を披露している。さらに、藤竜也、高良健吾ら豪華俳優陣が、ふたりの関係に影響を及ぼすキーパーソンとして、物語に奥行と深みを与えている。