青山真治の映画を観ることは、新しい現在地を見つけることに近い。
もちろん登場人物たちの生きている年代も異なっているし、
その物語や登場人物がどこまで現実や我々と関わりがあるのかなんてわからない。
いや、むしろ青山真治は関わりがあることなんか拒むのではないだろうか。彼は現実を穿ち、引き裂いて我々に提示する。
それは、我々が見ている現実との違いを覗かせることはあっても、
決していたずらに我々の共感を得ようとするものではないはずだからだ。
最新作『共喰い』は第146回芥川賞を受賞した田中慎弥によって生み出され、
巨匠・荒井晴彦に脚本化、前作『東京公園』がロカルノ映画祭金豹賞を受賞した青山真治へと渡った。
この作品が、暴力的なセックスによって快楽を得る父と、その呪われた血を受け継いでしまった息子を巡る物語であること、
そして山口県・下関(北九州・門司と海峡一つ挟んだところ)が舞台であること。
これらは、今まで『Helpless』から始まる「北九州サーガ」三部作、『EUREKA』『サッド・ヴァケイション』
を撮りあげた青山真治にとって、本作を撮る十分すぎるほどの理由である。
1988年から1989年にかけて語られる『共喰い』。彼の長編デビュー作『Helpless』も1989年の夏の終わりを描いたものだった。
この二本は我々にとって忘れることのできない1989年という年号を境に立てられた鏡のように、
その時代の狭間に囚われた日本人の姿を映しだす。
向かうべき対象を見いだせないまま、ある時突然訪れた飢えのように彼らを焦らせる。
映画の主人公たちは、そんな吊り上げられるような不快感の中で、押しとどめることのできない衝動を抱えた高校生たちだ。
青山真治が強く影響を受けたと言われる中上建次の小説でも繰り返し描かれた父と息子、そして母や土地のモチーフ。
不快感に覆われた登場人物たちは、どうにもし難い存在に己の生き方を引きずられていく。
『Helpless』でヤクザの安男(光石研)が刑務所から仮出所したとき、すでに親分は死に、組は解散したと告げられた。
そして健次(浅野忠信)が日頃から病院に見舞いに通っていた父親は自殺する。
『共喰い』の円(光石研)は性交しながら暴力を振るう性癖の持ち主。
元・妻の仁子(田中裕子)は、その父と別れて橋の向こうにある船着き場で魚屋を営んでいる。
その二人の息子の遠馬(菅田将暉)は、性交を重ねていくうちに自分もその性癖を受け継いでいることに気付く。
彼らには憎悪の原因を究明することも、消し去ることも不可能だ。
身近な人たちが己と同じように宿命を抱えたままその渦に飲み込まれていく姿を見るとき、
主人公たちは自らの歴史と向かい合わざるを得ない。その宿命を全て消し去ることができなくとも、
彼らは予定されていた物語を少しずつ変えていくだろう。
青山真治の映画もまた自らの作品を飲み込み、さらに違った展開へと、
何度も始まり/終わりを越えて、変容していく生き物のように生まれ変わってきた。
独立した世界との向き合い方、そしてそれだけが世界に抵抗する方法そのものであるかのように彼らは人生を選びとる。
その一歩まで見届けようとする青山真治の映画が好きだ。
歴史と現在と物語の表裏がどんどん接近していく。フィクションの裂け目から侵入してくる新しい世界。
もし観客がその映像を見ているうちに、まったく違うものが見えてしまったとき、
青山真治の映画はわれわれの世界の認識を作り変えることに成功してしまうのだ。
(ぽっけ)
Helpless
(1996年 日本 80分 ビスタ/SR)
2014年2月15日から2月21日まで上映
■監督・脚本・音楽 青山真治
■製作 仙頭武則/小林広司
■撮影 田村正毅
■編集 掛須秀一
■音楽 山田功
■出演 浅野忠信/光石研/辻香緒里/斉藤陽一郎/伊佐山ひろ子/永澤俊矢
■第11回高崎映画祭若手監督グランプリ・最優秀主演男優賞受賞(浅野忠信)/ヨコハマ映画祭主演男優賞受賞(浅野忠信)/日本映画プロフェッショナル大賞作品賞・主演男優賞・新人監督賞・ベスト10第1位受賞
高校卒業を目前に控えた健次は、仮出所で帰って来た片腕のやくざ・安男に再会した。組の仲間が、組長が死んでしまって組はつぶれたと話しても、安男は一向に信じようとしないばかりかその仲間を撃ち殺してしまう。自分だけにつらい思いをさせて出所したら雲隠れか、と怒った安男は、健次に妹のユリと大切なショルダーバッグを預け、組長の消息を追いかける。ユリを預かった健次は安男との待ち合わせ場所である山中のドライブインに行くが…。
1989年9月10日、夏の終わりの一日。少年にとって、この日はこれまでとは全く違った一日となった…。青山真治監督の劇場映画デビュー作となる本作は、孤独感を抱える高校生や仮出所中のチンピラなど、救いようのない登場人物たちが突発的に起こす出来事をつづる青春ドラマである。監督の故郷である北九州が舞台になっており、その後『EUREKA ユリイカ』『サッド ヴァケイション』と続く“北九州サーガ”の記念すべき第1作となった。
主人公の建次を演じるのは、『幻の光』『PICNIC』で注目を浴びていた浅野忠信。初の単独主演作として選んだのがこの『Helpless』であった。一人の少年が、失うことの哀しみを知り、自らの道を歩き始める。微妙なニュアンスが要求される難しい役柄を、浅野は全身で“生き抜き”、その年の新人俳優賞を数多く受賞した。
共喰い
(2013年 日本 102分 シネスコ)
2014年2月15日から2月21日まで上映
■監督・音楽 青山真治
■製作 甲斐真樹
■原作 田中慎弥「共喰い」(集英社刊)
■脚本 荒井晴彦
■撮影 今井孝博
■編集 田巻源太
■音楽 山田勲生
■出演 菅田将暉/木下美咲/篠原友希子/光石研/田中裕子
■第66回ロカルノ映画祭Youth Jury Award最優秀作品賞・ボッカリーノ賞最優秀監督賞受賞
昭和63年夏、山口県下関市。17歳の遠馬は、父親とその愛人と暮らしている。普段は明るい父だが、彼にはセックスの時に女を殴る暴力的な性癖があった。戦争で左手を失った遠馬の実母はそんな夫に愛想を尽かし、遠馬を産んですぐ家を出て、魚屋を営んでいる。父を疎ましく思う遠馬だが、幼なじみの彼女・千種と何度も交わるうちに 気づいてしまう。自分にも確かに父と同じ、忌まわしい血が流れていることを――。
第146回芥川賞を受賞した田中慎弥の長編作「共喰い」。性と暴力、人間の欲望がうずまき、心の奥底に潜む闇をあぶり出す濃厚で豊饒なこの物語を、日本を代表する映画監督・青山真治が映画化した。映画オリジナルの結末を用意したのは『大鹿村騒動記』『赫い髪の女』の名脚本家・荒井晴彦。原作者の田中に「ああ、やられた」といわしめる、いわゆる“原作もの”とは一線を画す奇跡のコラボレーションが実現した。
主人公・遠馬を演じるのは、「仮面ライダーW」でデビューし、『王様とボク』『男子高校生の日常』など出演作が相次ぐ注目若手俳優・菅田将暉。性に葛藤し血に苦悩する高校生の心情を鮮やかに表現し、その類まれな存在感をスクリーンに焼き付ける。遠馬の父には光石研、母の仁子には田中裕子が扮し、圧倒的な芝居で観客を魅了。また、遠馬の恋人である千種を演じた木下美咲、父の愛人である琴子を演じた篠原友希子、二人の若手女優は濡れ場にも大胆に挑戦し、その瑞々しさ溢れる演技を見せている。