地平線、もしくは水平線のまなざし
是枝裕和監督の作家性を述べるとしたら、上の言葉が非常に良く当てはまる。
元々ドキュメンタリー畑で育ったその資質は自らの作家性を地平線、もしくは
水平線に置き換えることによって太陽と月の微々たる動きを察知し得る。これ
はある意味、作家性の消失(普段、我々が地平線、水平線を意識しないのと
同じく)に当たるかもしれない。しかし、それ故に浮かび上がってくる景色は
人間にとってあまりに普遍的で心の奥底を揺さぶる情景と化す。
映画初監督作『幻の光』もしくは次作『ワンダフルライフ』(1999年)まではまだ、
何かしらの作家性を感じさせるものがあるが、それ以降は、徐々に作家性が
地平、水平線化していき、それが完全に確立したのが、社会的にもある意味
ブームとなった『誰も知らない』であろう。その観点から見れば、今回取り上げ
られる『幻の光』、『歩いても歩いても』は是枝監督の作家性の熟成を端的に
追うのであれば非常に最適な2本立てである。また、是枝監督はその地平、
水平線的まなざしで才能ある映画作家のプロデュースも手掛ける。その代表
としてはご存知『ゆれる』で大絶賛を浴びた西川美和監督が挙げられよう。
そして、個人的な話になるが、両作品とも映画好きから、そうでもない知人の
間でもかなり評判がいい。この、そうでもない知人の間でも評判がいい、という
辺りにやはり是枝監督が持つ、地平、水平線のまなざしの力が証明されよう。
自らを地平、水平線と化し、時に太陽と月を操るその仕草はカミそのものの
ように見える時さえある。
山や海へ行かなくてもいい、是枝監督が描き出す、地平、水平線の情景が
普遍的なキモチをあなたの心へお届けします。是非、ご覧あれ。
幻の光
(1995年 日本 110分)
2008年12月6日から12月12日まで上映
■監督 是枝裕和
■出演 江角マキコ/内藤剛志/浅野忠信/木内みどり/柄本明/柏山剛毅/渡辺奈臣/赤井英和
祖母が、そして夫が、突然死へと旅立った。
愛する人を次々と失った記憶。
引きとめることができなかった悔恨。
ゆみ子(江角マキコ)が12歳の時、祖母が失踪した。 ゆみ子は自分が祖母を引きとめられなかったことを深く悔いている。
25歳になって、ゆみ子は祖母の生まれ変わりのように現れた郁夫(浅野忠信)と結婚し、郁夫との間に生まれた息子勇一(柏山剛毅)とともに、幸せな日々を送る。しかしある日、郁夫は自転車の鍵だけを残して命を絶ってしまう。
「あなたもあの夜、レールの彼方に光を見たのでしょうか」――
5年後、ゆみ子は日本海に面する奥能登の小さな村に住む民雄(内藤剛志)と再婚する。先妻に先立たれた民雄には、娘友子(渡辺奈臣)がいた。
春が過ぎ夏が来て、勇一と友子は仲良くなじみ、平穏な日々が続いている。半年後、弟の結婚式のために里帰りしたゆみ子は、再びいやおうなく郁夫への思いにとりつかれるのだった。
1995年、世界の映画シーンに鮮烈なデビューを果たした。
監督 是枝裕和と女優 江角マキコが生まれた作品。
ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出されるという、」新人にしては日本映画史上初の快挙を成し遂げ、更に金のオセッラ賞をはじめ国際カトリック協会賞、イタリア映画産業協会賞などの賞を受賞した。
原作は芥川賞作家、宮本輝の同名小説。<生と死><喪失と再生>という、人間の普遍的主題を追求した宮本文学を、陰影深い映像により静謐な時間と空間の中に昇華させた。
歩いても 歩いても
(2007年 日本 114分)
2008年12月6日から12月12日まで上映
■監督・原作・脚本・編集 是枝裕和
■出演 阿部寛/夏川結衣/YOU/高橋和也/田中平/樹木希林/原田芳雄
■オフィシャルサイト http://www.aruitemo.com/index.html
夏の終わりの、とある一日。
今年の夏も、15年前のあの日につづいている―――。
夏の終わりに、横山良多(阿倍寛)は妻(夏川結衣)と息子(田中平)を連れて実家を訪れた。開業医だった父(原田芳雄)とそりのあわない良多は失業中のこともあり、ひさびさの帰郷も気が重い。明るい姉(YOU)の一家も来て、横山家には久しぶりに笑い声が響く。
得意料理をつぎつぎにこしらえる母(樹木希林)と、相変わらず家長としての威厳にこだわる父。ありふれた家族の風景だが、今日は、15年前に亡くなった横山家の長男の命日だった。
人生は、いつもちょっとだけ間にあわない。
跡継ぎにと期待した長男に先立たれた父の無念、母の痛み。優秀だった兄といつも比べられてきた良多の、父への反発心。姉は、持ち前の明るさで器用に家族のあいだをとりもつが、子連れで再婚して日の浅い良多の妻は、緊張で気疲れする。
そんな中、良多はささいなきっかけから、親の老いを実感する。ふと口にした約束は果たされず、小さな胸騒ぎは見過ごされる。人生は、いつもちょっとだけ間にあわないことに満ちているのだ。
誰もが自分の家族の物語を重ね合わさずにはいられない。
是枝裕和監督が見つめた“平凡な家族”
『誰も知らない』でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した是枝裕和監督の最新作『歩いても 歩いても』は、成人して家を離れた子供たちと老いた両親の夏の一日をたどる家庭劇<ホームドラマ>。特別な事件が起きるわけではない24時間の家庭劇には、家族の関係や歴史が刻みこまれ、そこに誰しもが自分の家族の姿を発見するだろう。
何十年も同じ屋根の下で暮らし続ける老夫婦、ひさしぶりに家族を連れて実家にやって来た息子と娘、そして15年前に亡くなった長男。母親の手料理は昔と変わらないのに、家の内部や家族の姿は少しずつ変化する。
食卓を囲んでの何気ない会話の中に、家族だからこそのいたわりと反目が、ユーモラスに温かく、ときにほろ苦いせつなさをもって描き出される。そして、家族というものの愛しさ、厄介さ、人の心の奥底に横たわる残酷さが、浮かび上がっていく。