未来のことで悩むのが若者。
過去のことで苦しむのが大人。
これはよく言われることですが、私自身も未来のことより過去に苛まれることの方が多くなってきました。
現実では多くの場合自らの過去によって、未来が決定づけられてしまいます。
そして実人生においてほとんどの失敗は、回収されることなく置き去りにされたままです。
もう引き返すことができない。
私たちは年を取ることによって時間の残酷さを知り、人生の儚さに気がつきます。
『シングルマン』の愛する人を喪った孤独な男・ジョージ。
「愛する者を失った人生に、意味はあるのか」
この問いかけに自ら決着をつけるために、彼は完璧な最後の一日を送ろうとします。
『クレイジー・ハート』のかつて一世を風靡したシンガー・バッド。
今や落ち目で家族には見放されアルコールに浸る日々。
彼も自らの過去に囚われたまま、人生を前進させることができません。
今回は“喪失感”が共通のテーマとなっています。
「それでもまだ生きていかなければいけないのか」
そんな絶望を人はどう乗り越えてゆくのでしょうか。
映画では一人の男の姿を通して、その人生の困難と切実に向き合っていきます。
正直なところ私はもう愛や夢や希望などに託して、映画で人生を語られることにうんざりしています。
できることしかない、それが現実です。
そんな限られた可能性の中でも、懸命に生きていこうとする姿こそ今は尊いと思うのです。
もう引き返せないと分かっていても、自分の中の輝きをまだ信じ続けられる強さ。
この男たちの哀愁の眼差しに火が灯る時。
今回はその姿をしっかりと見届けたいと思います。
クレイジー・ハート
CRAZY HEART
(2009年 アメリカ 111分 シネスコ/SRD)
2011年1月29日から2月4日まで上映
■監督・製作・脚本 スコット・クーパー
■撮影 バリー・マーコウィッツ
■音楽 アントワーヌ・デュアメル
■出演 ジェフ・ブリッジス/マギー・ギレンホール/ロバート・デュヴァル/コリン・ファレル
■第82回アカデミー賞・主演男優賞(ジェフ・ブリッジス)・歌曲賞("The Weary Kind")
かつて一世を風靡した“伝説のシンガーソングライター”、バッド・ブレイク。57歳となった今、彼は孤独なドサ回りの歌手にまで落ちぶれていた。人生に疲れ果て、ウィスキーが手放せない酒浸りの毎日。そんなバッドとは対照的に、かつての弟子トミーは、金と名声を得たスーパースターとなっていた。
そんな彼の前に、シングルマザーである地元紙の記者、ジーンと彼女の4歳の息子が現れる。財産も気力も失ったバッドは、彼と純粋に正面から向き合う親子との触れ合いを通じて、彼の中に潜む“荒ぶる魂”に少しずつ希望がわき上がるのを感じ始める。そんな中、かつての弟子トミーの前座としてのライブ依頼が舞い込み…。
全米の映画賞を席巻し、本年度アカデミー賞で主演男優賞(ジェフ・ブリッジス)と主題歌賞("The Weary Kind")の2冠を達成。どん底にあえいでいても、若くない年齢であっても、誰でも人生を立て直すことはできる。落ちぶれたシンガーの再生を描く『クレイジー・ハート』は、アメリカの観客に希望をあたえ、讃辞の声で熱狂的に迎えられた。
浮き沈みの激しい人生を見事に演じきったベテランのブリッジスを筆頭に、『ダークナイト』のマギー・ギレンホール、『Dr.パルナサスの鏡』のコリン・ファレル、アカデミー賞俳優ロバート・デュバル等の演技派がリアルで繊細なドラマを織りなす。魂の奥底に響くような、胸に迫る音楽の旋律にのせて、混迷の時代を前向きに生きるための傑作がここに誕生した!
シングルマン
A SINGLE MAN
(2009年 アメリカ 101分 シネスコ/SRD)
2011年1月29日から2月4日まで上映
■監督・製作・脚本 トム・フォード
■撮影 エドゥアルド・グラウ
■音楽 アベエル・コジェニオウスキ/梅林茂
■出演 コリン・ファース/ジュリアン・ムーア/マシュー・グード/ニコラス・ホルト/マシュー・グード
■ヴェネツィア国際映画祭・男優賞(コリン・ファース)
その日は、ジョージにとって特別な一日だった。16年間共に暮らしたパートナーが交通事故で亡くなってから8か月、日に日に深くなっていく悲しみを自らの手で終わらせようと決意したのだ。ところが、今日が人生最後の日だと思って眺める世界は、ほんの少しずつ違って見えてくる。
英文学を教える大学の授業でいつになく自らの信条を熱く語り、ウンザリしていたはずの隣家の少女との会話に喜びを感じ、親友のチャーリーを訪ねると、身勝手な彼女に振り回されながらも慰められる。そして一日の終わりには、彼の決意を見抜いていた教え子のケニーの思いがけない行動に心を揺さぶられる。過去に生きていたジョージの瞳に、“今”が輝きだした運命の一日。果たしてその幕切れは?
ジョージには、『マンマ・ミーア!』『ラブ・アクチュアリー』のコリン・ファース、チャーリーには『ハンニバル』のジュリアン・ムーア。ハリウッドを代表する二人のスターが、台詞では表現できない孤独から悲しみの慟哭、そして静かな幸福までを、自身の人生の一幕を披露するかのようにリアルな演技で演じ切った。聴く者の魂の深みに分け入るような抒情的な音楽は、フォードがたっての希望で指名した『花様年華』の梅林茂が担当。
グッチを立ち直らせ、イヴ・サンローランを改革し、2005年には自身の名前を冠したブランドを立ち上げた、稀代のファッションデザイナー、トム・フォード。彼が次なるステージに映画を選び、そして遂に完成した初監督作品は、2009年のヴェネチア国際映画祭を皮切りに、世界中で熱狂を巻き起こした。美を創り出すことにかけて天賦の才に恵まれたフォードが、毎日のささやかな瞬間にこそ人生の素晴らしさが宿ることを、奇跡の映像美で描いた感動作である。