花様年華
IN THE MOOD FOR LOVE
(2000年 香港 98分) pic 2008年3月8日から3月14日まで上映 ■監督 ウォン・カーウァイ
■脚本 ウォン・カーウァイ
■撮影 クリストファー・ドイル/リー・ピンビン

■出演 トニー・レオン/マギー・チャン/スー・ピンラン/レベッカ・パン/ライ・チン

■オフィシャルサイト http://www.wkw-inthemoodforlove.com/

ウォン・カーウァイ。漢字で書くと王家衛。顔も声も知らない中国人の名前を、自然に覚えてしまっていたのはいつ頃からだろう。

王家衛は、若者が出会い、回避しようもなく起きてしまう恋愛模様をテーマにしてきた。『恋する惑星』『天使の涙』で描かれる、南国のフルーツみたいな色彩に、くるくると電光石火のスピードでうつろう、男女の刹那の恋に、心が弾んだ。『ブエノスアイレス』は、火花の散るような諍いを繰り返しながらも、離れることのできないゲイの恋人同士を、センチメンタルに描いた。それでは、『花様年華』はと言うと…

同じ日に同じアパートに引越し、隣人同士となった二組の夫婦。いつごろから始まったかは分からないが、互いの伴侶が不倫をしていると気づき始めた片割れ同士。孤独なアパートに取り残された隣人の夫と妻は、最初はそれとなく真相を探りあうために食事を共にし、連絡を取り合う。しかし、最愛の人につけられた傷の痛みを知る二人は、共有する秘密の重さに押し潰されるように深く理解しあい、思い合ってしまう。やがて痛みは、後ろめたくも、しびれるくらい甘美な恋心に変わっていく。

めくるめく恋愛事情を、メリーゴーランドに乗ってはしゃぐ子供みたいに無邪気に描き続けていた王家衛だけど、『花様年華』では、トニー・レオンと、マギー・チャン演じる、同じ孤独を抱えてしまった男と女の密やかな愛を、緻密に、そろりそろり静かに描く。

1960年代の中国が持っていた、鬱々としていて重厚な雰囲気を、あきれるくらい美しく再現した舞台美術も去ることながら、俳優が体現する美しさには、本当にうっとりする。ぴったりと体に密着したチャイナドレスの柄が、ウェストからヒップにかけて、青磁壺のように滑らかな曲線を描く、マギー・チャンの工芸品のような肢体の美しさ。女を思いながら、トニー・レオンの口から吐き出される煙草の煙は、男女の秘め事そのもののように、艶かしく宙をくゆる。

二人の口からは、愛の告白なんて出ないけど、そういうのは口に出さないほうが遥かに色っぽい。微熱を帯びたしぐさ、言葉、蜜のように絡み合う視線。大人の男女に芽生えた恋は、柘榴みたいに紅い。(猪凡)



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ブエノスアイレス
春光乍洩/HAPPY TOGETHER
(1997年 香港 98分)
pic 2008年3月8日から3月14日まで上映 ■監督 ウォン・カーウァイ
■脚本 ウォン・カーウァイ
■撮影 クリストファー・ドイル
■音楽 ダニー・チャン

■出演 レスリー・チャン/トニー・レオン/チャン・チェン

香港の、ちょうど地球の裏側にあるアルゼンチン。ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のカップルは、行き詰まった関係を修復するために旅を共にしていたが、イグアスの滝へ向う途中道に迷い、またもや喧嘩別れしてしまう。

ある日、ブエノスアイレスでドアマンとして働くファイのもとに、偶然客として現れたウィン。再び復縁を迫るウィンを拒むファイ。だがファイは、怪我を負ったウィンを見捨てられず、家に招き入れる。再び一緒に暮らし始め、束の間の幸せな時間を過ごす二人。

身勝手でわがまま、好き放題ばかりのウィンに包容力でこたえるファイは、いつしかウィンを独占できる喜びなしでは生きていけなくなってゆく。そしてウィンはファイの束縛からまた逃れようとする……。

ウィンとファイという男同士のカップルを演じるのは、言わずと知れた香港の名優、レスリー・チャンとトニー・レオン。
奔放であるがゆえに危うい、いつでもすぐに壊れてしまいそうなレスリー・チャンの繊細さ。
そして、相手に裏切られながらも拒みきれず受け入れてしまうトニー・レオンの苦渋の切なさ。

この二人の名優がカメラの前で、まるで殻を破り奪われたかのように愛の姿を曝け出す。
ときに「スタイリッシュ」とも形容されるウォン・カーワァイ監督の作品の印象とは対照的な、土臭い生々しさに魅了されずにはいられない。

そして、地続きの愛を延々と巡る二人の苦い痛みがスクリーンから我々にのり移ったとき、同性愛に対する違和感などこの映画においては取るに足らないもので、愛を渇望する人間の酷薄さや滑稽さは、誰にもみな等しくあるものだということに気付かされるのだ。

二人の間に、希望ある未来など訪れることはないのかもしれない。だがそれは絶望ではない。希望がないということこそが、きっと希望のあかしなのだから。

(はま)


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