“アラン・ロブ=グリエ
――フランスで起こった文学運動ヌーヴォーロマンの旗手。映画においてはアラン・レネ監督『去年マリエンバートで』の脚本で知られる。”
小説の世界では確固たる地位を築いていたにも関わらず、日本の映画関係の書物でロブ=グリエのことを触れたものは、50年以上にわたって大体上記のような記述にとどまっていました。
ほとんどの作品が日本では劇場未公開だったのでそれも仕方ないことだったかもしれませんが、そんな状況も近年作品がまとまった形で紹介されることで終焉を迎え、なおかつ局所的に人気を博すまでに急展開。「遂にこの国がロブ=グリエに追いついた!」とロブ=グリエ後進国の日本を憂いていたファンとして溜飲が下がる思いでいっぱいです。
今回当館では代表作6本を日替わりで上映します。芸術とキッチュなエロ(ティズム)が溶け合った、いかがわしくも愉悦に満ちたロブ=グリエの脳内迷路の中を存分に彷徨って下さい!
エデン、その後
L'éden et après
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 イゴール・ルター
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ミシェル・ファノ
■出演 カトリーヌ・ジュールダン/ピエール・ジメール/リシャール・ルデュック/ロネール・ライネル/シルヴァン・コルテ
©1970 IMEC
【2019/5/4(土)・7(火)・10(金)上映】
豪奢に浪費される極採色、儀式のようなSM遊戯…鮮やかな画面に目を奪われるロブ=グリエ初のカラー作品。
「カフェ・エデン」にたむろして退廃的な遊戯や儀式に興ずるパリの大学生の一団。彼らの前に突如姿をあらわした謎の男が差し出す麻薬らしき粉末を摂取した若い娘ヴィオレットは、死や性愛をめぐるさまざまな幻覚に襲われる…。
モンドリアンの絵画を模したカラフルで幾何学的なセットとチュニジアの真っ青な空の対比など、鮮烈な色彩感覚が魅力的な作品ですが、ロブ=グリエにしては例外的にシナリオを用意しない即興スタイルを導入しているのも特筆すべき点です。それはいつも以上に飛躍に富んだイメージの連鎖を生み出しただけでなく、5月革命以後の若者達の倦怠感、暴力衝動など製作当時のパリを覆っていたリアルな空気を作品に呼び込む要因になっています。
閉塞した現実と危うい想像力の世界をたゆたう若者たちを描く大島渚『日本春歌考』やゴダール『中国女』、あるいはブレッソン『たぶん悪魔が』など映画史上の異端青春映画の系譜に本作を位置づけて観るのも面白いと思います。(ルー)
快楽の漸進的横滑り
Glissements progressifs du plaisir
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 イヴ・ラファイエ
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ミシェル・ファノ
■出演 アニセー・アルヴィナ/オルガ・ジョルジュ=ピコ/マイケル・ロンズデイル/ユベール・ニオグレ/ボブ・ウェイド/ジャン=ルイ・トランティニャン/イザベル・ユペール
©1974 IMEC
【2019/5/4(土)・7(火)・10(金)上映】
モラルも常識も超越したセンセーショナルな内容で物議をかもした問題作
ルームメイト殺しの容疑で逮捕された若く美しい女・アリス。被害者は、ベッドに拘束され心臓はハサミで突き刺されている。体には書きかけの聖女の殉教の絵。一体なにが…?
天使のようにあどけなくも、時にビッチで危険な魅力溢れるヒロインを演じたのは青春映画の名作『フレンズ ポールとミシェル』のアニセー・アルヴィナ。さわやかでコケティッシュな存在感は特に日本で爆発的な人気があり、全盛期には月に百通ほど日本からファンレターが届いたといいます(このスキャンダルな問題作は当時日本未公開。もし公開されていたら、ファンにはどれほどショッキングだったでしょう…)。青春アイドルにこんな役をやらせるロブ=グリエの激ヤバなセンスと、その挑戦を受けて立つアルヴィナの女優根性は脱帽モノです。
また殺人被害者/弁護士を演じたオルガ・ジョルジュ=ピコは、アラン・レネのSF映画『Je t'aime, je t'aime』で知られる女優。この二作の彼女の役には実は連続性があります。本作を気に入った方はこちらも要チェック!(ルー)
不滅の女
L'immortelle
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 モリス・パリ
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ジョルジュ・ドルリュー/ミシェル・ファノ/ターシン・カヴァルチオグル
■出演 フランソワーズ・ブリオン/ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ/ダイド・チェラーノ/セゼル・セジン/カトリーヌ・ロブ=グリエ
■1962年ルイ・デリュック賞受賞
©1963 IMEC
【2019/5/5(日)・8(水)上映】
ルイ・デリュック賞受賞!ロブ=グリエ監督の記念すべきデビュー作
イスタンブールで休暇を過ごし始めた教師の男は、陽気だがどこか謎めいた若い女と出会う。女との邂逅を重ねるうち、男は彼女の不可解さにみずからの妄執をかき立てられ…。
本作を一言でいい表せば「ハードコア」。通常の物語に収まりそうで収まらない、ショットと音響の連鎖はぼやぼやしていると振り落とされそうになるほどのスピーディで刺激的(ある意味全編クライマックスです)。
本作以降よりユーモアを取り入れた作風に変化していきますが、ここにはロブ=グリエの超絶技巧なエッセンスが凝縮されています。脚本作『去年マリエンバートで』に連なる硬派な文学的なムードも魅力的。ビギナーの方はこれを入門編として「嫉妬」や「迷路のなかで」など初期小説作品に手を伸ばしてみるのはいかがでしょうか?(ルー)
ヨーロッパ横断特急
Trans-Europ-Express
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 ウィリー・クラン
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ミシェル・ファノ
■出演 ジャン=ルイ・トランティニャン/マリー・フランス=ピジェ/ナディーヌ・ヴェルディエ/ラウール・ギラ/アンリ・ランベール/クリスチャン・バルビエ
©1966 IMEC
【2019/5/5(日)・8(水)上映】
シリアスとコミカルを軽やかに行き来する、公開時ヒットを記録した快作
パリからアントワープへと麻薬を運ぶ男の波乱万丈な道中を、幾重にも織重なったメタフィクションで構築し“ヨーロピアン・アバンギャルドの最重要作品”、“最も成功した、理解しやすい実験映画”と絶賛された2作目。
特急車内にて即席でギャング物語をでっちあげるロブ=グリエ本人の言葉によって映像が組み上げられたり、破綻してやり直されたりがユーモラスに繰り返されるメタフィクションエンタテインメント。ちなみにロブ=グリエに突っ込みを入れ続ける女性は彼のパートナーだったカトリーヌ・ロブ=グリエで、おしどり夫婦だった二人の仲が伺えて微笑ましい。
トリュフォーの「アントワーヌ・ドワネル」ものの一篇『二十歳の恋』でドワネルの初恋相手を演じたことで知られるマリー=フランス・ピジェの、SMっぽい姿態をノリノリで見せる好演もかわいいです。(ルー)
嘘をつく男
L'homme qui ment
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■撮影 イゴール・ルター
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ミシェル・ファノ
■出演 ジャン=ルイ・トランティニャン/イヴァン・ミストリーク/ズザナ・コクリコヴァー/シルヴィエ・トゥルボヴァー/シルヴィエ・ブレール
■第18回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞
©1968 IMEC
【2019/5/6(月)・9(木)上映】
「物語」の地平のかなたへ観るもの全てを誘う―—ベルリン映画祭銀熊賞受賞作
舞台は、第二次大戦末期のスロバキア共和国。小さな村に、突如現れた異邦人。レジスタンスの英雄ジャンの同志だと名乗る男は、彼の妻や妹を誘惑し始める…。
英雄と名乗る男の言葉に連動していた映像が矛盾を孕むたびに次々と上書されていき、観る者を心地良い混乱状態に誘うロブ=グリエ流戦争映画。嘘に嘘が塗り重ねられた末の謎すぎる顛末が衝撃的。
ダンディなイメージをセルフパロディしたようなトランティニャンのうさんくさい怪演も一見の価値あり(美女に囲まれてウハウハ楽しそうだ)。同じボルヘスの短編を下敷きにしたベルトルッチ『暗殺のオペラ』と見比べるのも一興です。(ルー)
囚われの美女
La belle captive
■監督・脚本 アラン・ロブ=グリエ
■脚本 フランク・ヴェルビラ
■撮影 アンリ・アルカン
■編集 ボブ・ウェイド
■音楽 ジェラール・バラ
■出演 ダニエル・メスギシュ/シリエル・クレール/ダニエル・エミルフォーク/フランソワ・ショーメット/ガブリエル・ラズュール
©1983 ARGOS FILMS
【2019/5/6(月)・9(木)上映】
幻想と官能が交錯する不条理サスペンス
デューク・エリントンのジャズ・ナンバーが流れるナイト・クラブ。なまめかしく踊るブロンドの美女を、黒いス―ツを身にまとった男が見つめている。男の名は、ヴァルテル。謎の地下組織で情報の運び屋をしている…。
ジャン・コクトー『美女と野獣』やヴェンダース『ベルリン・天使の詩』で知られる名撮影監督アンリ・アルカンによる重厚で幻想的な映像も目を引く、ロブ=グリエ史上最もゴージャスな「芸術映画」。なんだかとっても立派な映画に見えるのですが、いつも以上にだまし絵的な遊び心が溢れているだけでなく、当時最先端のビデオアート的表現に挑戦するなど実験精神も健在。
いつものロブ=グリエヒロインよりさらにフェロモン増し増しなガブリエル・ラズュールから発する濃厚な色気には思わずクラクラしてしまいます(僕が主人公の立場なら、全身の血を最後の一滴まで喜んで献血しますね)。(ルー)