【2023/10/14(土)~10/20(金)】『一晩中』+『ゴールデン・エイティーズ』/『アメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学』+『東から』

もっさ & パズー

軽快な音楽にコツコツとひたすら行き交うヒールの音から始まる『ゴールデン・エイティーズ』は、アケルマン監督の作品の中で唯一のミュージカル・コメディです。美容院やカフェや洋服店の並ぶパリのブティック街を舞台に、お店で働く従業員たちの恋模様が描かれます。カラフルでポップなビジュアルから若々しさが溢れておりますが、大人たちの恋の行方も描かれるのがポイントです。観ていて面白いのは、とっても可愛い見た目の女の子たちが、なんともキツい言葉で悪口を歌いあげるというギャップ。まるで舞台演劇を観ているかのような演出とセットでの撮影。そして、「そんな終わり方なの?!」と驚きの展開。だけど、しっかり胸に響くセリフ――『ジャンヌ・ディエルマン~』のジャンヌ役でお馴染みのデルフィーヌ・セイリグ演じるジャンヌ(本作でも同じ役名!)が言う「どんな愛もムダじゃない。愛や夢や希望は決して消えはしない。人生はいつだってうまくいくのよ。」という言葉には、涙の花嫁に対しての優しさでもあり、ジャンヌ自身への励ましでもあり、観客の私たちへの語りかけとも受け取れて胸が熱くなりました。

一方、とにかく延々夜の風景を映し出す『一晩中』は、一転してとても静かな作品です。こちらはほとんどセリフはなく、ストーリーも登場人物の設定もこちらに提示することもなく、ただただいろんな人たちの”一晩”が連なっていきます。観ていて時に夜の静けさに溶け込んで瞼を閉じそうになってしまいますが、うとうとしてきたところで次のシーンにパっと切り替わります。「あの人たちは、どんな関係なんだろう」とか、「あの服、胸元空きすぎてて心配だな」とか、「あのビール、綺麗に並んで落ちたな」などと、なかばどうでもいいことにも気を取られていくのもなんだか面白い。それぞれの夜の、それぞれの過ごし方を眺めていると、彼らのこの夜に至るまでと、この夜が明けた後のことをぼんやり想像もしてしまいます。それが心地よくなってくるから不思議。そして鑑賞後、思わず自分の過ごしてきたあの夜やこの夜を思い出していました。どれも断片的に、けれどはっきりと覚えている“夜”の記憶。アケルマンの頭の中にも確かな夜の香りが充満していて、それを日記帳みたいに綴ったのだろうか、なんて考えてみたり。真意はわかりませんが、出会ったり別れたり、抱擁したり踊ったり、ドラマチックな夜もそうでない夜も、素敵にファイリングされた作品です。

「私が皆様にお伝えしたいことは、シャンタル・アケルマンの映画は何の偏見も持たず真っ白な状態で見ていただきたいということ。自分の感性と心をオープンにし、映画の途中で迷子になる心づもりをしながらも、何が起こっているのかを直視してほしいです。」――クレール・アテルトン(アケルマン作品・編集)

アケルマン監督の映画は、すべて私たち観客に委ねているように感じます。映画を見ながら、余白を埋めていく。そんな鑑賞体験ができるはずです。

(もっさ)

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ソ連崩壊後の東側の街や生活を捉えた『東から』(93)には、字幕がついていない。いくつかの場面で流れる歌や街の放送もなんて言っているかわからない。カメラに向かって笑ったり、話しかけたりする人はほとんどいない。喜んでいるのか困っているのか、幸せなのか不幸せなのか、画面からはよくわからない。国も場所も明らかにせず、人は景色や建物と同じように「東から」の風景として映されている。

『アメリカン・ストーリーズ』(89)で語られるのは、ニューヨークに暮すポーランド系ユダヤ人の移民たちの身の上話。ホロコーストで亡くなった両親の話、アメリカに渡り貧困のどん底にあった話…ほとんどが苦難のエピソードばかりだ。しかし間に挟まれるユダヤ風寸劇が、どこかカラッとした雰囲気を漂わせている。苦しみも悲しみも、ここではジョークにして生きていくほかないのさ――そう聞こえてくるようだ。大都市ニューヨークに輝く数百万の灯りひとつひとつが、移民たちの人生の光と影に重なる。

代表作『ジャンヌ・ディエルマン~』でアケルマンが提示したのが繰り返される主婦の仕事だったように、この2作でも、人々がどんな部屋に暮していて、どのように食事しているか、どうやって畑を耕すか…歴史には記されることのない個々の営みから見えてくる社会の様子を切り取っている。しかし個人に焦点を当てながらも、アケルマンのカメラには被写体との距離がある。近づかないことで見えるものをとても大切にしているから、その一定の隔たりは、不思議と冷たさではなく心地よさを感じるはずだ。遠い場所、遠い時代。カメラに映っているのは知らない人たちの知らない生活なのに、郷愁が胸を突く。故郷を思い出す。『東から』と『アメリカン・ストリーズ』の主人公は誰でもない、あえていうなら「誰か」や「人々」の映画である。そしてすなわちそれは「私たち」の映画にもなるのだと気が付く。

(パズー)

ゴールデン・エイティーズ
Golden Eighties

シャンタル・アケルマン監督作品/1986年/ベルギー・フランス・スイス/96分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 シャンタル・アケルマン
■脚本 シャンタル・アケルマン/ジャン・グリュオー/レオラ・バリッシュ/ヘンリー・ビーン/パスカル・ボニゼール
■撮影 ジルベルト・アゼヴェード/リュック・ベナムー
 
■出演 デルフィーヌ・セイリグ/ミリアム・ボワイエ/ジョン・ベリー/リオ

© Jean Ber – Fonda&on Chantal Akerman

【2023/10/14(土)~10/20(金)上映】

美容院やカフェが並ぶパリのカラフルなブティック街を舞台に、そこで働く従業員たち、客たちが恋模様を歌い上げるミュージカル。パステルカラーの衣装に身を包んだ登場人物たちが歌い踊るロマンティックな浮遊感と、愛に対するアケルマンの容赦ない視線が巧みにバランスされている。シナリオにはフランソワ・トリュフォー監督作品に欠かせないジャン・グリュオー、アンドレ・テシネ監督『ブロンテ姉妹』(79)やジャック・リヴェット監督『美しき諍い女』(91)を手掛けたパスカル・ボニゼールと名脚本家が参加した。

一晩中
Toute une nuit

シャンタル・アケルマン監督作品/1982年/ベルギー・フランス/90分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 シャンタル・アケルマン
■撮影 カロリーヌ・シャンプティエ/フランソワ・エルナンデス/マチュー・シフマン
 
■出演 オーロール・クレマン/チェッキー・カリョ/ヴェロニク・シルヴェール/ヤン・デクレール

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/14(土)~10/20(金)上映】

ブリュッセルの暑い夜、眠りにつくことのできない人々。ある者は恋人の腕のなかに飛び込み、ある者は街に繰り出し、夫婦は語らい、そしてある者はバーでダンスを踊る……。官能的な熱を帯びた一晩の中で連結していく、数々の出会いや別れ。詩的な青色の夜を描き出す撮影監督の一人に、ジャック・リヴェット監督『北の橋』(81)、80年代のジャン=リュック・ゴダール監督作品、近年ではレオス・カラックス監督『アネット』(2021)を手掛けた名女性キャメラマン、カロリーヌ・シャンプティエ。

東から
D'Est

シャンタル・アケルマン監督作品/1993年/ベルギー・フランス/115分/DCP/スタンダード/※日本語字幕無し

■監督 シャンタル・アケルマン
■撮影 レイモンド・フロモン/ベルナール・デルヴィル

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/14(土)~10/20(金)上映】

ポーランドやウクライナ、東ドイツといった、ソ連崩壊後の旧共産主義国の都市とそこで暮らす人々の姿をとらえたドキュメンタリー。ナレーションや場所の名前をも排して、アケルマンは時折市井の人々の家庭の様子を散りばめながら、果てしない距離や文化情勢、生活様式を記録した。洞窟のような駅のホーム、カメラを見つめる人々の表情、寒空…。透徹した眼差しがその場所で確かに流れる時間と観客を近づけ、好奇心を駆り立て、映像そのものが静かに語りはじめる。

アメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学
Histoires d'amérique:Food,Family and Philosophy

シャンタル・アケルマン監督作品/1989年/ベルギー・フランス/91分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督 シャンタル・アケルマン
■撮影 リュック・ベンハム
 
■出演 モーリス・ブレナー/デイビッド・バンツマン/ジュディス・マリナ/エスター・バリント

Collections CINEMATEK – ©Fondation Chantal Akerman

【2023/10/14(土)~10/20(金)上映】

まるで『家からの手紙』(’76)からのバトンのような、霧の中のニューヨーク湾から始まり、夜の摩天楼が映し出される。次々にフレーム内に現れては自分のエピソードを語り、去っていく老若男女。彼らは皆ヨーロッパからやってきたユダヤ系の人々だ。記憶を手繰りながら時にユーモラスに、辛辣に語られていく彼らの幸福や悲しみ、それぞれの<アメリカン・ストーリー>。語り手たちは、実際にニューヨークに住むユダヤ人俳優によって演じられた。