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トリュフォーは恋愛映画を作り続けました。しかし、例えば同じく恋愛映画を撮り続けたヌーヴェルバーグの盟友(正確に言えば兄貴ですが)のエリック・ロメールが描く恋愛模様の多くが湛えていた楽天性に比べ、トリュフォーの恋愛観はもっとグルーミーで屈折しています。もちろんトリュフォー作品でも恋愛は躍動する俳優たちのリズム、瑞々しい抒情的な映像によって陶酔的な体験として描かれもするのですが、そこに溢れる楽しさはそれが今すぐにでも破綻するかもしれないという恐れや不安といつも隣り合わせのものだったように思うのです。
誰かに「愛している」ということは、その相手に受け入れられない(受け入れられても形だけである)可能性を常に生み出してしまうものです。例え一時的に受け入れてもらえたとしても、長い目で見ればその幸せな関係が死ぬまで続く保証はどこにもありません(悲しいかな、死ぬまで続くことの方がまれな事態なのかもしれません)。屈指のロマンティストであったはずのトリュフォーは、恋愛が儚く簡単に壊れてしまうことを知っていたからこそ、その一瞬の美しさを、かけがえのなさを信じようとしたのではないでしょうか。
今回上映するのは、不倫を巡るドラマがサスペンスフルに展開される『柔らかい肌』と不思議な浮遊感をもった三角関係ドラマ『突然炎のごとく』の初期代表作二本。どちらかというと後者の方が明るい作品に見えはするのですが、どちらも通底する世界観は同じだと思います。トリュフォーの描く恋愛は常に壊れやすく不確かで危ういものであり、だからこそそれは(私たちの人生において実感されるように)一瞬の奇跡のように、絵空事ではない輝きを湛えるのです。
また、今回はトリュフォーやゴダールが批評家時代に最大の賛辞を送った巨匠ダグラス・サークの代表作『悲しみは空の彼方に』を特別レイトショー上映します。ドイツに生まれナチス政権を逃れてアメリカに亡命、ハリウッドでメロドラマを撮り続けたサークの描くロマンスもまた、作者の深い知性と諦念に根ざした哀しみを湛えています。ドイツの鬼才ファスビンダーに「世界で一番美しい」と言わしめ、彼を筆頭にダニエル・シュミットやトッド・ソロンズ、フランソワ・オゾンなど崇拝者を今なお増やし続けるサーク作品の貴重なスクリーン上映となります。ぜひトリュフォー作品と合わせてご鑑賞ください。
柔らかい肌
The Soft Skin
■監督 フランソワ・トリュフォー
■脚本 フランソワ・トリュフォー/ジャン=ルイ・リシャール
■撮影 ラウル・クタール
■音楽 ジョルジュ・ドルリュー
■出演 ジャン・ドサイ/フランソワーズ・ドルレアック/ネリー・ベネデッティ
【2019年12月7日から12月13日まで上映】
女性心理と中年男の情念を巧みに描いた サスペンスフルな物語
ピエール・ラシュネーは文芸誌の編集長で、評論家としても有名だった。妻フランカと娘との暮らしも順風満帆に見えたが、ピエールは若い客室乗務員・ニコルと恋に落ちてしまう。ニコルとの新しい生活を夢見て家を出たピエールはプロポーズするが、彼女はそれを拒絶したのだった。孤独になったピエールは妻に謝罪の電話を入れるが、それは彼女が出かけたすぐ後のことだった。フランカは旅先の写真から愛人の存在を知ってしまい、夫がいつも行くレストランへ向かっていたのだ。その手には、猟銃が握られていた…。
妻子持ちの高名な文芸評論家とキャビンアテンダントの不倫劇というありふれた恋愛スキャンダルを題材としながら、平和で退屈な日常を捨て若い女に溺れる優柔不断な中年男の心理的葛藤を巧みに描いた本作。恋のロマンを高らかに謳い上げる作品を作るかたわら、冷徹なリアリズム描写をものにするトリュフォーの幅広い世界は驚異の一言。ヒロイン役のフランソワーズ・ドルレアックは、後に『暗くなるまでこの恋を』『終電車』でヒロインを演じるカトリーヌ・ドヌーヴの姉。この作品の3年後に交通事故のため25歳でこの世を去った。
突然炎のごとく
Jules and Jim
■監督 フランソワ・トリュフォー
■原作 アンリ=ピエール・ロシェ
■脚本 フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー
■撮影 ラウル・クタール
■音楽 ジョルジュ・ドルリュー
■出演 ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール/マリー・デュボワ
【2019年12月7日から12月13日まで上映】
揺れ動く三角関係の心 ジャンヌ・モローの輝く美しさに目が離せない
親友同士のジュールとジムは、情熱的で奔放な女性カトリーヌに恋をする。ジュールは彼女にプロポーズするが、ジムは、彼女は妻に向かないと言った。ジュールと結婚した彼女だが、ジムと再会したことで二人に愛の炎が燃え上がる。カトリーヌの気持ちを知ったジュールは、ジムに彼女と結婚して3人で暮らしたいと頼むのだった。しかし、小さな食い違いでジムとカトリーヌの関係が崩れはじめる。ある日出かけた河岸で、カトリーヌはジムをドライブに誘い、壊れた橋に向かってスピードを上げた。
トリュフォーの長編3作目は映画史に残る究極のラブストーリー。男2人と女1人の三角関係という古典的な設定の恋物語をヌーヴェル・ヴァーグの自由な映画作法で斬新に、かろやかに描ききったフランス映画屈指の傑作! 2017年に惜しくも逝去した大女優ジャンヌ・モローの自由奔放な演技がスクリーンに炸裂。死への憧憬を内に秘めながら、きまぐれで情熱的なヒロイン像は圧倒的。『勝手にしやがれ』のラウル・クタールによるモノクロ映像も美しい。
【特別レイトショー】 悲しみは空の彼方に
【Late Show】Imitation of Life
■監督 ダグラス・サーク
■脚本 エリナー・グリフィン/アラン・スコット
■撮影 ラッセル・メティ
■音楽 フランク・スキナー
■出演 ラナ・ターナー/ジョン・ギャヴィン/サンドラ・ディー/ファニタ・ムーア/スーザン・コーナー/ロバート・アルダ/ダン・オハーリヒー/マヘリア・ジャクソン
■1959年アカデミー賞助演女優賞ノミネート(
ファニタ・ムーア、スーザン・コーナー)/ゴールデン・グローブ賞助演女優賞受賞(
スーザン・コーナー)
© 1959 Universal Pictures Co., Inc. All Rights Reserved.
【2019年12月7日から12月13日まで上映】
ふたつの家族の、愛と憎しみの10年。 名匠ダグラス・サーク、アメリカ時代最後の大傑作。
1947年、未亡人の女優ローラとその娘のスージーはコニー・アイランドの謝肉祭で、黒人女性のアニーと娘のサラジェーンと知り合う。アニーは夫に捨てられ、サラジェーンを連れて職を探し、住む場所さえなかった。ローラは彼女の境遇に同情し、アパートでの同居を持ちかける。やがてローラは舞台女優として輝かしい成功をおさめていくが…。
ファニー・ハーストのベストセラー小説を再映画化したダグラス・サークの最後のアメリカ作品。白人と黒人、ふたつの母娘の10年を感動的に描いた重厚なメロドラマの名作。主演はラナ・ターナー、サンドラ・ディー、ファニタ・ムーア。黒人と白人とのハーフである娘サラジェーン役を演じたスーザン・コーナーは、その熱演が評価されゴールデングローブ賞を受賞した。
興行的に大成功をおさめたが、その後サークは体調を崩して休業。以降映画界に復帰することはなかった。