【2022/12/3(土)~12/9(金)】『囚われの女』『オルメイヤーの阿房宮』/『私、あなた、彼、彼女』『アンナの出会い』

すみちゃん

シャンタル・アケルマンという作家は、いつもわたしの中で幻の存在だった。なかなか日本で観ることができないのに、常に重要な作家のひとりとして名が挙がり、めったにない上映の機会を逃すとなかなか観ることができない。きっとまだ見逃している方もいらっしゃると思うので、早稲田松竹で上映できることがとても嬉しい。

『私、あなた、彼、彼女』(1974)では冒頭から部屋の中でずっとアケルマンがマットレスを動かしてみたり寝転がったり砂糖を袋から直接出して食べたりする。誰しもが持つ衝動や本能そのままに行動する人間がチャーミングな映画は、いつまでも見ていたくなる。わたしが映画で観たいのはこれだ! と思った。1960年代から70年代に起きたウーマン・リブ(女性解放運動)とも重なり、女性が性別による抑圧からの解放を呼びかけていたように、映画内のアケルマンの行動はとても伸びやかだ。社会的に独立することが求められず、“部屋”という閉鎖的な空間に追いやられてきた女性として抵抗するかのように、彼女は映画の中で自由奔放に動き回る。アケルマンの初短編作品『街をぶっ飛ばせ』(1968)や『部屋』(1972)もアケルマンが家にいる映画であり、彼女の出発点はいつも“部屋”だった。

『アンナの出会い』(1978)では映画監督のアンナが映画のプロモーション活動によってホテルを転々とし、さまざまな人と共に過ごす。ヨーロッパ各地を回っているにもかかわらず、描かれるのはほとんど室内(とりわけホテル内)での親密なやり取りだ。それまでの映画では、部屋は社会と隔たりのある存在だったのが、アンナから語られる大切な人と過ごしたホテルでの一夜は映像としては描かれず、“部屋”が見えない。アンナの語り口から想像することしかできないからこそ、より一層特別な時間だったことが分かる。

『囚われの女』(2000)『オルメイヤーの阿房宮』(2011)はどちらの作品にも部屋から出られない女性が登場し、やはりこの2作でも“部屋”への強烈な印象が残る。『囚われの女』は恋人の浮気を疑い始め、男性が自分の恋人を豪邸にかくまうように住まわせている。『オルメイヤーの阿房宮』の主人公オルメイヤーは、父親として娘を思って外国人学校に入れるが、娘はただ自由を奪われただけだ。今度は執拗な感情によって人が閉じ込められていき、物質的な“部屋”という空間だけではなくなった。アケルマンにとっての“部屋”はどんどん拡張していき、想像力が求められていく。

アケルマンの両親はユダヤ人で、母方の祖父母はポーランドの強制収容所で死去している。彼女のインタビューでは度々収容所の話が出てくるが、母親は当時のことについてあまり話さなかったそうだ。アケルマンが幼少期に見ていた悪夢も、戦争や収容所が結びついており、収容所という残虐で抜け出せないその空間について、彼女はずっと考え続けていたのではないかと思う。人間による差別意識や残酷さから生まれた空間を、わたしたちは歴史的に知ることはできても、苦しみや痛みは想像することしかできない。また、収容所は排除される人間がいるべきだという忌まわしい感情によって生まれた場所だ。人間を閉じ込め、苦しめようとしているのは結局同じ人間であり、人間の愚かさについて、アケルマンはずっと描いてきているのではないかと思う。“部屋”という身近な場所から、彼女は深く世界を見つめ続けた。彼女の映画を観たあとは、離れて過ごす家族の“部屋”や、自分とは違う国に住んでいる誰かの“部屋”のことを、じっくりと想像してみてほしいなと思う。

オルメイヤーの阿房宮
Almayer's Folly

シャンタル・アケルマン監督作品/2011年/ベルギー・フランス/127分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■撮影 レイモンド・フロモン

■出演 スタニスラス・メラール/マルク・バルベ/オーロラ・マリオン

【2022/12/3(土)~12/9(金)上映】

東南アジア奥地の河畔にある小屋で暮らす白人の男オルメイヤー。彼は現地の女性との間に生まれた娘を溺愛し外国人学校に入れるが、娘は父親に反発するように放浪を重ねていく……。『地獄の黙示録』(79)のもとになった「闇の奥」で知られるイギリスの作家ジョゼフ・コンラッドの処女小説を脚色。時代も場所も明かされず抽象化された設定の中で、狂気と破滅の物語が繰り広げられる。原作の持つ実存主義と家父長制という重苦しいテーマを孕みながらも、アジアの街並みを自在に歩き回る娘を横移動で捉えたカメラが素晴らしく、幻想的なまでに美しい。

囚われの女
The Captive

シャンタル・アケルマン監督作品/2000年/フランス/117分/DCP/R18+/ビスタ

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■原作 マルセル・プルースト
■撮影 サビーヌ・ランスラン

■出演 スタニスラス・メラール/シルヴィ・テスチュー/オリヴィエ・ボナミ/オーロール・クレマン

【2022/12/3(土)~12/9(金)上映】

祖母とメイド、そして恋人のアリアーヌとともに豪邸に住んでいるシモンは、アリアーヌが美しい女性アンドレと関係を持っていると信じ込み、次第に強迫観念に駆られていく。マルセル・プルーストの「失われたときを求めて」の第五篇、「囚われの女」の大胆で自由な映像化。嫉妬に苛まれ、愛の苦悩に拘束される虜囚の境地をアケルマンは洗練された表現で描写する。ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』(63)やアルフレッド・ヒッチコックの『めまい』(58)をも想起させるこの傑作は公開年の「カイエ・デュ・シネマ」ベストテンで2位に選ばれた。

アンナの出会い
Meetings with Anna

シャンタル・アケルマン監督作品/1978年/フランス・ベルギー・ドイツ/127分/DCP/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■撮影 ジャン・パンゼ

■出演 オーロール・クレマン/ヘルムート・グリーム/マガリ・ノエル

【2022/12/3(土)~12/9(金)上映】

最新作のプロモーションのためにヨーロッパの都市を転々とする女性監督を描く、アケルマンの鋭い人間観察力が光る一本。教師、母親、母親の友人らとの接触を挟みながら、常に孤独に彷徨い歩く主人公アンナの姿と、日常に溶け込みはしない断片的な空間と時間とを通して、アイデンティティや幸福の本質が絶妙な構成で描き出されている。『パリ・テキサス』(84)のオーロール・クレマン、『キャバレー』(72)のヘルムート・グリーム、『フェリーニのアマルコルド』(73)のマガリ・ノエルとアケルマン作品にしては豪華なキャストが揃う。

私、あなた、彼、彼女
I, You, He, She

シャンタル・アケルマン監督作品/1974年/ベルギー・フランス/86分/DCP/R18+/スタンダード

■監督・脚本 シャンタル・アケルマン
■撮影 ベネディクト・デルサル

■出演 シャンタル・アケルマン/クレール・ワティオン/ニエル・アレストリュプ

【2022/12/3(土)~12/9(金)上映】

アケルマン自身が演じる名もなき若い女がひとり、部屋で家具を動かし手紙を書き、裸で砂糖をむさぼる。部屋を出た彼女はトラック運転手と行動を共にし、訪れた家で女性と愛を交わす……。撮影時24歳だったアケルマンによる“私”のポートレイト。殺風景な空間と単調な行為が彼女の閉塞感や孤独を際立たせ、激しく身体を重ね合うことで悦びがドラマティックに表現される。観客は彼女の道程を緊張感を持って見つめることによって、その“時間”を彼女と共有する。