「息をするように映画を撮る」。
これはゴダールがフィリップ・ガレルのことを形容した言葉ですが、その言葉はゴダール本人にも、あるいはカサヴェテスにも当てはまるものではないでしょうか。彼らにとって映画を作ることは実生活と不可分に結びついています。
今回上映するのはどれも「愛」を主題にした作品ですが、それらは甘いラブストーリーや涙を誘う悲恋ではなく、通常の劇映画の枠を超える程の生々しい痛みを湛えて私たちの心に刺さるものです。映画作家の人生が色濃く反映された、ひと筋縄ではいかない愛の軌跡を是非スクリーンでご堪能下さい。
フェイシズ
FACES
(1968年 アメリカ 130分 ビスタ)
2017年12月23日から12月29日まで上映
■監督・脚本 ジョン・カサヴェテス
■製作・編集 モーリス・マッケンドリー
■撮影・編集 アル・ルーバン
■音楽 ジャック・アッカーマン
■出演 ジョン・マーレイ/ジーナ・ローランズ/シーモア・カッセル/リン・カーリン
©1968 JOHN CASSAVETES
結婚後14年が過ぎ、夫婦関係が破綻しかけたリチャードとマリア。リチャードは、高級娼婦のジェニーの家で友人と共に大騒ぎをした翌朝、突然マリアに別れを告げる。その晩リチャードはジェニーの家に再び出かけてしまう。一方マリアは、友人たちと出かけたディスコで知り合った若者チェットを家に連れ帰り…。
ベトナム戦争が苛烈を極め、その反動でロックやドラッグで世界を変えようとしたヒッピーカルチャーが花盛りだった68年は、『2001年宇宙の旅』も発表されてアメリカが大きな転換点にあることを告げた時代でした。しかし、その年に俳優兼監督のカサヴェテスが発表したのは、ある一組の夫婦の愛情の彷徨と終焉の記録でした。
現在に至るまでインディペンデント映画に積極的に出演するシーモア・カッセルや本作でデビューしていきなりアカデミー賞にノミネートされたリン・カーリンらの顔が荒々しく繊細に焼き付けられたこのフィルムは、下手な娯楽映画や文芸映画より人間を徹底的に見つめることの方が遥かにスリリングで美しいことを世界中に知らしめました。新しい映画の地平を切り開き、今なおクリエーターたちから絶大な支持を得るカサヴェテス初期の大傑作です。
軽蔑 デジタル・リマスター版
Le Mepris
(1963年 フランス/イタリア/アメリカ 102分 シネスコ)
2017年12月23日から12月29日まで上映
■監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール
■原作 アルベルト・モラヴィア
■撮影 ラウル・クタール
■編集 アニエス・ギュモ
■音楽 ジョルジュ・ドルリュー
■出演 ブリジット・バルドー/ミシェル・ピコリ/ジャック・パランス/フリッツ・ラング
©1963 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. All Rights Reserved.
劇作家ポールは、映画プロデューサーのプロコシュに、大作映画『オデュッセイア』の脚本の手直しを命じられる。そんな夫を、女優である妻カミーユは軽蔑の眼差しで見つめていた。映画のロケのため、カプリ島にあるプロコシュの別荘に招かれたポールとカミーユ。ふたりの間に漂う倦怠感は、やがて夫婦関係の破綻を導き、思いがけない悲劇を生む…。
今や俗世を超越した神様の領域に近づきつつあるゴダールですが、60年代の彼は時代と共に疾走する寵児でした。本作は当時人気絶頂だったブリジット・バルドーを主演に迎えた大作です。
芸術であり産業でもある映画が抱える矛盾を男女の愛と倦怠に重ねたこの作品は、同じく映画製作を主題にしたトリュフォーの『アメリカの夜』と対照的な悲劇的ムードが濃厚です。そこには彼のミューズだったアンナ・カリーナとの関係が投影されているのですが、カプリ島の絶景を焼き付けたラウル・クタールの映像は鮮烈であり、ゴダールらしいポップな色使いと人を喰ったようなユーモア感覚が共存することで不思議とアナーキーな印象を与えます。その意味で後の名作『気狂いピエロ』を予告する作品であり、ゴダールがより政治的になっていく契機にもなった重要な作品です。
La Naissance de L'amour
(1993年 フランス/スイス 94分 ビスタ/MONO)
2017年12月23日から12月29日まで上映 ■監督・脚本 フィリップ・ガレル
■脚本 マルク・ショロデンコ/ミュリエル・セール
■撮影 ラウル・クタール
■音楽 ジョン・ケイル
■出演 ルー・カステル/ジャン=ピエール・レオー/ヨハンナ・テル・ステーヘ/オレリア・アルカイス
友人である俳優のポールと作家マルキュス。彼らはもう若くはない。マルキュスはエレーヌという女性と同棲している。失踪癖のあるポールは恋人のウルリカと別れ、妻の元に帰る。幼い娘の誕生と、些細なことで衝突をくり返す二人。そして、新しい愛の始まり。自分のもとを去ったエレーヌの愛を取り戻そうとするマルキュス。そして、ポールは子供たちへの愛情と新しい愛の誕生を両立させることができるのだろうか?
主演のジャン・ピエール=レオーはトリュフォーとのコラボで知られるご存知ヌーヴェルヴァーグの申し子。共演者のルー・カステルもマルコ・ベロッキオの『ポケットの中の握り拳』でデビュー以降、ヨーロッパの先鋭的な映画作家の共犯者であり続けた俳優です。それゆえ、この苦みに満ちたドラマには、輝いていたヌーヴェルヴァーグ時代の終焉から30年近くの時を経た二人にしか出せない深い痛みがあります。
とはいえ決して深刻なトーンのみに支配された作品ではありません。ガレルと撮影監督ラウル・クタールのコンビによるモノクロ映像は、密やかに息づく俳優たちの顔や佇まいはもちろん、部屋の何気ない事物や街の喧噪ですら静謐で忘れがたい美しさを湛えています。ジョン・ケイルによる内省的なピアノも素晴らしく、私たちをメランコリックな冬のパリへと誘います。一貫して「愛」を描き続ける孤高の映画作家ガレルの90年代の代表作です。
(ルー)