【2021/9/4(土)~9/10(金)】『ノマドランド』『ミナリ』

ミ・ナミ

人が自然を相手に生活していくことにどれほどの理不尽さがつきまとうか、それは人間界で生きていくこととはまた違ったものがあります。一方でその計り知れないほど大きな存在に向き合ったとき、畏れは厳粛さとして私たちを敬虔な気持ちにさせることもたしかです。今週の早稲田松竹は、大地とともにあることの困難と豊かさを描く二本立てです。『ノマドランド』と『ミナリ』を上映いたします。

『ノマドランド』は、定住せずに働きながらアメリカの各地を渡り歩く現代のノマドたちを追った作品です。ネバダ州で臨時教員の職に就いていた主人公のファーンは、アメリカを襲った経済危機のあおりで街の工場が破綻し、家も仕事も手放すことになります。夫も亡くした彼女は一人バンに乗り込み、日雇いや季節労働を求めて旅に出るのです。ほとんどのキャストが本物のノマドであり、そこに違和感なく溶け込んだ主演のフランシス・マクドーマンドも含めて描写は淡々としています。もちろん、流浪の民であり高齢季節労働者である彼ら/彼女らは時に苦しい状況に置かれますが、それ以上に茶目っ気や人間味、過去を追憶する様子も前景化されるため、観ていて穏やかな時間が流れます。ファーンたちはホームレスではなくハウスレス、ホームは心にあると言います。箱としての固定の住み場所を持たないことが本来の意味でのフリーダムとタフネスなのだと語っているかのようです。そしてノマドたちは、いつかは懐に抱かれるようにして心の故郷=自然へと帰っていくのでしょう。

他方『ミナリ』も、よくあるヒューマンドラマとは趣を異にしています。韓国から夫ジェイコブの一言でアメリカ南部アーカンソー州へ移り住んできた一家が、土地を開拓して「エデンの園を作る」(ジェイコブ曰く)ための道のりは血の出るような日々で、時に大きく当てが外されてしまいます。慣れない外国の自然を相手にした苦闘で周りを顧みないジェイコブと、子を思うあまり夫への苛立ちを募らせる妻モニカによる軋轢は、自然の泰然とした姿に比べて卑小で、しかし抗いようのない人間の本質を突いているようでもあります。そんな家族間のさざ波を、ソウルから渡米してきた祖母スンジャが持つ天性のほがらかさと強さがやさしく凪いでくれます。韓国のベテラン名女優ユン・ヨジョンが演じたスンジャの暢気さ、穏やかさの中に彼女の来し方を感じさせる重みを持たせているのも印象的です(アカデミー賞助演女優賞をはじめ各国で絶賛されたのも納得です)。

『ミナリ』とは、スンジャが水辺で育てている「セリ」を意味する韓国語です。生命力に満ちどんな料理に入れても合い、病人も元気にし、また二度目の旬が美味しいのだそうです。セリはスンジャそのものでもあり、また何度くじかれてもまた立ち上がって歩みを進める移民や開拓民を鼓舞するようです。そして『ノマドランド』でも、決して若くはないファーンたちが、自然の中に身をゆだねて再びの青春を謳歌するかのような姿があります。大きな喪失、あるいは既成の理想を捨てた先にもう一度機会が訪れるのだという両作品のメッセージは、人生の新たな価値の発見へと観客をいざなっているようです。

どちらの作品も、人間が生きる強さとはどんなものなのかを芯から感じさせます。ここで描かれた自然のように、自分を超えた雄大な存在に試される瞬間がおとずれたときどうふるまうのか―そこに正解はなく、ただ生き方の信念だけが問われるのではないでしょうか。

ミナリ
Minari

リー・アイザック・チョン監督作品/2020年/アメリカ/116分/DCP/シネスコ 

■監督・脚本 リー・アイザック・チョン
■製作 デデ・ガードナー/ジェレミー・クライナー/クリスティーナ・オー
■撮影 ラクラン・ミルン
■編集 ハリー・ユーン
■音楽 エミール・モッセリ

■出演 スティーヴン・ユァン/ハン・イェリ/ユン・ヨジョン/ウィル・パットン/アラン・キム/ネイル・ケイト・チョー

■第93回アカデミー賞助演女優賞受賞、主要5部門ノミネート/2020年サンダンス映画祭審査員賞・観客賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート

©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

【2021年9月4日から9月10日まで上映】

そして、明日が始まる――

1980年代、農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブは、アメリカはアーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻のモニカは、いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟のデビッドは、新しい土地に希望を見つけていく。

まもなく毒舌で破天荒な祖母も加わり、デビッドと一風変わった絆を結ぶ。だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、思いもしない事態が立ち上がる──。

韓国系移民家族の物語に世界中が熱狂! 新たなる家族映画のマスターピース。

アメリカにやって来た移民家族。農業でひとやま当てたい父に振り回される一家に、様々な困難が降りかかる。自身の家族をモデルにした物語を生み出したのは、リー・アイザック・チョン監督。『君の名は。』ハリウッド実写版を手掛けることでも話題の新鋭だ。父ジェイコブを演じるのは「ウォーキング・デッド」シリーズ、『バーニング 劇場版』のスティーヴン・ユァン。本作でアジア系俳優として初のアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。また祖母を演じたユン・ヨジョンはアカデミー賞助演女優賞を受賞。韓国で長年活躍してきた名女優が世界で注目を浴びた。

製作陣も見逃せない。『ミッドサマー』など話題性と作家性の強い作品で今やオスカーの常連となったA24と、『それでも夜が明ける』でエンターテイメントの定義を変えたブラッド・ピット率いるPLAN Bが、チョン監督の脚本にほれ込み、強力タッグを組んでいる。

タイトルの「ミナリ」は、韓国語で香味野菜のセリ(芹)。たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている。

ノマドランド
Nomadland

クロエ・ジャオ監督作品/2020年/アメリカ/108分/DCP/シネスコ

■監督・製作・脚色・編集 クロエ・ジャオ
■原作 ジェシカ・ブルーダー「ノマド 漂流する高齢労働者たち」(春秋社刊)
■撮影 ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ
■音楽 ルドヴィコ・エイナウディ

■出演  フランシス・マクドーマンド/ デヴィッド・ストラザーン/リンダ・メイ/スワンキー/ボブ・ウェルズ

■第93回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演女優賞受賞/2020年ベネチア国際映画祭金獅子賞受賞/2020年トロント国際映画祭観客賞 ほか多数受賞・ノミネート

©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

【2021年9月4日から9月10日まで上映】

“あなたの人生を変えるかもしれない、特別な作品”

企業の破たんと共に、長年住み慣れたネバタ州の住居も失ったファーンは、キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んで、〈現代のノマド=遊牧民〉として、季節労働の現場を渡り歩く。その日、その日を懸命に乗り越えながら、往く先々で出会うノマドたちとの心の交流と共に、誇りを持った彼女の自由な旅は続いていく──。

ドキュメンタリーとフィクションの境界線を超えた、かつてないロードムービー。

アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちを描き、ベネチア国際映画祭最高賞(金獅子賞)、そしてアカデミー賞作品賞・監督賞・主演女優賞の3冠に輝いた『ノマドランド』。ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、前作『ザ・ライダー』が高く評価されたクロエ・ジャオ監督がメガホンをとった。彼女はマーベル・スタジオの最新ヒーロー大作『エターナルズ』の監督に抜擢されている。

主人公ファーンを演じるのは、『ファーゴ』『スリー・ビルボード』に続く3度のオスカー受賞の快挙を成し遂げたフランシス・マクドーマンド。彼女自身の生き方や考え方、ファッションなどライフスタイルのすべてを投影して、ファーンというキャラクターが創り上げられた。撮影方法も従来とは異なり、実在のノマドたちのなかにマクドーマンド自らが身を投じ、彼らと路上や仕事場で交流し、荒野や岩山、森の中へと分け入った。ファーンと深い絆を結ぶ、ボブ・ウェルズ、リンダ・メイ、スワンキーたちは原作に登場しており、本人として映画に出演している。