ミ・ナミ
どんな人にも、かつての生き方には戻れないほどに、自分を変えてしまう映画があるならば、私にとってそれはイ・チャンドン監督の映画です。
監督が描く人物像は、往々にして不愉快さを誘います。身勝手で低俗だったり、振る舞いが無神経だったりして、観客は感情移入をためらってしまうことがしばしばあります。私が初めて観たのは『オアシス』ですが、愛し合う主人公二人を疎外し傷つけるのは、平凡な顔をした“大多数の人間”たちの無理解でした。しかし私も彼らの現し身に過ぎないのだと気づかされると、心地よく甘い感動とは無縁の厳粛な世界に打ちのめされたのです。
監督の作品には、「光」がモチーフとして頻繁に登場します。光が何かの加減で明るく輝いたり、鈍くくすんで見えるように、人間の本質は一言で説明がつけられません。ある場面で卑劣なふるまいをした者は、もう誰のことも救えないのだろうか?目に見える善意は常に正しいのだろうか? イ・チャンドン監督の作品は、こうして心の中に凝り固まった善と悪、聖と邪を揺さぶりながら、人間の本質とは何かを追い求めているのです。
ある韓国の映画評論家は、イ・チャンドン監督のスタイルを“隔離された孤島”と表現しました。たしかに近寄りがたくありながら、監督の作品を観た後は、胸の痛みとともに幸福感があります。それは「不愉快さ」を経てのみ触れることが叶う美しさが、映画の中に確かに存在するからです。言葉にするならば、「誠実さ」と呼ぶべきものです。時としてそれは理解されず、間違った行為だと非難、あるいは拒絶されるかもしれません。たとえそうだとしても、誰かのために誠実さを選び取ることに美しさがある。監督の映画はそう静かに語っていると、私は思うのです。
20年間のキャリアで、たった6本という大変な寡作ぶりですが、映画ファンの誰もが新作を待ち焦がれてやみません。そして監督の作品はずっと私のそばにあります。「あなたは誠実に生きているのか?」――いつもそう監督に問われている気がして、背筋が伸びる思いがするのです。
オアシス HDデジタルリマスター版
Oasis
■監督・脚本 イ・チャンドン
■撮影 チェ・ヨンテク
■美術 シン・チョミ
■音楽 イ・ジェジン
■出演 ソル・ギョング/ムン・ソリ/アン・ネサン/チュ・グィジョン/リュ・スンワン
■第59回ヴェネツィア国際映画祭最優秀監督賞・新人俳優賞・国際批評家連盟賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート
© 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.
【2019年7月27から8月2日まで上映】
世の中から疎外された二人が知った“はじめての愛”
ひき逃げ事故で兄を助け刑務所から出たばかりの青年ジョンドゥは、家族のもとに戻るものの、皆からけむたがられていた。ある日、被害者家族のアパートを訪れた彼は、寂しげな部屋で一人取り残された女性コンジュと出会う。脳性麻痺を持つコンジュは、部屋の中で空想の世界に生きていた。二人は互いに心惹かれ合い、純粋な愛を育んでいくが、周囲の人間はだれ一人として彼らを理解しようとはしなかった。そして、ある事件が起こる…。
極限の純愛物語が15年の時を経て蘇る
前作『ペパーミント・キャンディー』で世界中で注目を浴びたイ・チャンドン監督の長編三作目。社会や家族から疎外された男女のあまりにも純粋な愛を、厳しい現実を見つめながらも詩情あふれる世界観を織り交ぜながら描きだした。ふたりの可憐で純粋な愛のかたちは、例えようもないほど切なくて、あたたかい、しかし胸に突き刺さるような痛みを伴った深い感動を呼び起こす。
主人公の青年を、いまや韓国を代表する名優ソル・ギョングが繊細かつ豊かに演じる。脳性麻痺のヒロインという難役に扮したムン・ソリは、その圧巻の演技でヴェネツィア国際映画祭新人俳優賞に輝いた。
シークレット・サンシャイン
Secret Sunshine
■監督・製作・脚本 イ・チャンドン
■原作 イ・チョンジュン「虫の物語」
■撮影 チョ・ヨンギュ
■音楽 クリスチャン・バッソ
■出演 チョン・ドヨン/ソン・ガンホ/チョ・ヨンジン/キム・ヨンジェ/ソン・ジョンヨプ/ソン・ミリム/キム・ミヒャン
■2007年カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞/2008年アジア・フィルム・アワード三冠達成(作品賞・監督賞・主演女優賞) ほか多数受賞・ノミネート
© 2007 CINEMA SERVICE CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED
【2019年7月27から8月2日まで上映】
ふり注ぐ日差しをどれだけ浴びたら あなたの悲しみは消えてゆくのだろう
幼い息子とふたり、ソウルから亡き夫の故郷である地方都市、密陽(ミリャン)に移り住んだシングルマザーのシネ。不器用だが面倒見のいい地元の男ジョンチャンは彼女に好意を寄せるがまったく相手にされない。
ある日、シネは最愛の息子を誘拐されてしまう。誰が、なぜ…? 悲しみのどん底に突き落とされるシネ。ジョンチャンが差し伸べる優しさも拒否し、苦しむシネはやがて別の救いを求めるが――
韓国映画界の至宝が贈る、生涯忘れられない最高の一作。
最愛の人を失ったシングル・マザーが陥る絶望、その悲しみを受け止めることしかできない不器用な男の愛と再生。悲しみが狂気に変わるとき、人はどうすればいいのか――。『シークレット・サンシャイン』はある女性の魂の救いをテーマにした珠玉のラブ・ストーリーである。すべての希望を失っても、<密やかな愛>はきっとあなたを照らし出す…それは空から降り注ぐ光ではなく、すぐそばにある存在だと気付くとき、映画は観る者の心を温かな陽射しで包み込む。
2007年のカンヌ国際映画祭において、満場一致で主演女優賞を受賞したチョン・ドヨンの渾身の演技、そのあまりの自然さに演技であることを忘れてしまうソン・ガンホの豊かな人間性、そしてヴェネチア国際映画祭監督賞を受賞した前作『オアシス』から5年ぶりの作品となる巨匠イ・チャンドンの、人間を見つめる深いまなざし。最高の俳優と監督が結集した本作はアジアのアカデミー賞と評されるアジア・フィルム・アワード2008で、アン・リ―監督『ラスト、コーション』を抑えて作品賞・監督賞・主演女優賞の3冠を達成した。
バーニング 劇場版
Burning
■監督 イ・チャンドン
■プロデューサー イ・ジュンドン/イ・チャンドン
■脚本 オ・ジョンミ/イ・チャンドン
■原作 村上春樹「螢・納屋を焼く・その他の短編」(新潮文庫刊)
■撮影 ホン・ギョンピョ
■美術 シン・ジョンヒ
■音楽 Mowg
■出演 ユ・アイン/スティーブン・ユァン/チョン・ジョンソ/チョン・チャンオク/パン・ヘラ
■2018年カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞・最高技術賞(バルカン賞)受賞/米アカデミー賞外国語映画賞韓国代表作品 ほか多数受賞・ノミネート
© 2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved
【2019年7月27から8月2日まで上映】
彼女はいったい、なぜ消えたのか――
小説家を目指すジョンスは、美しくなった幼なじみのヘミと偶然に再会し、ヘミがアフリカ旅行で留守の間、自宅にいるという猫の世話を頼まれる。やがて帰国したヘミは青年ベンを連れていた。裕福な暮らしを送り、日々遊んでいるんだと話す正体不明の男。ある時、ベンはジョンスに自分の秘められた“趣味”を打ち明ける。「僕は時々、ビニールハウスを燃やしています」 そしてこの日を境に、ヘミがいなくなった――
巨匠イ・チャンドンが8年ぶりに生み出した衝撃のミステリー
『ポエトリー アグネスの詩』以来8年ぶりの巨匠イ・チャンドン監督の新作は、村上春樹の短編「納屋を焼く」を大胆に脚色しながらも、過去の村上作品の世界観を見事に踏襲した極上のミステリー。韓国の現代社会で浮遊する若者たちの姿と心理的な駆け引きを鮮明に描き出す。
キャストには注目の若手陣が集まった。主人公ジョンスには『ワンドゥギ』のユ・アイン、ヒロインのヘミにはこれが長編映画デビューとなるチョン・ジョンソ。そして謎めいたベンには、「ウォーキング・デッド」シリーズで知られる人気俳優スティーブン・ユァン。ハリウッドで活躍する彼が母国・韓国の作品に出演し、カリスマ性のある存在感を発揮している。
姿を見せない猫、無言の電話、水のない井戸…全てのシーンが伏線となり、嘘と真実、現実と幻想が入り混じる映像と音楽が、観るほどに新たな謎を問いかける。そして待ち受けるラストシーン――その衝撃は、観るものの心を打ちのめす。