2025.01.30

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

昨年観た動物映画の中で最も印象深かったのが、インドネシア南東部の東ティモールの闘鶏を取り上げたドキュメンタリー『闘鶏:東ティモールの国民文化』でした。日本では闘鶏を含め動物を闘わせることは原則禁止されている(しかし違法に開催されている場合もあるとのこと)のですが、東ティモールでは伝統文化として今なお根強い人気を誇ります。ただ、映画では負の一面もきちんと言及されていました。飼い主の中には、ニワトリの足に日本刀のようなブレードをつけて闘わせる者もいて、脚を振り下ろすと対戦相手の心臓に命中し、効率よく絶命させられるようにしているのです。こうした方式を含め、動物を闘わせるという行為へのモラル、その他の問題点などから近年では現地でも批判的にとらえられているそうです。

とはいえ闘鶏は、フィクション的にかなり魅力的な題材なのかもしれません。最近の作品でいえばクリント・イーストウッド監督『クライ・マッチョ』の重要な要素として扱われています。主人公は老カウボーイのマイク(クリント・イーストウッド)と彼の雇い主の息子ラフォ(エドゥアルド・ミネット)。メキシコからテキサスまでの二人と一羽の不思議なロードムービーで、本作にはラフォの闘鶏のパートナーで“マッチョ”というニワトリが登場します。

ラフォは父と離れたのち、毎夜違う男性を連れ込む母親に育てられ屈折したことから、父を象徴とする強い男性像に憧れを持っています。その思いをマッチョと名付けた雄鶏に託しているのです。カウボーイだったマイクも羨望の対象になるかと思いきや、落馬事故をきっかけに一家離散。今や老いさらばえて牧場をクビになっているといういわゆる男性的強さとはかけ離れた存在。そして動物をとても愛していて、“チキン”なんて呼びながらもマッチョを撫でる手つきには実に優しさを感じます。マッチョもまたマイクにとても懐いている様子が見て取れます。ちなみにニワトリを闘わせる際、トサカがウィークポイントとなるのを恐れて小さく切るという情報もありますが、マッチョには立派なトサカが残っています。

映画の中でマッチョは、マイクやラフォと食卓を囲んでいるシーンでは共に椅子に座り主賓の顔をしていますし、あらゆるシーンでマッチョの「…コッコッコッ」という鳴き声がBGMのように聞こえていて、勇猛なファイターというよりもたくましさに優しさと愛らしさを持つキャラクターとして登場します。公式に発表されてはいないようですが、立派な尾羽や白く精悍な脚などを手掛かりに調べてみると、マッチョはGallos Sweaterと呼ばれる品種のようです。

マッチョを演じた雄鶏は、ジェッドと名付けられた子を含め11羽がスタンバイしていました。劇中、母が差し向けたならず者たちにラフォが襲撃されると、マッチョが首の周りの羽毛を逆立てて激高しキックを浴びせる描写がいくつも見られます。メイキング映像を見ると、イーストウッドが「こちらが攻撃を望めばその通りするニワトリもいて、見応えがあった」と演技に太鼓判を押していました。

冒頭に挙げた『闘鶏:東ティモールの国民文化』でも、闘鶏文化がマチズモ(男性優位主義)と強く結びついていることが語られていて、父が闘鶏にのめり込むあまり全財産を使い果たしたり、自身も好戦的になって妻や娘に暴力をふるうという有害さも指摘されていました。『クライ・マッチョ』で、マッチョ=男性が持つ強靭さという名を冠した一羽の連戦連勝中の雄鶏は、闘鶏という典型的な男らしさを全面に背負いながらも、いざという時に力を発揮する優しいニワトリなのではないでしょうか。

(ミ・ナミ)

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