2023.11.08

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

今年も秋の映画祭シーズンがやってまいりました。かくゆう私も、10月序盤の釜山国際映画祭を始まりに、年末までいつも以上に映画三昧の日々を送ることになりそうです。

映画祭の楽しみとはもちろん映画そのものでもありますが、作品に登場する生き物たちとの邂逅もまた私にとっての喜びでもあります。今年も、私的ベスト・オブ・動物映画と出逢いました。東京で毎年開催されている東京国際映画祭で今年の最高賞に輝いた『雪豹』という作品です。

チベットの山に生息する珍しい雪豹を撮影するため、テレビクルーが山頂に近い村に住む牧畜民のもとへ取材に訪れるシーンから映画は始まります。その家族は、飼っていた羊を何度も雪豹に嚙み殺されていたのでした。9頭がまた犠牲となったある朝、まどろんでいる雪豹を発見した一家はそのまま囲いに閉じ込めてしまいます。一家のうち、兄は羊一頭1000元(約20,463円)の損失を主張し、恨めしい雪豹を殺させろと激憤。一方、父親は雪豹は昔から神聖な動物であることを弱々しく口にするだけで、息子の剣幕を抑えることが出来ません。僧服に身を包み“雪豹法師”と呼ばれる弟は、その昔雪豹と命を助け合ったのだと語り、柵を越えて雪豹の前に佇み対峙する姿を見せます。

一家に対し雪豹を見逃すよう説得する役人、警察、テレビクルー、そして彼ら人間にほど近い場所で騒動をみつめる雪豹の子ども。真っ白い雪原の高貴な雰囲気、僧侶と豹が種を超えて向かい合う様子などがファンタジックでもありながら、人間同士の激しくも滑稽な小競り合いがスリリングでもあるという、寓話的なドラマとして完成されています。

『雪豹』は、とにかく美しい雪豹の佇まいに目を奪われる映画です。雪豹にカメラを向けたテレビクルーの一人が「目がきれいだ」とつぶやくセリフがあるように、宝石のように澄んだ瞳も本当に美しいです。もちろんCGではあるのですが、それゆえに雪豹の非現実さが強調されているように思います。調べてみると、実際に雪豹を観察した記録や研究はあまりなく、その生態は未だに謎めいているのだそうです。この映画は雪豹の持つ神秘性を十分に映しとった映画だといえるのかもしれません。

残念なことに、本作のペマ・ツェテン監督は今年の5月に急逝されたため、なぜ雪豹をモチーフに映画を撮影されたのかを作り手である彼の口から聞くことが出来ませんでした。兄を演じた俳優ジンパさんは「対立を越えて共存を目指していく話」と解説しています。獰猛であり、また神秘的な動物という人外の存在を主役に据えながらも、共存や和解というテーマを目指しているという点が大変興味深いです。今のところ日本での公開は未定ですが、凍てつく雪原を舞台にしたとても優しい作品でありました。

(ミ・ナミ)