2016.05.12

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その2 キティ・ウィンと『哀しみの街かど』

ジェリー・シャッツバーグ監督『哀しみの街かど』(71)は、NYで生きる薬物中毒者カップルの悲劇をクールに描いたアメリカンニューシネマの秀作だ。恐ろしく地味な内容だが、静謐で救いがたいタッチがいまだに色褪せないインパクトを持っている。アル・パチーノの主演デビュー作としてのみ語られがちな作品だが(現行のDVDのパッケージも彼単体の写真だ)、実質的な主人公はキティ・ウィン演じるヒロインのヘレンだといっていいだろう。この映画の彼女は、風に飛ばされそうなのを何とか持ちこたえているかのように、うつむいてばかりいる。アル・パチーノ演じるボビーと恋仲になった彼女だが、ジャンキー生活にどっぷりの彼に精神的すれ違いを感じ、寂しさから一緒にヘロインを打つようになってしまう。恋人とのささやかな幸せを望みながらも、運命に流され転落してしまう女性。そんないじらしく切ないキャラクターを、キティ・ウィンは等身大で見事に演じている。彼女は本作でカンヌ映画祭主演女優賞を受賞することになる。

だが、不幸にもその後は役に恵まれなかった。『エクソシスト』(73)では、クリス・マクニールのマネージャーのシャロン役だが、ただオロオロしていただけのキャラクター自体を覚えていない人が大半だろう。『エクソシスト2』(77)では、出番は多少増えたものの、ケレン味タップリにド派手に焼け死んでいた。カンヌ女優なのに何故にこの扱い・・・(どっちも映画としては言わずもがなの大傑作だけど)。上記以外には数本の日本未公開作やテレビシリーズに出演したのみで、舞台に活動の中心を移したものの、78年には引退してしまったようだ(その後、数回舞台にはカムバックしているようだが)。ファンとしては心が痛い。だが、このフィルモグラフィの希薄さですら、ヘレンのはかないイメージと重なり合い、『哀しみの街かど』に一層の孤独な輝きをもたらしているようにも思う。

(甘利類)