2017.06.08

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その14 炎加世子と『太陽の墓場』『悪人志願』

「ヌーヴェルバーグ女優」といえばジーン・セバーグやアンナ・カリーナだが、「和製ヌーヴェルバーグ女優」として売り出された女優をご存知だろうか。彼女の名は炎加世子。60年に松竹ヌーヴェルバーグの顔になった彼女は、強烈な二つの作品で立て続けにヒロインを演じている。

主演デビュー作である大島渚監督『太陽の墓場』では、暴力と死と売春が横行するドヤ街で労働者の血を違法に売り買いして稼ぐ女・花子を演じている。彼女はヤクザの男たちの間をしたたかにサバイブしていくのだが、男たちに媚びを売るどころか、ほとんど刺し殺さんとするような眼差しで周囲を睨みかえしている。生き残るためなら躊躇なく人を裏切り、良心の呵責も覚えないその振る舞いは冷酷だが、発せられる言葉の端々にはこのようにしなければ生きられない人間の悲しい響きがある。どこまでもドライに生きてきた彼女だったが、純朴なチンピラ(佐々木功)の死をきっかけに激情に駆られて暴動を煽り、結果ドヤ街のコミュニティを崩壊させる。

尋常を超えたレベルまで自分の意志を貫き通すヒロイン像は、『太陽の墓場』と同年に公開された田村孟監督『悪人志願』で更なる凄まじさを帯びる。舞台はコンクリートの原料を掘り出すのが主な収入源の殺風景な村。彼女は村を取り仕切るヤクザの頭と心中して、自分だけ助かってしまった女・ヒデを演じている。頭の弟(津川雅彦)とその手下である労働者たちは、吃音症の気弱な新入り(渡辺文雄)と彼女を徹底的に痛めつけ、この村から立ち去らせようとする。彼女はひたすら罵倒され、暴力を振るわれ、生業としている残飯運びのバケツを叩き落とされて中身をぶちまけられるなどの陰湿なイジメを受け続けるのだが、「いま村を去ったらあの虫けらたちに負けたことになる」と弱音一つ吐かず、蔑んだ目で男たち睨みつける。着ているのは常にボロボロの薄着一枚で、今にも崩れそうな一軒家に一人で生きている。同じ弱者としてすり寄ってくる渡辺文雄にすら冷淡に接するそのふてぶてしい表情は、痛ましさを突き抜けた底知れない不気味さを湛えて観る者を戦慄させる。とはいえ、その振る舞いは更なる殺伐とした光景を呼び寄せ、全く救いようのない結末を招いてしまうのだが。

彼女が演じた女性像は、日本映画の臨界点とも言える程に苛烈さを極めている。その毒々しい輝きは一瞬であったとはいえ、決して忘れ去られてはいけない女優だと思う。

(甘利類)