2017.07.06

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その15 司葉子と『その場所に女ありて』

おそらくここ10年ほどに名画座や特集上映を通じて最も再評価が進んだ邦画は、東宝の隠れた名匠・鈴木英夫監督の『その場所に女ありて』(62)だろう。高度経済成長真っ只中に広告業界で働く女性たちのリアルな感情を描いたこの先駆的な作品は、感傷を排したスピーディーでドライな語り口と、そこから仄かににじみ出る哀歓が胸を打つ作品だ。何よりも特筆すべきは、司葉子の素晴らしさがこれ以上ないほど発揮されていることだろう。清楚で可憐な役の多かった彼女だが、ここではバリバリ働くキャリアウーマンを演じているのだ。ポーカーフェイスで仕事をこなし、時にはくわえタバコで同僚の男性に混ざって麻雀にこうじる。その身のこなしの凛とした美しさには思わず見とれてしまう。

最近本作を見直して、司葉子が演じる律子たちが仕事に忙殺される合間に会社の屋上で一服する短いシーンに、二年前に司が出演した小津安二郎『秋日和』(60)の同じく会社の屋上でのシーンへの目配せがあるように感じた。寿退社し意気揚々とハネムーンに旅立つ同僚の乗る汽車を眺めながら、自分もまた結婚して退社するだろう近い将来へのやるせなさと淡い憧憬をその表情に湛えていた『秋日和』のアヤ子(司)に対し、『その場所に~』の仕事にのみ生きがいを見出している律子は、もはや恋愛や結婚への望みを捨てている(当時は現在に比べ女性の平均結婚年齢が遥かに低かった時代であり、本作出演時の司の実年齢は28歳だった)。だが、仕事一筋に生きていくしかないだろうと同僚に語るとき、その凛々しい表情は微かに切ないものになっている。

しかし新薬会社との独占契約を取り付けるために奔走していた律子は、ライバル会社の宣伝マン・坂井(宝田明)と頻繁に顔を合わせているうちに、いつしか恋愛関係になっていく。だが律子への甘い言葉とは裏腹に、坂井は着実に裏工作を進めていた。彼の思惑通り、律子の会社を押さえて坂井が契約を取り付けることに成功する。律子は当然深く傷つくのだが、決して泣きごとを言わない。件の事件後もまだ言い寄ってくる坂井の電話をユーモアすら交えてあっさりと切り、次の契約獲得に向けて冷静に気持ちを切り替えていくそのカッコよさは、司が同じくOLをしながら上司との恋に破れて泣き崩れる『すずかけの散歩道』(59)などのメロドラマの女性像と比べれば圧倒的に現代的だ(ちなみに二枚目スターの宝田は本作の前にも度々司と共演していて、その度に彼女が演じるヒロインのハートを射止めていた。それを快く思えない私のようなヒネクレ者はこのシーンで大いに溜飲が下がる)。

彼女の大ファンとしては、未だソフト化されないこの傑作が一部の映画ファンを超えて観られることを望むと共に、同じ鈴木英夫の『不滅の熱球』(55)や久松静児『愛妻記』(59)といった彼女の瑞々しい魅力によりクローズアップした作品もぜひ広く観られて欲しいと思う。

(甘利類)