2018.05.17

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その24 リタ・トゥシンハムと『ナック』 

最近ちょっとショックだったことがあります。私の周囲のシネフィルたち(20代~30代初め)のほとんどがリチャード・レスター監督『ナック』(65)を観ていなかったこと…。ピチカート・ファイヴの小西康陽さんプレゼンツによって90年代にリバイバルされた、当時のおしゃれ音楽を象徴した「渋谷系」関連作品として、エッジィな映画ファンは当然マストだと思っていたのに! 私も世代的には間に合っていませんが、ド田舎で過ごした中高時代にその頃の「STUDIO VOICE」「Weird movies a go! go!」等の雑誌をあさっては渋谷系カルチャーに想いを馳せていたので、ひとり時代感覚が狂っていたのです。

本作はビートルズ映画で時代の最先端に躍り出たレスター監督がその勢いに乗って発表し、見事カンヌ映画祭グランプリ(最高賞)をさらった一本。貧弱な小学校教師が女の子にモテようとてんやわんや、というどうってことない物語ながら、フォトジェニックな映像感覚とポップかつシュールなギャグのつるべ打ちがとにかく新鮮でカッコいい。特に主人公たちがふざけあいながら巨大ベッドを人力で運んでロンドンを横断する場面は何度見てもウキウキする名シーンです。さらに本作を魅力的にしているのは、田舎出の野暮ったい風貌で登場するヒロイン リタ・トゥシンハム。美人とは言い難い個性的ルックスながら、主人公たちと戯れ、いきいきと疾走する姿は本当にキラキラしています。

リタはイギリスにおけるヌーヴェルヴァーグ的な運動、フリー・シネマの申し子です。黒人水兵とゲイ青年と関係を結ぶ家出娘を演じたデビュー作『蜜の味』(61)を始め、いくつもの作品で労働者階級の少女の屈折した反抗を等身大で演じています。『ナック』は、概してシリアスで重苦しいフリー・シネマ作品と一見対極的ですが、不謹慎なギャグ(「○○○されたぁ!」と街中でおもしろおかしく言いふらす、とか)を挟みながら、市井に暮らす青年たちの欲望をあけすけに描く挑発的な姿勢は、フリー・シネマの美学と地続きにあるものです。ヌーヴェルヴァーグに比べて顧みられることが少ないフリー・シネマですが、『ナック』が再びおしゃれ映画の金字塔として復権すると共に、新しい女性像を開拓した女優としてジーン・セバーグやアンナ・カリーナと並んで、彼女が再び脚光を浴びる日が来てほしいものです。

(甘利類)