2018.08.30

【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ

『ポップ・アイ』

生き物に旬の季節があるとするなら、私は夏になるとどうしてもゾウのことを考えてしまいます。夏と言えばお盆、8月15日の終戦記念日。以前もこのコラムで取り上げたように、戦争の犠牲となった動物の象徴的存在がゾウだからというのもあります。絵本「かわいそうなぞう」の原案にもなったエピソードが最も有名ですが、個人的には、戦後間もないころに名古屋の東山動物園に残っていたゾウを見せるため、子供たちを乗せた特別列車が各地を走った実話を元にした「ぞうれっしゃがやってきた」に強い思い入れがあります。小学生のとき、この話を学芸会で上演することになると、昔から目立つのが大の苦手だったにもかかわらず、生き物好きが災いし主役である動物園の園長役に立候補する暴挙に出てしまいました。本番当日、はりきり過ぎて「ゾウを殺すならわたしを殺してからにしてくれ!」と叫ぶシーンで感極まったのも、恥ずかしく懐かしい思い出です。

同時に、野生のゾウの生息地が非常に暑い国であるというのも、夏の動物という印象が強い理由かもしれません。酷暑というべき毎日が続く今日この頃、心待ちにしていた1本の映画が公開されました。カーステン・タン監督のゾウ映画『ポップ・アイ』です。主人公は、人生に疲れた寂しき中年男子、タナー。ある日、子供の頃飼っていたゾウのポパイと偶然再会し、家に連れ帰りますが、妻に激怒されて追い出されてしまいます。やむなくタナーは、ポパイと一緒に自分のふるさとを目指します。

野良犬、野良猫ならぬ野良ゾウ。この前提のインパクトだけで、『ポップ・アイ』は並の動物映画からひとつ抜きん出てしまえるパワーがあります。また、本作は物語としては平凡なロード・ムービーに見えますが、タナーが道中でくり広げる社会のはぐれた者たちとの出逢いによって、生きることについて考えるヒントを与えてくれる映画とも言えるのです。タナーが転落した人生も、実はポパイと引き換えに手に入れたものでした。タナーにとってポパイとは、利益のために捨てたという負い目を感じる存在であり、職場でも家庭でも疎外され、どこにも居場所がない自分の現し身。時間を巻き戻すかのように、タナーはなんとかポパイを故郷に帰そうとするのです(危うく殺されそうになるポパイの前に「撃つな!俺のゾウだ」と飛び出す場面は、他人事とは思えず…)。だからこそ終盤、一度失ったものはもう取り戻せないということを痛感させられる瞬間の、苦くて涙を誘うことといったら…。

日本人から見れば、タイ人と身近なイメージであるゾウですが、使役動物としての役目はとうに終わり、現在は観光客を乗せたり、芸を見せる仕事の方が圧倒的に多いそうです。タナーの妻が全力で拒否したように、暮らしにゾウが寄り添う光景はもはやファンタジーで、このおだやかさはまるごと失われていっているのかもしれません。ポパイが愛らしくのどかだからこそ、何だか観終わった後の切なさと愛おしさもひとしおになりました。

(ミ・ナミ)