2018.09.06

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その27 バーバラ・ハーシーと『明日に処刑を…』

『明日に処刑を…』(72)は『ドアをノックするのは誰?』(67)で長編デビューするも、なかなか二作目を撮れなかったマーティン・スコセッシが、B級映画製作の帝王ロジャー・コーマンからのオファーを受けて撮った一本。大恐慌時代、労働組合の活動資金を稼ぐためにデビッド・キャラダインら仲間たちと道々強盗を繰り返すバーバラ・ハーシーをヒロインにした本作は、後の『アリスの恋』(74)と共にスコセッシが撮った数少ない女性主体の映画です。そして当時新人だったバーバラ・ハーシーの魅力を引き出すことに重きがおかれているという意味では、スコセッシ唯一のアイドル映画ともいえるかもしれません(ゆえに師匠のジョン・カサヴェテスから商業主義だと猛烈に批判されたのですが)。

ハーシーは当時『去年の夏』(69)や『受胎の契約/ベビー・メーカー』(70)などで無自覚に周囲にエロスを振りまくフーテン娘を演じていました(日本で言うと秋吉久美子に近い)。本作でもその無自覚ぶりは全開で、野放図でいて自然体の不思議な魅力には男女問わず惹きつけられると思います。さらに言えば、当時実際に熱愛中だったデビッド・キャラダインが恋人役であり、ラブシーンからあふれ出る「ホンモノ」な空気は観ていて思わずドギマギさせられます。ハーシーの魅力にはスコセッシも参っていたらしく、貧窮した彼女が娼館で働くシーンでは客役でちゃっかりカメオ出演、さりげなくキスしたりしています(今だとちょっと問題になりそうですが)。

実生活の彼女も相当に変わり者だったようです。『去年の夏』の劇中で絞め殺したカモメの魂が乗り移ったといって芸名を一時期シーガル(カモメ)に改名したり、動物は出産の際に胎盤を食べるからと、自らの胎盤を煮たり焼いたりして食おうとしたというぶっ飛んだ逸話が残っています。『明日に処刑を…』以降は、夜な夜な訪れる色情狂の幽霊と毅然と戦う母親を演じた『エンティティ―/霊体』(82)や、マグダラのマリアを演じたスコセッシの『最後の誘惑』(88)などに出演。カンヌ女優賞を2度も受賞している大女優ですが、やっぱりデビュー当時の輝きには特別なものがあります。個人的には、ベトナム帰還兵が故郷で黙々とメリーゴーランドを修理するのを優しく見守る姿がしみじみと心に染みる、キャラダイン監督・主演の『アメリカーナ』(73年、公開81年)や隠れファンが多く町山智浩さんもトラウマ映画に挙げる『去年の夏』が是非日本でDVD/BD化されてほしいです。

(甘利類)