2017.11.16

【スタッフコラム】ごくごく私的偏愛女優たち by甘利類

その19 ゲイラン・ロスと『ゾンビ』

世界は突如死者が甦って人間を襲う阿鼻叫喚の地獄と化していた。スワット隊員のピーターとロジャー、TV局員のフランとスティーヴの4人はヘリコプターで都市を脱出し、生前の習慣のままにゾンビが大量に徘徊する郊外の巨大ショッピングモールを発見。モール入口を封鎖し、内部のゾンビたちを一掃して何でも手に入る自由で快適な楽園を築くが…。

先ごろ亡くなったジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(78)は、ゾンビ映画の世界基準を確立した歴史的一本。ホラーでありアクションであり、SFでもあると同時に社会批評的側面も持つ汲み尽くせない魅力に溢れた名作ですが、細やかなディテールから生まれる主人公たちの血の通った実存感もまた、本作を単なるホラーとは一線を画すものにしていると思います。

特に紅一点のフランの人物造形はとても繊細です。妊婦である彼女は銃をぶっ放してはしゃいでいる男たち(彼氏のスティーヴ含む)に対して適度な距離を保ちますが、危機に際して彼らほど行動できないことを自覚し、率先して銃の撃ち方やヘリコプターの操縦を習得します。男性からの過度のいたわりを拒否するクールさをもちながら、最新のファッションや化粧品を鏡の前でとっかえひっかえ試してみるなど、彼女なりに何でも手に入るつかの間の平和を満喫している姿がとてもいいのです(コートとストールの着こなしも最高。ここまで洗練されてオシャレな人が出てくるホラーもまた珍しい)。

作品後半、どうにもならない虚無感に襲われていく姿も印象的です。何でも手に入る自由を手に入れても、文明が崩壊して生ける死者たちに囲まれた世界でどれほどの意味があるのか。時おり見せる焦点の定まらない大きく虚ろな瞳や「どうしてこうなってしまったの?」という悲痛な叫びは、大量消費社会に疑問を投げかけるロメロのメッセージを真摯に伝えていたと思います。

フラン役のゲイラン・ロスは本作で映画デビュー。この後ロメロの『クリープショー』(82)を含む数作に出演した後、自らプロダクションを起こして社会派ドキュメンタリー監督に転身。エミー賞をはじめ数多くの賞を獲得し、今でも第一線で活動しています。先日のロメロの訃報に対し、「世代を超え、映画を愛する人々にあなたはなんと多くの喜びを与えてくれたことでしょう。…私はいつだってあなたのフランです」とTwitterで追悼していたのには目頭が熱くなりました。

(甘利類)