【2025/5/24(土)~5/30(金)】『ブリキの太鼓<劇場公開版>』『ベニスに死す』// 特別レイトショー『破壊の自然史』

ジャック

1910年代前半。初老のドイツ人作曲家が休暇で訪れたベニスで、ポーランド人の美しい少年に心奪われ破滅する様を映すルキノ・ヴィスコンティ監督作『ベニスに死す』。何度も映し出される少年の美しさとともにフラッシュバックする作曲家の過去。コレラが蔓延しているにもかかわらず、その場を離れることができないほどの圧倒的な少年の魅力と作曲家の葛藤を抒情的に表現していきます。しかし何が魅力的なのか、なぜ心惹かれるのかという問いを生じさせないほどの美との出会いへの恍惚さを描きながら、どこかそういった崇高さを希求することへの危うさも同時に表れているように思えます。前作である『地獄に堕ちた勇者ども』はナチスが台頭した1930年代前半のドイツを舞台としています。それより20年前の第一次世界大戦前を取り上げていることに、ヴィスコンティのドイツへの眼差しを感じることができるのかもしれません。

第一次世界大戦後、ドイツから切り離され自由都市となったダンツィヒ(現ポーランドのグダニスク)が舞台のフォルカー・シュレンドルフ監督作『ブリキの太鼓』。本来カシュバイ人の地でありながら、第二次世界大戦を背後にドイツ、ポーランド、そしてソ連と入り乱れる複雑な歴史を持つ土地で生きる人々を、生々しく、グロテスクに表現します。主人公は3歳で肉体の成長を「やめた」少年オスカル。ファンタジックな設定でありながら、彼の視点を通して観察される大人たちの欺瞞を叙事的に描くことで、人間の性を容赦なくあぶり出しているように思います。

過去の記録映像を紡ぎあげることで、第二次世界大戦下のドイツ国内の空襲被害について再考させようとするセルゲイ・ロズニツァ監督の『破壊の自然史』。抒情や叙事といった、物語がもつダイナミズムを削ぎ落し、“観察”ともいえる徹底された冷静なまなざしが存在しているに違いありません。意図的に時系列をバラし再構築することで、理由や正当性といった意味をはぎ取り、事実としての「空襲」を提示しようと試みています。

三人の監督がそれぞれの方法で描く戦前戦中。それぞれが別々の視点を持ちながらも、その射程は現在の社会を表し、いびつさを浮き彫りにしているのではないでしょうか。20世紀初頭から戦中のドイツを考察する同国の作家トーマス・マン、ギュンター・グラス、W.G.ゼーバルトの作品をもとに作られ、解釈された3つの映画。今週は「早稲田松竹クラシックスvol.235/退廃する街で」と称して、上映いたします。

ブリキの太鼓<劇場公開版>
The Tin Drum

フォルカー・シュレンドルフ監督作品/1979年/西ドイツ・フランス/142分/ブルーレイ/ヨーロピアンビスタ

■監督・脚本 フォルカー・シュレンドルフ
■製作 フランク・ザイツ/アナトール・ドーマン
■原作 ギュンター・グラス
■脚本 ジャン=クロード・カリエール/フォルカー・シュレンドルフ
■撮影 イゴール・ルター
■音楽 モーリス・ジャール

■出演 ダーヴィット・ベネント/マリオ・アドルフ/アンゲラ・ヴィンクラー/ハインツ・ベネント/ダニエル・オルブリフスキー/シャルル・アズナヴール

■1979年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞/1980年アカデミー賞外国語映画賞受賞

©1979 Franz Seitz Film, Bioscopy Film, Artemis Film, Hallelujah Film GGB, Argos Films

【2025/5/24(土)~5/30(金)上映】

「この子が3歳になったら、ブリキの太鼓をあげるわ。」僕が生まれた日に母はそう約束した。

1899年のダンツィヒ。その郊外のカシュバイの荒野で4枚のスカートをはいて芋を焼いていたアンナは、その場に逃げてきた放火魔コリヤイチェクをそのスカートの中に匿い、やがて女の子を生んだ。第一次大戦が終り、成長したその娘アグネスはドイツ人のアルフレート・マツェラートと結婚するが、従兄のポーランド人ヤンと愛し合いオスカルを生む。1924年のことだった。

3歳になったオスカルは、その誕生日の日、母からブリキの太鼓をプレゼントされる。この日、彼が見た大人たちの狂態を耐えられないものと感じたオスカルは、その日から1cmとも大きくなるのを拒むため、自ら階段から落ち成長を止めた…。

オスカルの太鼓が鳴り響く時 喜びが 怒りが 悲しみが やさしさが 世界中に爆発する!

原作はドイツ現代文学の旗手ギュンター・グラスの長編小説。3歳で自らの成長を止めた少年オスカルの視点で、自由都市ダンツィヒ(現在のグダニスク)に生きた人々の激動の時代を、ニュー・ジャーマン・シネマを代表するフォルカー・シュレンドルフ監督が映画化した。

太鼓を叩きながら奇声を発すると、ガラスを割れる能力を身につけたオスカル、従兄との不倫に溺れる母、臆病者の父、画面は時代が産んだ奇異なキャラクターとグロテスクな描写に溢れている。そして、徐々に忍び寄るナチスの足音――。反戦のテーマを時に荒々しく心に突き付けるこの衝撃作は、1979年カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。

ベニスに死す
Death in Venice

ルキノ・ヴィスコンティ監督作品/1971年/イタリア・フランス/131分/DCP/シネスコ

■監督・製作・脚本 ルキノ・ヴィスコンティ
■原作 トーマス・マン「ベニスに死す」(集英社文庫)
■脚本 ニコラ・バラルッコ
■撮影 パスクァリーノ・デ・サンティス
■音楽 グスタフ・マーラー「交響曲第3番」「交響曲第5番」

■出演 ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/ノラ・リッチ/マリサ・ベレンソン/キャロル・アンドレ/フランコ・ファブリッツィ

■1971年カンヌ国際映画祭25周年記念賞/1971年英国アカデミー賞撮影賞・美術賞・衣装デザイン賞・音響賞受賞

© 1971 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

【2025/5/24(土)~5/30(金)上映】

大作曲家の心をとらえたギリシャ彫刻のような美少年… その愛と死を華麗に描く一大交響詩!!

1911年。ドイツの名だたる作曲家アシェンバッハは、休暇で水の都ベニスを訪れる。ホテルのサロンには世界各国からの観光客が集まっていたが、アシェンバッハはそこで母親の隣に座る少年タジオに目を奪われた。透き通るような美貌としなやかな肢体、まるでギリシャの彫像を思わせる少年の姿に心は震え、その時からアシェンバッハはタジオの虜となった―。

イタリアの巨匠ヴィスコンティ畢生の超大作。

ヴィスコンティの作品の中でも『山猫』と並んで屈指の完成度を誇る傑作『ベニスに死す』。日本では遅れていたヴィスコンティの評価を不動のものとし、かつ最も愛されるヴィスコンティ作品となった。原作はノーベル文学賞に輝くドイツの文豪トーマス・マンの同名小説。主人公のモデルは、ロマン派の大作曲家グスタフ・マーラー。主題曲に使用された「交響曲第5番(アダージェット)」の旋律は百を語るより雄弁に主人公の苦悩と歓喜、恍惚と絶望を謳い上げている。見事な音楽と映像の融合や、映画史上例を見ない甘美で残酷なラストシーンは圧巻である。

主人公アシェンバッハを見事に演じたのは名優ダーク・ボガード。そのアシェンバッハを虜にするタジオには、当時15歳のビョルン・アンドレセン。原作の「ギリシャ芸術最盛期の彫刻作品を思わせる」金髪碧眼の少年を求め、ヴィスコンティ自らヨーロッパ中を旅して発見した。その完璧なまでの美しさは、今も伝説として語り継がれている。

(2011年公開時のパンフレットより抜粋)

【レイトショー】破壊の自然史
【Late Show】The Natural History of Destruction

セルゲイ・ロズニツァ監督作品/2022年/ドイツ・オランダ・リトアニア/105分/DCP/スタンダード

■監督 セルゲイ・ロズニツァ
■製作 レギーナ・ブヘーリ/グンナル・デディオ/ウリヤナ・キム/セルゲイ・ロズニツァ/マリア・シュストバ
■編集 ダニエリュス・コカナウスキス

■第75回カンヌ国際映画祭特別上映作品

© Atoms & Void

【2025/5/24(土)~5/30(金)上映】

あらゆる人々を焼け焦がした大量破壊

第二次世界大戦末期、連合軍はイギリス空爆の報復として敵国ナチ・ドイツへ「絨毯爆撃」を行った。連合軍の「戦略爆撃調査報告書」によるとイギリス空軍だけで40万の爆撃機がドイツの131都市に100万トンの爆弾を投下し、350万軒の住居が破壊され、60万人近くの一般市民が犠牲となったとされる。技術革新と生産力の向上によって増強された軍事力で罪のない一般市民を襲った人類史上最大規模の大量破壊を描く。

人間の想像を遥かに超えた圧倒的な破壊を前に想起する心をへし折られた当時のドイツ文学者たちと、ナチ・ドイツの犯罪と敗戦国としての贖罪意識によってこの空襲の罪と責任について戦後長い間公の場で議論することが出来なかった社会について考察するドイツ人作家W.G.ゼーバルトの「空襲と文学」へのアンサー的作品。