2024.11.14
【スタッフコラム】シネマと生き物たち byミ・ナミ
先日まで、今年も東京国際映画祭が開かれていました。毎年必ず上映作品をチェックする私が特に今年心を躍らせたのには、例年に比べて生き物が主役級となる作品が多かったからでした。中でも注目していた作品が、今回ご紹介する“カバ映画”、ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス監督の『ぺぺ』です。
アフリカからコロンビアへ移送された一頭のカバ〈ペペ〉の独白と、ぺぺに遭遇した漁師とその妻といった周囲の人間たちのエピソードが語られる映画…というあらすじだけなら簡単なのですが、時間や空間、アニメーションと実写といった垣根を縦横に超えていく演出の大胆さもさることながら、何の説明もなくカバがしゃがれ声で3つの言語を操りながら語りだす姿に呆然とさせられる凄まじくチャレンジングな作品でした。濁った川の中からザバーと姿を見せては、「彼らの話では私は怪物、みんなを怖がらせる他者になった」などと自身の数奇な来し方を、哲学的ムードを漂わせて話すぺぺ。残念ながら私はアリアス監督のトークショーを聞き逃してしまいましたが、参加した早稲田松竹スタッフによれば本作ではかなり植民地主義や人間と自然との関係、政治と暴力といった深遠な問題にコミットすることを意識していたそうです。
調べてみるとペペは実在したカバの名前で、コロンビアの悪名高き麻薬王エスコバルが金に飽かせて建てた私設動物園にいた4頭のうちの1頭だったそうです。エスコバルの死後、放置されていたカバたち(すでに16頭に!)が動物園から脱走し、近くの川で野良カバ化。サハラ砂漠以南のアフリカ大陸を主な生息地としているカバにとって天敵はライオン、ワニなどですが、それら外敵もおらず干ばつもない南米は理想郷だったのでした。さらに成獣2頭と幼獣1頭が群れから抜け出してしまい、人間を襲ったり家畜を殺す被害が続出。映画の中のペペも目がクリっとして大変可愛らしいのですが、実際大人のカバは多くが体長4メートルほど、体重はオスだと平均1500kgから2000㎏も超える大型動物なので、地元ではかなり畏怖される存在だったのでしょう。悲しいことにペペは地元当局の許可ののち、猟師に射殺されてしまいました。
コロンビアでは現在も、ペペたちの子孫が大繁殖したことで外来生物による在来動植物への影響を引き起こしています。ちなみにペペを含む彼らは“麻薬王のカバ”、“コカイン・カバ”とその子孫、なんていう大変不名誉かつ物騒なネーミングがされているそうです。しかし人間の勝手で連れてこられたり、駆除されたりと生き物にとってはとばっちりでしかないわけで…。そう思うと、外国から強制的に連れてこられて命を落としたペペの象徴的な意味合いを考えざるを得ません。コロンビアのカバが今なお直面する受難に、すべての生物と人間の共生の難しさを考えさせられるのでした。
(ミ・ナミ)